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告白 21

 父の手からスルリ、力が抜け、花がしおれるようにその手が垂れ落ちた。

 雪子は微笑みに虚空を見つめた魂の抜け殻を凝視した。

 怒りと憎しみと悲しみとやるせなさが、腹の底からこみ上げ、雪子は思いっきり唇を噛んだ。

 やがて、そこからは血が滲み、俊の頬の上に、一滴落ちた。まるで、涙のように見えた。

 父が、最期に口にした言葉。

 それは、



妻の名だった。



 確証はどこにもない。証拠もどこにも存在しない。しかし、雪子にはわかった、父は命が尽きるその時までも、雪子を見て何かいなかった。ずっと、ずっと、彼は、雪子の中の妻を見つめ、愛し、そしてその命を奪った娘を憎んでいたのだ。

 夜が更け、再び朝が来る。

 時計が、甘いメロディーを再び奏でた時、部屋に入って来たのは、その後の雪子の後見人となる晴美だった。 

 晴美は雪子を見つけると、全てを把握しただ、頷いた。

 そして、一気にカーテンを引き、外の光をその闇の中に溢れさせた。

 雪子は眩しくて目を細めた。

 そこに広がっていたのは、哀しいくらい綺麗で澄み渡った青空だった。







「その仕掛け時計のオルゴールを聴きながら、私、ようやくわかったの。父がどうして、私を愛してくれないのか。どうしたら、愛されるのか」

「雪子?」

 雪子は顔をあげ、今度は自ら立ち上がった。

 それは凛とした百合の花のように毅然としていて、美しい。そして、その花弁が一気に開いたような華やかさで、雪子が微笑んだ。

「父の望みを叶えればいいのよ」

 そうして、雪子は東吾の手をとり、正面から見つめた。まるで誓いの後の指輪の交換のように手を取り合い、見つめあう。

 その彼女の瞳に、もう、憂いの色はなかった。

「望みって、叶えたんじゃ」

「いいえ。まだよ。父は私に言ったわ。父を殺せるほどに成長し、そして私の手で母を殺した日本人を殺せと。つまり、私はまだ、父の望みを叶えたわけではなかったの。そして、この日をようやく迎える事が出来たのよ」

 その声には一種の熱っぽさを感じたが、東吾は戸惑った。雪子の目的。それは父に愛される為に、母を殺した日本人を殺すこと。

 と、言う事は

「この神父が犯人なのか?」

 この、人の良さそうな神父が殺人? 神に仕える聖職者が!?

 東吾は信じられない思いで死体の方を振り返った。 

「あれ?」

 彼は自分の目を疑った。そして言葉を無くし、その光景を見つめる。

 柔らかな日が降り注ぐ十字架の下。

 そこに命尽きた肉の塊はなく、血だまりだけが揺れていた。

「時間だよ。雪姉さん」

 唖然とする東吾は笑いを含ませた風香の方を振り返り、思わず声を上げた。なんと、そこには、あの神父が立っているではないか。

「どういう」

 あの特徴的な耳は、やはりあの神父だ。黒いその服にはべったりと血液の後はあるが、その顔には血色が戻り、にこやかにこちらを眺めている。

 どうして?何が起きている?あの時、神父は確かに死んでいた。触れたわけじゃないが、胸は上下していなかったし、見開かれた目は瞬き一つしていなかった。なのに。

 東吾は俄かに理解できずにただただ口を何度か開閉して、神父を見つめるだけだ。

 晴美がそんな東吾を気の毒に思ったのか、苦笑に口元を緩め首を少し傾げ東吾を見つめた。

「東吾さん。これはね、貴方のための贖罪の場だったのよ」

「は? 俺、の?」

「そう。始めに言ったでしょ? 東吾さん」

 雪子の声に東吾は振り返った。雪子の笑みは一層輝きを増し、神々しいばかりのそれは、教会に差し込むその陽光のように東吾に降り注がれる。

「私は、今日、この日の為に貴方に出会ったって」

「は?」

 確かに、そう言った。だが、それは、一体?

「察しの悪い男だよね。まったく」

 風香の人をあからさまに馬鹿にした声が投げられた。東吾は思わずむっとなりその小生意気な女子高生を睨みつける。

 しかし、風香は臆することなくそれを正面から睨み返すと、口の端に人の悪い笑みを浮かべた。

「説明するのもウザいよ。全く、能天気というか、大バカモノって言うか。あんたがこうやってここにいるのに、罪の意識は全くないんだね。って事は、裁きはあれだ。もう、決まりだ。残念。雪姉さんの優しいヒントにも、自分の罪を顧みる事が出来ないなんて、アンタ、そうとうの悪党だよ」

「何の事だよ!」

 周囲の空気が、引き締まり、東吾を包囲し今や締めあげよとしているのが感じられた。生意気な舌を動かす風香にしろ、生き返った神父にしろ、困ったような微笑みを讃える晴美しろ、無表情で沈黙したままの氷雨にしろ、誰一人として東吾に味方するものはいないように感じられた。

「神父。裁きは決まってるよね?」

 神父は静かに頷き、自分の手をその胸元の辺りまで掲げ皆に見せた。

「死者を暴騰した時から」

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