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告白 22

「あ」

 東吾は声を上げる。確かに、自分は神父の死体の手を踏みつけた。だが、しかし、それは……。

「なんだよ。アンタ、死んでたじゃないか。こんな場所で死体のふりして人をだますのと、人の手を踏むのとそんなに差はあるのかよ。それに、何だ?俺に罪?何言ってんだよ。死体の手を踏んだのが罪なのか?裁き?何の事だよ?全くわかんねぇ!」

 東吾の叫びは虚しく教会に響いた。不愉快を通り越して、東吾は息を詰まらせるようなにじり寄る脅威を感じ不安になっていた。

 うっすらと漂う、突き放すようでいて攻撃的な空気は全て自分に向けられている。しかし、その理由が不明だし、彼らが何を意図しているのかも明瞭ではなく、まるで擦りガラスを通した景色を眺めているようだ。

「東吾さん」

 その時、背後で雪子の声がした。

 ピアノの鍵盤をポンと弾いたような澄んだその音色に、東吾は思わず笑みをこぼして振り返る。

「なぁ、雪子、どういう事だよ。何かの冗談か? 確かに、俺はこれまでそんなにいい人間じゃなかった、あのオッサンの手も踏んだ、だからって、こんなに皆に責められないといけないほどじゃないだろ? 別に、人を殺したわけでもない……」

「本当に、そう思ってるの?」

「え?」

 雪子は目を細めると、憐れみに泣き笑いの顔をし東吾のその頬を撫でた。

「貴方は、キーワードでものを考えるのが好きだったわね。じゃ、私が最後のキーワードをあげる」

「雪子?」


「初めて、呻き声、母の死、この日のための出会い」


 初めて、呻き声?はっと東吾は息を飲んだ。

 そして、雪子を凝視する。

 雪子は嬉しげに頷いた。

 ようやく、真実に辿りついてくれたのね、そう言わんばかりのその顔は晴れ晴れとしていて、どんな誤魔化しも情けも含まない潔癖さを備えていた。

「もしかして……俺が、ガキの時に」

 初めての女を思い出す。事の後に蹲り呻いていた女。あれは、もしかして雪子の母親だったのか?あの時、妊娠していたが自分の暴力で、体に異常をきたした。

 それで……。

 東吾はあの時の女の目を思い出す。


− 許さない


 それは、目の前の雪子のそれと重なり、言葉は完全に沈黙した。

「そうよ。東吾さん。私は、貴方をずっと探していた。でも、神父に諭されたのよ。どんな罪にも一度は赦される機会を与えねばならない。そうしなければ、神の代わりに裁きを下す事にはならない」

 何かが光った。

 東吾は眩しくて目を細めた。

「神の裁き何かって思ったけど、天国に行けなくなって父さんに会えなくなるのは嫌だから……」

 花嫁はそういうと、東吾を包みこむように抱きしめた。

「罪は、罪を罪とも思えないアナタの心ね。赦しのしようがないわ」

「雪子?」

「さっき、東吾さん、言ってくれたわね。私の為に命をかけられるって」

 耳元で囁く声は、問いではなく確認だ。東吾は身を強張らせ、慌てて彼女の体を引き剥がそうとした。しかし、驚くほど雪子の体はぴくりとも動かない。まるで鋼の塊のように強固に東吾に抱きついている。

「ゆ、雪子!?」

 恐怖が喉元までせり上がって来た。

 しかし、花嫁はもう、その笑顔を見せない。

「神父。裁きを」

 雪子の声が響いた。神父は残念そうに眉を下げ、首を横に振った。

「雪子?」

「東吾さん、私の望みを叶えて、せめて最期、その口が語った言葉にウソはないと神に証明して。そうすれば、もしかしたら……」

 雪子は体を離すと、東吾の瞳を覗き込んだ。

 嘘だと言ってほしかった。この期に及んでも、これは冗談だと誰かが笑い飛ばしてくれるんじゃないかと思っていた。

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