9 魔法医アーサー #ケント
「サジッタ一座…だって?」
目の前でふてぶてしい微笑みを浮かべるキツイ顔立ちの金髪女に、ケントは剣呑な声をあげた。
昨日。
ケントは、サンドラから求められるままに高級宿を二部屋取った。
その後まったく顔を合わせることなく別行動し、日付が変わり、別々の席で朝食も済ませたあと合流したのだが。
「そう。金髪の魔法使いが出入りしてるんですって。一座の誰かといい仲なんでしょ。対策本部も一度立ち入ったけど、魔法使いは見つからず、事実無根だって追い返されたらしいわ。でも、その後も目的証言があるし、サジッタ一座のまわりでは事件が起きてないのよ」
サンドラは、こともあろうに、ケントの父を殺した因縁の相手であり、現在カジノ客大量殺人をしているマクネリーが、昨日マリーを帰したサジッタ一座にいると推論してみせた。
「うーん…グレーだとは思うけど…」
「知り合いがいるから疑いたくない? でも、マリーを殺さなかったの、一座のどこかで彼女を見ていて、座員だと思ったからだとしたら?」
サンドラの指摘にケントはハッとした。
そうだ。
嫌いな人間の関係者だろうと、何の関係もない人間だろうと、誰一人見逃さず、痛めつけて殺害するのがマクネリーだ。
彼が殺害を思いとどまることがあるとしたら、それはつまり。彼以外の者の思惑が絡んでいる時。──彼が、サジッタ一座の関係者には手を出さないと決めている時。
「そこまで読んでいて、昨日話さなかったのか?」
「そうよ。話したら、飛んでいったでしょ」
「あたりまえだろ! マリーのそばに殺人鬼がいるんだぞ!?」
「でも、あんたも、無策でマリーと離れたわけじゃない。でしょ?」
「それは…そうだけど」
たしかに、離れた場所でマリーが魔法攻撃を受けたら、ケントのそばに瞬間移動してくるようにはしている。
けれど、昨日のように、縄で首を絞められたらどうしようもない。
「マクネリーの女がうまくやってれば、サジッタ一座は安全地帯でしょ。全面戦争前にゆっくり休ませてあげたのよ。感謝して欲しいくらいだわ」
サンドラは偉そうに言ったが、ケントはじっとしていられず、宿を飛び出した。
*
ケントがサジッタ一座についたところで、すぐにイライザと出会った。
「すまない、マリーは…」
「あら。昨日の今日で、よくここに顔を出せたわね」
イライザは、綺麗な笑顔で毒を吐いた。
「へっ?」
(俺…怒られてる? なんで?)
「マリーなら昨日、戻ってきてから、一人にして欲しいって、道具類のテントに引きこもってる。一体どんな仕打ちを受けたらあそこまで落ち込めるのか、教えて欲しいものだわ」
「いや、たぶん、なんか、行き違い…」
「行き違い?」
ケントの答えに、イライザは顔を引きつらせた。
(あれ? なんかヤバイ?)
答え方を間違った。
そう気づいたときには、もう遅かった。
「あんたは自分が傷つけた相手が自殺しても、行き違いで片付けるの!?」
鼓膜を突き破りそうな勢いの怒声が飛んできた。
「結局、あんたは一緒にいる間、自分がいい思いをしたかっただけ。自分があの娘を救ってやってるんだってヒーロー気取りで、ダグラスを出し抜いてるんだって優越感にひたって。あの娘と真剣にむきあう誠意すらもちあわせてない。傲慢で、自分勝手で、無責任で──あんたとなら、あの娘の心が本当に救われる道が開けるんじゃないかなんて、期待したあたしがバカだった!」
激しい言葉が、ざくざくとケントの心に刺さる。
「あんたなんかに、もうこれ以上、傷つけさせたりしない。この三年、泣きつづけてきたあの娘を、あたしが救ってみせる。だから、さっさと拘束の魔法を解いて、あたしたちの前から消えて!」
最後は涙まじりにイライザが叫んだ。怒りで人を殺せるのなら、自分はここで殺されたと思った。
怒り収まらぬイライザを前に、ケントはただただ、萎縮し、縮こまった。そこへ。
「イライザ、落ち着きなさい」
おだやかな男性の声が響いた。
彼はイライザに近寄ると、なだめるように肩を抱いた。
金髪に緑色の瞳の魔法使い。魔力のランクはCだろう。
年は四十歳前後。きちんとした装い。ポーラータイに魔法石をつけるのは、魔法で人々を治療する、魔法医の特徴だ。
「アーサー」
イライザが男の名を呼んだ。
さっきまで怒り狂っていたのが嘘のように鎮まっていた。
そして、ケントは。
(サジッタ一座に出入りしてた魔法使いはマクネリーじゃなかった…!)
サンドラの推測が外れだと気付いた。
サジッタ一座に出入りしている金髪の魔法使いはどう見ても、今、ケントの目の前に現れた、このおだやかな彼だ。
「ええと、ケント君だったかな」
イライザをなだめたアーサーは、ケントに向かって言った。
「少し、私と話をしないか」
「あっ……はい」
ケントはうなずいた。
(もうマクネリーは放置でいいや)
おだやかな彼に取りなしてもらって、マリーを連れて行こう。そう思った。
また一からマクネリーを探すには、もう時間切れだった。
*
イライザ専用の天幕で、ケントはアーサーと向かいあって座った。
アーサーはイライザの恋人で、マリーのことも相談に乗ってきたのだという。
「イライザがすまなかったね。彼女もマリーに強く拒絶されたのが初めてで、ショックを受けているんだよ」
「いえ、すみません。行き違いがあって、説明すれば分かってもらえると思うので、その…マリーに会わせてもらえませんか」
「そうだね…マリーに何を言うつもりか、聞かせてもらっても?」
アーサーにどう答えるか、ケントは少し悩んだ。
自分の立場や行き先はさすがに言いにくい。
「俺と一緒に来てほしいと」
「それは、プロポーズかい? それとも、今までの延長?」
白黒をつけようとする切り返し。
ここで期待されている答えは、『プロポーズ』の方なのだろう。
しかし、魔法使いだと明かせば、ケントはマリーに嫌われる。マリーを都に連れて行くためにプロポーズしたところで、無意味だ。
それ以前に。
ダグラスとの全面戦争。
ここまでケントはダグラスの温情で生かされてきたが、戦場に立ったらそうはいかない。
「彼女の安全を最大限に考慮した結果…としか言えません」
ケントは正直に答えた。
「なるほど、なるほど……」
それを受けて、アーサーもまた、考えこんだ。
「残念だが、その答えではイライザに取りなせないな。だが、きみにも譲れない事情があるのだろう。どうかな、私が彼女を預かるというのは。イライザの大事な妹は、私にとっても大事な家族。それに、実は私は国の管理を外れた人間でね。身を隠すのは得意なんだよ。だから、マリーの安全は保証できる」
冷静で理知的なアーサーの提案は、ケントの心に響いた。
(ダグラス陣営に、アーサー殿のような魔法使いがいる話は聞いたことがないし、確かにこの方なら色々とうまく立ち回ってくれそうだ…。それに、ダグラスのまったく知らない人間にマリーを預けるのは、有効な策だ)
「マリーのこと、よろしくお願いします」
ケントは、アーサーに頭を下げた。




