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告白 5

 俊は数時間前に見た、その笑顔を頭の端に止めながら、テレビに目を向けた。自国の崩壊の報道以降、仲間とは音信不通状態だ。情報は、今やこんな偏見だらけの意図をたっぷり含まされたメディアからのものと、自分が持っているいくつかの特別な繋がりからしか得られない。

 それでも、見ないわけにはいかなかった。

 俊はニュース番組のトップ報道に舌打ちをする。

 芸能人の何某が結婚したとの内容だった。

「くだらない」

 どうでもいいだろと思う。誰が誰と結婚しようと、生活に関係あるのか?他人のそんな情報、全く意味がない。

 そもそも、この国にニュース番組が存在しないのかとすら、初めは思ったほどだ。

 視聴者の関心の割合に沿わせて番組内容の割合も決めているというのなら、この国は本当にお気楽過ぎる。 

「きっと、世界が崩壊しても、日本人は芸能ニュースを流すんだろうな」

「そうかもね」

 思わず零した言葉に返事がして、俊は驚いて女の方を見た。女はまだ夢の中にいるような恍惚とした表情で彼に寄り添うと、テレビ画面の方を見る。

「皆、息苦しいと思ってるのよ。生きにくい世の中だって」

 生きにくい。生存その事に関してはそうは難しくない国に思える。精神的な事を指しているのなら、そうさせてるのは、自分自身じゃないのか?

 そういった疑問が浮かびあがるが、口にはせずに黙って女の方を見つめた。

 女はその視線に苦笑し

「俊みたいに、勝者には分からないのよ。この国はとっても生きにくいの。ほとんどの人間にとってはね。だから、一生懸命こうやって、何でもいいから幸せの種を見つけて大騒ぎするのよ」

 と答えた。

 自分が勝者なら、ここにはいない。皮肉に聞こえたその言葉に嘲笑を漏らすも、今の自分の偽物の立場は確かに、日本で言う【勝者】の部類だったから、俊は否定せずに黙って肩をすくめた。

「ね、寂しいね」

「は?」

 突然零した、女の言葉に俊は瞬きした。一瞬、女が自分の正体を勘づいたのかと身を固くする。もし、その場合はこの先に選べる選択はそう多くはない。

 しかし、女はピタリと肌を寄せ、ため息混じりに呟いた。

「皆、きっと寂しがり屋なのよね。だから、何かを繋がってたい。一人じゃいられないのよ」

「じゃ、傍にいれば誰でもいいのか?」

 理解できない日本人の感性が未だに残っていたのかと、俊は首を捻る。しかし女は顔を横に振った。

「そう言った意味じゃないの。どんなにたくさんの人といても、孤独な時は孤独だわ」

 確かに。それは今の俊の状況そのものだった。

 全てが嘘に包まれた人生。たとえ、それに金や名声がついて回っているのだとしても、虚しさと言う孤独は拭えなかった。

「でも、ね。俊」

 女はここに二つの身体があるのをもどかしくさえ思うかのような熱で、囁く。

「私、あなたといる時は孤独を感じないの。ううん。あなたがいなければ、もう、どこで何をして、誰といても……」

 女の言葉に、嘘の響きは認められなかった。

 女の瞳孔、心拍数、その他嘘をつく時に見られる人間の生理的変化は全て見当たらない。つまり、本音だという事だ。

 誰にも必要とされなくなった自分。そんな自分を、この女は……。

 俊はその時、初めて、そう、生まれて初めての感覚に、自分で目を見張った。胸の一番奥底からじんわりと滲むような温かさ。それと同時に広がる甘い、まどろみのような感覚。

 そして、全てを賭けても手放したくなくなるような、欲望。 

「きっと、これが平和っていう意味なんだろうな」

「え?」

 この言葉の意味は深くは話せない。

 でも、俊は必要ないとも思った。自分は彼女と言う新しい故郷を作ろうとしていて、彼女はきっとそれを喜んで受け入れるのだろうから。

「結婚、しよう」

 俊はその言葉を口にした。

 情報の為でも、身を隠すためでも、誰の為でもない。

 ただ、彼女とともに生きていく、新しい人生に賭けてみたくなったのだ。もう、孤独を味わなくていいように。

 女が頷き、二人が一つに溶け合い、闇に沈む。

 テレビでは、ようやく遠くの国での紛争が、華やかなCMの合間に挟まれている所だった。

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