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告白 23

 だって、そうだ。こんな話し、現実にあるわけない。女に悪戯して死刑になる人間なんていないんだ。

 雪子の母親は運が悪かったのだ。そして、むしろそんな女に当たってしまった自分の方が被害者だ。

 神? 馬鹿馬鹿しい。

 東吾はじっと雪子の目を見つめる。

 美しい雪子、優しい雪子、可哀そうな、雪子。

 でも、女はいくらでもいる。

 今聞いた話が全て事実だとしても、自分は殺されてやる気は全くしない。

 こんな戯言、たくさんだ。

「雪子」

 東吾は反省に色を失くした、ふりをした。そして雪子のその冷たい頬に手をあてると、彼女の手に光るナイフに一瞬目をやった。

 殺し屋? とはいっても、所詮女だろ。

 東吾は口元に笑みを浮かべると

「すまなかった」

 自分の手を差し出し、そのナイフに伸ばした。雪子の身が一歩引かれる。彼女の手を掴んだ。奪えない気はしなかった。

 すまない。雪子。

 お前を愛してはいるが、それ以上に、俺は俺自身を……。

 その時だった。背中に軽い衝撃を感じたのは。

 すぐに熱と痛みがそれを追いかけ、東吾は目を見開き動きを止めた。

「え……」

 そっと後ろに振り返る。

 一瞬毎にこれまで感じた事のない痛みが、じわりじわりと増している。苦悶に顔を歪め、息を飲み、ようやく目の端に確認したのは、自身の背を鞘に深々と納まっているナイフだった 

「晴美さん」

「雪子さんは、まだまだ人の心が見えてないのね」

 晴美の子どもをいなすような声がした。東吾は崩れ落ちながら、女たちの顔を交互に見る。

 どうやら、東吾の背にナイフを投げたのは晴美のようだ。

「晴美さんのような力は、私にはないですよ」

 雪子の拗ねたような声が頭上でした。体が、床を感じ頬にそれがあたる。背から、痛みとともに温かなものが迸り出ていくのを感じる。

「私が『見る』事が出来るのは、『今』だけよ。氷雨さんのように過去まではわからない」

 自分の命が、体から漏れ出し周囲に広がっていく。それは、罪を背負わすように鈍い重みを伴いながら自分を覆い始める。

「ね、この男、能力者って事ないよね? 空知神父みたいにさ」

「一時間、死んでいられるこの力を他に持つ人間がいるとは、聞いたことありませんね」

「そうそう。もう、雪姉さんの話があんまりにまだるっこしいから、懺悔の一時間が過ぎるんじゃないかってヒヤヒヤしたよ。空知神父が復活する、それまでに悔い改めたら救うって事になってたでしょ? ま、私はそんな必要ないと思ってたけどね。だって、この男、そんなたまじゃないじゃん。雪姉がどうしても自分の過去整理をいつもの形でしたいからって付き合ったけどさ。ってか、雪姉の能力ってなに? 氷雨姉さんみたいに、まさか他人の過去を覗き見する能力じゃないでしょ?」

「のぞき見なんて言うな。人聞きの悪い」

「そうよ。おかげでこの男を探し出すことができたんだから」

「はいはい。どうせ、私には特別な能力はないですよ」

「すねないの」

「そうですよ、誰もが特別、唯一の存在なのです。だからこそ、命はかけがえのないもので……」

「あ〜、説教はいいよ。あたし、しゃべるのは好きだけど、人の話聞くのは苦手なんだ。だいたい、どうして坊主ってみんなそうお喋りなわけ? あ、そうだ、しゃべるのが仕事なら、私、向いてるかも!」

「風香には絶対向いてない」

 頭上で軽口が楽しげに飛び交っていた。

 東吾は遠のく意識の中で舌打ちをした。


 教会、死体、花嫁、ナイフ


 全ては、自分の為だったのか。

 全てはもう、ずっと前から……。


 雪子


 何が悪かったんだ


 俺は


 殺されるほどのこと


 したのか?


 俺は


 本当にやり直せると


 思ってたのに


 君と


 君と


 君……

 

 判然としない気持ちの悪さを抱えながら、東吾の混濁した意識はそこで途切れた。

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