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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第九章 魔法使いダグラスの罠
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6 マリーの告白 #ケント

 サンドラの勧誘を退けたケントは、宿を出たところでマリーと会った。


「ごめんね、突然来ちゃって。あんたに伝えたいことがあって」

「あ、ああ、かまわない」


 ケントは答えた。

 姐イライザと会っていたマリーに何があったのかは分からないが、切羽詰まった様子を見たら、『聞かない』という選択肢はなかった。


「この一ヶ月、一緒に旅をしてくれてありがとう。宿代とか、いっぱいあんたに甘えちゃって…」


 マリーが口にしたのは、感謝の言葉だった。

 ずきん、と胸が痛んだ。

 彼女にとって、ケントは、魔法使いでもないのに、魔法使いダグラスから逃走する魔女マリーを助けた、勇気ある者。

 今、感謝をされたのは、彼女の中で美化されたケントなのだ。


(ごめん、マリー。そいつは……俺じゃない)


「旅費は…俺が一緒にいることを強要したんだから当然の…」

「ちがう! この魔法のおかげで──あんたの引力を感じて、あんたの居場所が分かることで、あたしは救われたの。今、あたしは独りじゃないんだって」

「魔法の…引力?」


 予想外のところへの賛辞に、ケントは面食らった。


「うん」


 マリーがまっすぐな瞳でうなずく。

 その、心からの感謝は、ケントの心を、あたたかく包み込んだ。


(俺との距離を引力で感じる仕組みは、特に深い意味なく、ノリで付加したものだけど…)


 それでも。

 あの瞬間、ケントが選んでしたことの中にも、彼女の救いがあったのなら。

 彼女に愛されてきたのは、どこにも存在しない、幻のケントだけじゃなかった。

 ケントは、救われたというマリーの告白に、自分の方が救われたと思った。


「好きよ。そう──たとえ、あんたが魔法使いでも」

「えっ」


 魔法使いでも好き。

 マリーから絶対に聞けるはずのない言葉を聞いて、ケントは心臓が口から飛び出すんじゃないかと思うくらい衝撃を受けた。


(正体がバレた? いや、でも好きって…マリーは魔法も魔法使いも嫌いなはず…)


 あまりにも夢のような言葉すぎて、どう受け取ればよいのか分からなかった。


「あっ、ごめん。変なたとえして」


 ケントの動揺に気付いたマリーは、言葉を足した。


「え…ああ、たとえ…」

「あたしが言いたかったのは、あんたがこれまでどんな人生を生きてきて、今なにを抱えていても、あんたにしてもらったことを忘れないってことなの。ありがとう」


 マリーは丁寧な言い直しをして、なにも知らない瞳でケントに微笑んだ。

 慈愛に満ちた、どんな罪も赦してくれそうなまなざし。

 だけど。


(ああ、そうだよな)


──そんな都合のいい話はない。


 ケントはがっかりしたような、あるべき場所に戻って落ち着いたような、妙な気分を受け入れた。


 広報用に美化された瓦版のケントを信じ、周りの忠告を無視してケントを見に来た子どもたちも、ひとり残らず、想像と違ったと泣きながら逃げていった。

 想像上で赦せると思うのと、実際に事実をつきつけられて、感じる気持ちは別。


 赦せるはずが、ない。


 自分でかけて、いつでも解ける魔法を、解く方法がないと偽ったのだから。

 それなのに、マリーはケントのことを自分の宿命のまきぞえにしたくないと、心配して。

 嘘をつくことで、彼女の愛情を享受しつづけて。

 赦されていいはずが……ない。

 まっすぐにケントを見つめてくるマリーから、ケントは視線をそらした。


「ケント?」


 マリーがケントの反応をいぶかしんだ、そのとき。


「あんたが慌てて出ていくから、あたしも急いで身支度して出てきたんだけど、あらやだ、修羅場になっちゃったかしら」


 ふてぶてしい女の声が二人の間に割り込んできた。


「サンドラっ?」


 マリーが血相を変えて叫ぶ。


「どうしてあんたがいるのっ?」

「あらあ、わざわざ言わせるの? 男女がおなじ宿から出てきたら、答えはひとつでしょ? ああ、あんたの場合は違ったんだったわね、ごめんあそばせ!」


 サンドラはわざとらしくマリーを挑発し、高笑いした。


「サンドラ! 事をややこしくするのはやめてくれ!」


 ケントは言った。

 なぜサンドラがまだ絡んでくるのかは分からなかったが、彼女に好き放題させてはいけないことだけは分かった。


「なによ。さっきまであたしと体を寄せ合って仲良くしてたじゃない」


 サンドラは、生き生きとした顔でケントに言った。


「だから、そういう誤解を招く発言をだな──」

「とおっても良かったでしょ?」


 抗議など意にも介さず、サンドラが抱きついてきた。女性の柔らかなふくらみを体に押し付けられる。


「やめろっ!」


 ケントは力一杯、サンドラを押し戻した。

 それから。


「ま、マリー、違うんだ」


(さすがに誤解はしないだろうけど、言い訳はしておかないと───へっ!?)


 釈明しようとマリーを見たケントはギョッとした。

 マリーは顔を赤くし、涙目になっていた。


「ケントのバカっ!」


 そう叫ぶと、マリーは「わあああぁっ」と走り去っていった。


(え……? 俺が悪いのか……? ていうか今の、あからさまにサンドラの一人芝居だったよな……?)



 マリーが街角に消えたあと。


「あなたが彼女を持て余してたみたいだったから、助けてあげたのよ」


 サンドラはぬけぬけと言った。


 ケントは、後の祭りながら、宿の部屋でサンドラが殊勝にケントと別れたのは、窓越しにマリーの訪れを見つけて、今の修羅場を演出することを思い付いたからだったのだと気付いた。


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