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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第九章 魔法使いダグラスの罠
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10 風 #マリー

 サジッタ一座の道具類テントの中。

 マリーは、大きな箱の合間で、毛布を頭からかぶって、うずくまっていた。


『もう二度とサンドラと会わないで』

『あたしを見て』


 そんな感情が暴れまわっていて、いくら消そうとしても、消えてくれない。


──どうして…。


 自分はもう、ケントの前から消えるのに。

 マリーの勇気を出した告白から目をそむけた人なのに。


──どうして言えないの。


『あたしのことは忘れて』と。


 ただ、愛されたくて。

 つないだ手を、離したくなくて。

 こんなにも醜くて、身勝手な感情に呑まれる日が来るなんて、想像したこともなかった。


(こんな気持ち、イライザ姐さんにだって、言えないよ……!)


「どうして……」


 どうして、希望なんて持ってしまったのだろう。


 どうしたら、この希望を捨てられるだろう。


  *


 イライザを拒絶し、望みどおり一人にしてもらって。

 一体どれほどの時間が経ったのか。

 マリーは、拘束の魔法の引力の変化に気付いた。


(引力が弱くなってる…ケントがここに来る!?)


 頭からかぶった毛布を払い、頭上の天幕を見ると、朝の光が当たって明るい色になっていた。

 いつの間にか日付が変わり、朝が来ていたらしい。


(たしかに昨日、ケントは、明日までサジッタ一座にいてほしいって言ったけど…)


 告白が迷惑だったのなら、律儀に迎えに来なくてもいいのに。


──デモ 来テ クレタ


 マリーは、ブルッと震えた。

 ケントの行動を否定的に捉える気持ちの下から、『期待』がむくむくと頭をもたげてくる。


「嫌………」


 マリーは、自分で自分を抱きしめた。

 自分で自分が恐ろしくてたまらない。



──アタシヲ 見テ  アタシヲ 愛シテ



 凶暴なまでの願望が止まらない。


「嫌………」


──だれかあたしを止めて。


 変わってしまう。

 嫉妬と独占欲に負けて。

 自分の想いしか見えなくなってしまう。

 そんな醜悪な生き物にはなりたくない。


(お願い、来ないで)


 そう願うのに。

 魔法の引力は、着実に弱くなっていく。

 ケントとの距離が縮まっていく。


(うそ──来ちゃった)


 サジッタ一座の敷地内に。ケントが。

 どくん、どくん。

 心臓が、バカみたいに大きく脈打つ。

 手は汗でべったりしている。


──変わってしまう。


 それは、確信だった。

 絶対になりたくない醜悪な生き物に堕ちる。

 ケントの顔を見たら。泣いて、捨てないでとすがりつく。

 それが彼にとって、どれほど迷惑なことであっても。

 彼の人生を壊すことになっても。


「逃げなきゃ…」


 自分には足があるのだから。

 ケントと会わないように、逃げるのだ。


「うそ………」


 絶望的な声がこぼれた。

 足に力が入らない。

 足が、立って逃げることを拒否している。

 目に涙がにじんだ。



──もう、無理だ。



 マリーは、震える手を耳元のイヤリングに寄せた。

 そのとき。


「なあに、ここ。空気、よどんでるわねえ」


 無神経な女の声が、その場の空気を切り裂いた。

 マリーは目に涙をため、イヤリングに手を添えたまま、天幕の入り口を見た。

 諸悪の根源、サンドラが天幕の入り口の布をまくりあげ、立っていた。


 風が入る。

 サンドラの立つ場所から。


「あらあら、ひどい顔しちゃって。おかげさまで、昨夜は楽しかったわ。そうそう、彼、あなたに会いに来たわけじゃないから。事件の調査だから。期待してたら可哀想だと思って、それだけ、教えに来てあげたのよ」


 会心の笑みを浮かべ、サンドラは言った。


「事件…調査………あたしじゃない………」

「そうよ。あんたのとこには来ないわよ」


 傷口に塩をぬりこむようなサンドラの言葉に、マリーの心は熱くふるえた。

 ぶわっと涙があふれだす。

 恐怖からの解放。

 大きな安堵。


「あ…りがとう……ありがとう………!」


 マリーは思わずサンドラに駆け寄って、手をにぎった。


「はあっ!? なんなのよ、あんた!」


 焦ったのはサンドラの方だ。

 気持ち悪い、とマリーの手をふりはらう。

 それでも、よろこびは減らず、涙をふいて、衝動のままに笑った。


「ったく、()()()()()が、たかだか恋愛で頭イカレさせるなんて、もう少し骨のあるところを見せなさいよ」

「うん、本当、たかだか恋愛にふりまわされて、バカだよね。あんたのおかげで目が覚めた。あたし、拘束の魔法を解いてくれる人を探しに、この街に来たの。思い出させてくれてありがとう!」

「はい? もう本当に意味わかんないんだけど」


(そうだよ。ケントは誰かの命令で動いてるだけで。一緒にいることにケントの意思は入ってなくて。あたしが希望を持つ余地なんかなくて。だから、魔法を解いて、ケントを解放してあげて。それで良かったんだ)


 心底気味悪がっているサンドラを置き去りに、すっかり明るくなった気分で、マリーは踊り出すような足取りで天幕の外に出た。


「あ、ちょっと! どこ行くのよ!」

「魔法使いを探しに!」

「魔法使いを探すって、マクネリーに怯えてるこの街で? そうでなくとも全面戦争の大騒ぎだってのに」

「え?」


 軽やかに踏み出した足が、そこで止まった。


──全面戦争。


 何気なくサンドラが口にした言葉に、マリーの目の前は再び暗転した。

 マリーの変化に気を良くしたのか、サンドラは得意そうに言を継いだ。


「あら、知らなかったの? おとつい、魔法使いダグラスが国王に宣戦布告したのよ。分かるでしょ? だから、彼はもう行かなきゃならないの。魔法使いを探す必要なんてない。マクネリーを押さえたら、あんたたちの関係もおしまいよ」

「…マクネリーさんって、昨日の犯人?」

「そうよ。彼の親の敵なんですって」


 饒舌にサンドラはしゃべる。


「あんたは閉じこもってて気付いてないんでしょうけど、このサジッタ一座に出入りしてんのよ。金髪に緑の目をした魔法使いがね!」


──ドクン!


 マリーの心臓が大きく脈打った。


「緑の…目? その人、年は……?」

「えっと四十前後で……あら? 魔力もCランクくらいだったわ…ね」


 サンドラも、さっき自分が見た魔法使いがマクネリーではないと気付いたのか、声のトーンを下げた。


「緑の…魔法石、持ってなかった?」

「してたわ。魔法医がよくしてるみたいに、ポーラータイに値打ちもののペリドットつけて──って、あんた、顔真っ青よ」

「その人はマクネリーさんじゃない。行かなきゃ。ケントが殺される…」

「殺される? マクネリーじゃないのに? ちょっとマリー、言ってること変よ?」


 サンドラが困惑していたが、マリーは走り出した。

 ケントのいる方に向かって。


  *


 ちょうど、イライザの天幕から出てくるケントを、マリーは見つけた。

 そして、ケントの後ろから、金髪に緑の目の魔法使い、魔法医アーサーが。


「ケント、逃げて!」


 マリーは叫んだ。

 二人の視線がマリーに刺さる。


「マリー、ちょうど今からきみに…」


 やや緊張した面持ちで口をひらいたケントの横をすりぬけ、マリーはアーサーと向き合った。


()()()()()()()()。あたしなら戻るわ。だからケントのことは見逃して。お願い」


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