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告白 24

 雪子は男を見おろし、小さく息をついた。

 力が抜け、崩れそうになるその背を支えるように、晴美が彼女の肩を抱く。

「いいの?とどめを刺さなくても。それが、アナタの望みだったのでしょう?」

「ええ」

 雪子は頷いた。足元の男は意識は失ったようだが、体はまだ弱々しくも呼吸を繰り返している。

「晴美さん。今、まだこの男の心、見えますか?」 

 晴美は首を横に振った。意識を失った相手の心の内まではさすがに読み取れない。しかし、雪子の聞きたい事はわかった。

「この男は、最後まで罪を認識できてはいなかったわ」

 雪子の顔が苦しみに歪んだ。ナイフを持つ手が震えていた。酷く、虚しい気持ちがそうさせているようだった。自分にもそんな感情の理由が分からない。

 そして、そっと目を閉じた。

 静かに自分の中の林雪子という人物と対話する。

 何を悔やんでいたのか、何をしたかったのか、どうすれば救われるのか。

 耳には耳鳴りの様な沈黙と、男のススキの穂がすれあうような呼吸しか聞こえない。

 命の、尽きる瞬間は、どの人間にも等しく訪れる。それは、どんな理由でどんな経緯があり、その人間にどんな価値があろうと、関係ない。

 林俊の死も、その妻の死も、妻を殺した者達の死すらも、皆、同じなのだ。

 雪子はそっと目を開けた。ようやく、自分が選ぶ道を定めたのだ。

 ナイフを背に突き立てたままの男の背に、自身のナイフを添わせるように置くと、立ちあがり神父の方を見つめた。

 晴美も風香も氷雨も、彼女が何故、とどめを刺し、自分の願いをかなえようとしないのか不思議そうに見守っている。

 しかし、雪子はその視線の中を軽いカーテンをくぐるように進み、指を組み祈るような姿勢で空知神父の前に傅いた。

「神父。私のやるべき事が、ようやくわかりました」

「聞かせてください」

 厚みのある声は包容力をもって雪子に振りかかった。雪子は目を上げ

「罪を、自分の罪を認め償います」

「はぁ?」

 声を上げたのは風香だった。すぐに何かを言おうと口を開いたが氷雨が「黙っときな、新人」と素早く片手で彼女の口を塞いだ。

「神は、あなたの勇気を歓迎するでしょう。来なさい」

「はい」

 雪子は立ち上がると差し出された神父の両手に自身の手を載せた。軽く握られた空知神父の手のぬくもりに、雪子の心が柔らかく解けていく。

 それは、一見、花嫁が神聖な誓いを立てるかのようにも見えた。

「貴女の告白は全て聞き届けました。安心して、生まれ変わりなさい」

「はい」

 雪子の顔が一層輝いた。

 それは、傍から見ている風香でさえ溜息をもらすほど美しく、清らかな花嫁の笑顔だった。

 東吾の死体の処理は自分の仕事だから、と残った氷雨を置いて、三人は教会を後にした。


 

 血に染まったウェディングドレスを脱いだ雪子は、先ほどとはまるでイメージの違う、スキニーなデニムにハイネックの半そでのセーター。その上にジャケットと言う姿になっていた。

 後ろ手に一つくくりにした長い黒髪は、黒豹の尾を思わせるほどしなやかで、そこに伸びる長く白い首に沿って揺れるのが何とも色があった。 

「あー疲れたっ!やっぱ、一仕事終えると、どっと疲れが来るわね」

 雪子が大きな声を出し、両手を繋いで天を押し上げるような恰好でそう言った。それは清々しさを通り越し、まるで今までの事全てがなかったかのような体だ。

 風香はさっきの彼女とのギャップに閉口した。

 風香はこの組織のメンバーに入ってまだ3ヶ月ほどだ。仕事と言う仕事はしていない、未だ身元調査をされているトライアルで、彼女達の仕事を見たのはこれが初めてなのだが、実際、雪子という女性に会ったのは、今日を含め片手で余るほどだった。

 うち、一度はさっきお陀仏した東吾と一緒だった。ま、この場合、教会で死んだのだから仏と言うのは少々おかしいのかもしれないが。

 風香が今、身を置くこの組織は、弱い者の無念を晴らす世直しの様な仕事をしている連中と認識していた。

 空知神父をリーダーに、人の心が読める晴美さん、死体処理が得意で過去が見える氷雨、そしてこの雪子が主なメンバーだ。それぞれ、特殊な力を持ち、人の魂を救うのだ。

 その方法は、大抵、氷雨と晴美がその罪人を見つけ出し、雪子が償うチャンスを与え、神父が裁きを下す。

 罪人が自らの罪を認めその口で告白し懺悔すれば、裁きは保留。そうでない場合は、東吾の様な事になる。

 聞いただけでは馬鹿げている話だが、風香は実際に彼女達に救われた。それで彼女達の仲間になろうと決めたのだが。

 しかし、それにしたって……。

 風香は、ものすごい勢いで晴美とこれからどこに打ち上げに行くかを相談している雪子の横顔を見た。

 彼女の能力は何なのだろう?

