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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第九章 魔法使いダグラスの罠
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7 独占欲 #マリー

 ケントとサンドラの前から逃げ出したマリーは、メチャクチャに走った。


 二人の間に、サンドラがほのめかしたような事実がないことは分かっていた。

 それでも。

 ケントのサンドラを見る目が変わっていた。彼女への警戒心が解け、存在を受け入れていた。


 その事実がマリーを打ちのめした。

 今回はサンドラの一人芝居でも、この先は分からない。

 二人の息のあったかけ合いを見て、マリーはそう思ってしまった。


 焼けつくような激情が、身を焦がす。

 ケントにすり寄るサンドラを見て、そこは自分の場所だと叫びたかった。


(嫌、嫌、嫌!)


 自分と別れたあと、ケントがサンドラの手を取るなんて、考えたくもなかった。


──きみを一緒に連れていく。


 そう言ってくれたケントに、一緒に行けないと断ったくせに。


(あたしの告白も、迷惑そうだった…!)


──ドン!


 勢いよく角を曲がったところで、マリーは誰かとぶつかった。


「ごめんなさいっ!」


 謝ってから相手を見ると、ぶつかったのはマイクだった。


「マイクさん?」

「ま、マリーさんっ」

「どうしてお一人で…あ、サンドラに追い出されたとかですか?」

「サンドラ? いえ、その……ケントさんが言うには、誰かに守ってもらおうとするから襲われると…」

「え……まさか、ケントが、一人でいろと……?」


 マリーは、頭から冷水をあびせられた気分だった。

 ケントに急ぎの用があることも、マリーの我儘に無理やり付き合わせていることも分かってはいた。それでも、この対応は…。


「すみません! 本当にごめんなさい! あたし、何か考えます!」


 ケントがマイクにしたことを、マリーは謝った。

 そのとき。


「おまえ、カジノ客だな? この俺様だけに視える魔法の印が、バッチリ見えているぞ」


 背後から、低くかすれた声がふってきた。

 マイクの顔がみるみる青くなる。


 ふりかえると、黒いフード付き外套を着た魔法使いが、地面から数メートル上空に浮かんでいた。


 強い魔力のオーラ。

 目深に被ったフードで顔の上半分は隠れていたが、歪んだ笑みを浮かべる口元の皺から、年配であることが分かる。


「やめな!」


 マリーは両手を広げて、マイクをかばうように立った。


「おまえは…」


 マイクに向いていた視線が、マリーに向く。

 魔法使いは、「そうか」と小さくつぶやくと、フードを取った。

 淡い金髪に、青い目。年は五十代だろうか。


「勇ましいお嬢さん。その勇気に免じて、見学を許そう」


 そう言った次の瞬間、魔法使いがフッとマリーの前に現れ、いきなり首をつかまれた。


「っ!」


 そのまま体を持ち上げられ、足が地面から浮く。

 マリーは手を首に持っていったが、男の手はびくともしなかった。

 苦しくて、顔が歪み、視界も歪む。

 魔法使いは満足そうに笑うと、現れたときと同じようにフッと消えた。


「!」


 マリーは声にならない悲鳴を上げた。

 手の代わりに縄が現れ、首を絞めあげてきたのだ。空中に現れた縄に、首吊りされた格好だった。

 なんとか自分の両手で縄をつかみ、首が絞まるのを阻止する。


「さあ、待たせたな」


 魔法使いは、改めてマイクの正面に立つと、もったいをつけるように言った。

 マイクはガクガク震えながら、後ずさりした。


「まずは足をへし折ってやろう」

「ひいいぃ─────!」


 悲鳴をあげ、一目散に逃げようとして、マイクは派手に転倒した。

 魔法使いがマイクに迫る。

 マイクは立とうとしたが、腰が抜けたらしく、結局、地面に尻もちをついてへたりこんだ。


「おた、たすっ、おた……ぅけっ……けけけけっ」


 助けを乞う言葉は、途中で奇声に変わった。

 尻もちをついたところから、液体の染みがひろがる。

 白目をむいた彼は、そのままドサッと地面に仰向けに倒れこんだ。


「ふ、はははっ! なんだこの腰抜けは! ははははははっ!」


 お腹を抱えて大笑いすると、そこで満足したらしく、魔法使いは魔法でマイクの身ぐるみを剥ぎ、空を飛んでいった。マイクに残されたのは、濡れた下履きだけだった。


 魔法使いが空の彼方に消えたところで、マリーの首にかかっていた縄も消えた。身体を宙に吊り上げていたものを失い、ドサっと地面に崩れ落ちる。

 そのままマリーは地面にうずくまって、ゲホゴホと咳こんだ。

 そこへ。


「マリー!」


 ケントが、血相を変えて駆けつけてきた。

 彼の姿を目にしたとたん、ホッと気が緩み、涙がポロリとこぼれた。


「首を絞められたのか?」


 マリーの首の圧迫跡を見て、ケントが言った。


「うん。あたしがマイクさんをかばおうとしたら、見学を許してやるって。マイクさんは…気絶してるだけだと思う。その、魔法使いは彼の反応に満足したみたいで」

「満足……そうか、過大反応をしたあとに失神した奴が命拾いしてたんだ」


 ケントは妙に納得したように言った。


「マリー、すまないが、明日までサジッタ一座にいてくれ。俺に会いにくるのもナシだ」

「どうして? マイクさんに一人でいろと言って、事件から手を引こうとしてたんじゃないの?」


 まるで事件を解決するつもりのようなケントの口ぶりに、マリーは聞いた。


「状況が変わった。マイクの引き取りとか、対策本部の応援を呼ぶから、サジッタ一座への帰り方はその人たちに聞いてくれ。いいな、俺を見かけても絶対に近づくなよ」

「近づくなって…どうして!?」


 マリーはケントに追いすがろうとしたが、彼は背を向けてしまった。


「サンドラ」


 マリーではない女の名を、ケントが呼ぶ。


 彼と一緒に来たらしいサンドラは、

「もちろん協力するわよ」

 そう答えると、勝者の笑みをマリーに向けた。


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