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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第九章 魔法使いダグラスの罠
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11 罠 #ケント

『あたしなら戻るわ。だからケントのことは見逃して』


 決死の様子でアーサーに言ったマリーに、ケントは驚いた。

 四十歳くらいの魔法医アーサーは、マリーが恋人イライザの大切な妹だから守ると約束してくれた人だ。

 ケントは、魔法使いダグラスの知らない人間──すなわちアーサーにマリーをあずけるのは良い手だと思ったから、拘束の魔法を解いてマリーと別れる決意をした。

 それなのに。


 アーサーを見るマリーの目も。

 マリーを見るアーサーの目も。

 どちらも、既知のもので。


 どくん、どくん。

 鼓動が高鳴り、手に汗がにじむ。

 認めたくない、嫌な予感。


「マリー、いい加減に気づかないフリはやめたらどうだい? もう分かっているだろう。この男は魔法使いダグラスにケンカを売った。相応の覚悟を持って、な。おまえがかばう必要など、どこにもない」


 緊迫した空気を破り、発言したのはアーサーだった。

 その声は厳しくもあたたかく、マリーを諭しながら、思いやる心にあふれていた。

 そして、発言の内容は。


(んん? 俺の正体、バレてる…?)


──もしかして俺、これ詰んでないか?


 ケントの中の嫌な予感が最高潮に高まったとき。

 ハッとマリーがケントをふりかえった。

 そのまま駆け出し、ケントの前に回ったところで、どんっとケントを突き飛ばした。

 ふいうちに、思わず尻もちをついてしまう。


「何…」


 突然の行動を問う言葉は、口に出す前に、その必要を無くした。

 魔法の波動が空気を切り裂いたのだ。

 空を見上げると、淡い金髪に青い目の魔法使い、マクネリーが浮かんでいた。


 遠い昔にも見た構図。

 残忍な笑みを浮かべ、空からケントを狙うマクネリー。両手を広げ、マクネリーとの間に立ちはだかる背中。

 昔と違うのは、その背中が小さいこと。


「マリー!」


 その叫びは、果たして声になっていたのか。

 マクネリーの放った魔法が、吸いこまれるようにマリーに当たり。

 小さな背中が、霧散するように、かき消えてゆく。

 ケントの伸ばした手の先で。

 あっけなく。


「うそ…だろ」


 自分のものとは思えない、細い声がこぼれた。

 見失わないために魔法で拘束したはずだった。

 それなのに。

 さっきまでそこにいた彼女の姿が、どこにも見えない。


「な、な………!」


 空中では、マクネリーがうろたえていた。

 魔法で消し去ったはずのケントが残っていて。

 自分が真っ白になりそうな喪失感の中で、ケントは最後の気力をふりしぼり、マクネリーに魔法を投げつけた。

 彼の意識を奪い、目には見えない魔法の縄で拘束し、空から地面に下ろす。


 それから、立ち上がって、アーサーをふりかえった。

 アーサーは、両手をあげ、不戦の意思を示した。


 どういうことだ、と問い正したかった。

 しかし、苦い思いが喉元でつかえて、声にならない。


 反対に、アーサーは落ち着いていた。

 彼の方から口を開く。


「すまない。ダグラスと取引をしてね。きみを罠にかけることができたら、イライザやサジッタ一座、マリーには手出ししないと」


 どうしようもなく息苦しくて、ケントは荒い呼吸を繰り返した。


「狙いは俺か。だよな。俺はあんたの話に気を取られて、マクネリーなんか気づきもしなかった。けど、分からないことがある。さっき、マリーが『戻る』って言ったのは、ダグラスの元に戻るって言ったのか?」


 問い正す声は、ふるえて、かすれた。

 自分は戻るから、ケントを見逃して。

 マリーが決死の様相で訴えていたのは、アーサーの向こうにダグラスを見ていたから?


「ああ。マリーはイリス一座の娘で、私はマリーの誕生に立ち会った医師だった。けれども、あの視た目だ。当時から国が嫌いだった私は隠遁生活を送っていたダグラスを頼った。そうして、私とダグラスとイリス一座で協力してあの子を守り、育てたのだよ──三年前まで」


 三年前。

 ダグラスがイリス一座を滅ぼしたとき。


(マリーとダグラスの関係は、三年前が始まりじゃなかったのか…!)


 ここに来て明かされた新事実に、ケントは打ちのめされた。

 マリーにとってのダグラスは、『ある日突然現れて家族を殺した仇』ではなかった。

 難しい事情を抱えた自分を守り育ててくれた守護者だった。


「ダグラスがイリス一座を滅ぼした三年前、私は生き残ったイライザをダグラスから守るため、私の持つ整形技術で彼女の姿形を変え、サジッタ一座に導いた。しかし、瞬間移動で逃げたマリーの行方はつかめなかった」

「ダグラスは…変わったんだな」


 ケントは、人造魔法石コールライトの歪みが使い手の心を汚染していると言って、泣いたマリーを思い出した。

 今、分かった。

 あのときマリーは、優しかった過去のダグラスを取り戻せないことに、胸を痛めて泣いていたのだ。


「まさか、マクネリーがダグラスに加担するとは思わなかった」


 泣き言をケントがこぼすと、

「彼はきみを殺さなければ、自分が殺されると思っているのだよ」

 と、アーサーが答えをくれた。


「俺が、マクネリーを? どうして?」

「理由はきみのほうがよく分かっているはずだ。マクネリーは十一年前、きみの父親を殺し、きみのことも殺そうとした。大人になり、力をつけたきみが必ず復讐しにくるものと信じて、ここ数年は身をひそめて生きてきたんだ」

「俺は……マクネリーを殺そうなんて思ったこともないし、そもそも行方を捜したことすらない。いや……むしろ、今、殺したくなった」

「好きにしたらいい」


 ケントを罠にかけるため、マクネリーと協力していたはずのアーサーは、あっさりとそう言った。

 ケントは、魔法で眠らせたマクネリーを見た。

 魔法石を握り、呪文を唱えようとして、「やめた」と言った。


「生かしておくのかい?」

「こんなやつを殺して、魔法石を傷めたくない」


 マリーが褒めてくれた石を。


「それより…マリーのことを教えてくれ。生きて、近くにいるだろう?」


 ケントはアーサーに言った。

 二人をつなぐ拘束の魔法が、まだ生きていたから。


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