 図らずも、今のは仕事ではなく、雪子の過去の清算だと聞かされていた。でも、この気持ちの切り替えようはあまりにも不自然だ。かといって、強がっているようにも見えない。

「あの」

 風香は堪らず口を挟んだ。ピタリ、雪子と晴美の会話が止まり、6つの目が風香を見つめる。

「結局、雪姉の能力って言うか、役割って何なんですか? ってか、どうして雪姉、そんなに元気ハツラツっていうか、平気な顔をしてるんですか? 少なくとも、聞いた話じゃ……」

 その瞬間、わっと噴水が吹きあがったように笑いが溢れだした。

 風香は意味が分からず大笑いする二人を見つめる。一人、苦笑していた空知神父が風香をホローするように言葉を挟んだ。

「あぁ。風香さんはまだ知らないんでしたよね。雪子さんの能力」

「だから、さっきからそう言ってるじゃん」

 思いっきり馬鹿にされたような笑いに気分を悪くし、風香は口を尖らせる。

 空知神父は彼女のそんなあどけない仕草に苦笑すると、まるで迷子に道を教えるような口調で、こう告げた。

「雪子さんの能力は、物を言えない人の代理ですよ」

「は?」

 意味が分からない。風香は目を丸めこの時ばかりは舌が回らず雪子の方を凝視した。雪子は笑いに涙を浮かべ呼吸を整えながら風香の方を見ると、

「平たく言うと、イタコよ」

 と言った。何をどう平たく言えばそうなるのかわからないが、風香にもその意味はわかった。つまり、雪子は……。

「死んだ人の代弁なの。さっきの話の女の子は……」

 ふと、それまで緩んでいた表情が引き締まり、雪子の目に寂しげな風が吹いた。

「父親を殺した時、死んだの」

「雪子さん」

 神父は雪子の肩に手を置くと、首を横に振った。それ以上語るなと言う事だろう。雪子の隣にいた晴美はそれを察し、彼女の背を軽く押し、風香と神父を置いて先に行ってしまった。

 風香はそんな背を釈然としない思いで見つめる。

 仮に、そういう能力の持ち主だとしても、おかしくないか?だって、はじめ、雪子はこれは自分の過去の清算だと言ったじゃないか。

「空知神父」

 風香は口を尖らせたまま神父を見上げた。初老の神父は小さく微笑み

「林雪子の亡霊を、彼女は浄化させたかったんですよ」

 そう言った。風香にはその意味が良くは分からなかった。が、前を行く二人の会話から『焼き肉』の単語はよく聞き取れた。

 風香はまぁ、いいや、と、もやもやする思考を振り払うと、二人に置いてかれないように走りだした。

 神父が後ろで困った顔をして自分を見ているのはわかったが、考えるのはもともと得意じゃないのだ。

「ねぇ、雪姉。その焼き肉の店……」

 風香が彼女の袖をひっぱった。

 その拍子に僅かにジャケットが肩から落ち、雪子の腕が露わになった。そして、そこにあったのは、一筋の弾痕の痕。

「え」

 風香は立ち止まり、息をのむ。

 この傷は? もしかしてさっきの話の中の傷なんじゃないのか?

 ってことは、やっぱり?

「ねぇ! さっきの話、死人の代弁なんかじゃないんじゃないの? さっきのはやっぱり……」

 雪子が目を細めた。ジャケットを羽織りなおし、その細く長い指をそっと風香の唇におし当てると

「今日の私はね。もう嘘しかつけないから」

 といって片目を瞑った。

 嘘しかつけない?

 と言う事は、この言葉が嘘。つまり本当のことしか言えないって事になる。ならば。嘘しかつかないというのは本当で、それは嘘で……。

 風香は頭がこんがらがり閉口した。雪子と晴美はしてやったりと顔を見合わせ笑っていた。

 穏やかな日差しの中、その笑い声は高らかに響く。

 空知神父は、生まれて来たその業から逃げないと決めた少女の告白が、そのままこの透明な空に溶けていけばいいなと、思った。

 そして、祈る。

 願わくば、人の想いを代弁し救う事で、彼女自身の心も救われ、いつか涙を封じるための笑顔という嘘も、告白できる日が来ますように……と。

 はじめまして。


 小説もどきを書きはじめ約1年。こちらでのサイトでは初投稿になりますが、いかがでしたでしょうか?


 このお話は今後『告白シリーズ』として続けていく予定ですので、もし、よろしかったら心の端にでも止めていて下さったら嬉しいです。(続編「ある少年の告白」は明日より投稿します)


 最後になりましたが、私の拙い文章をここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。

 心よりの感謝をアナタへ

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