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告白 15

「東吾さん、大丈夫?」

「あ、はい」

 晴美の声に東吾は我に返り、頷いた。

 雪子は依然、俯いているがその表情はさっきのそれより硬いような気がした。唇がいっそう引き締められ、頬には僅かに赤味がさしている。じっと手元を見据えるその目には喜びや、恥じらいなんて言うものは一切感じられなかった。

「その日、父は私をいろんな所に連れて行ってくれたわ。晴美さんや氷雨さんに出会ったのは、その時」

 雪子がそう告げるが、二人は彫刻のようにその言葉には反応を示さなかった。

「自分の仲間、自分のネットワーク、自分の隠し金庫や隠れ家まで諜報活動におおよそ自分が使用しているものの全てと、私の顔つなぎをした」

 ふと、雪子の視線が晴美に止まる。晴美は僅かに苦笑を浮かべた。

「中には私が娘だとわかると、あからさまに顔をしかめる人もいたわ」

 それは、そうだろうと東吾も思う。娘を妻代わりになんて、悪趣味以外の何物でもない。きっと、晴美もその一人だったのだろう。

 雪子は寂しい笑みを晴美に返し、十字架を今度は振り仰いだ。

 少し高くなった太陽から差し込む陽射しの強さと角度が変わっており、まるで、雪子に向かって、光は降り注いでいるように見える。

「私はね、父の知り合い達の顔が歪むたびに、自分のせいで父が肩身の狭い思いや恥をかいているんじゃないかって心配になったの。でも、父は肩をすくめて『娘ほどいいものはない。始めからすっかり全て、自分好みにできるからな』と答えるだけだったわ。その言葉にちょっとの大人のいやらしさを感じないではなかったけど、それでも嬉しい気持ちの方が強かった」

 少女雪子にとっては、父親に選ばれた。その事が何よりも重要で誇りだったのだろう。

 東吾はさっき彼女に対して思った独占の欲望を思い出し、ようやく彼女の父親の感覚が少しわかった気がした。

 確かに、こんなに美しく聡明な女性を、誰の手にも汚されずに自分の理想に育て、自分の傍に置く。まさに、それは男の理想の様な気もした。

「父は……」

 雪子はその美しい形の唇から、吐息と一緒に言葉を落とした。

「ひととおり、顔を合わせを済ませると、私を家に残し夕飯には帰ってくるって出て行ってしまったわ」

 雪子は残された部屋で一人、いよいよと言う想いに、不安と喜びと入り混じった気持ちになって落ち着かなかった。


 当時二人が住んでいたのは、父が母と住んでいたマンションそのままで、いわいる高級マンションの類だった。対面式のシステムキッチンが臨むダイニングは6畳ほどだが、その隣に続くリビングは15畳ほどの広さがあった。そこには大型のテレビとソファにテーブルしか置かれていないので、数字より広く感じる。

 奥にはそれぞれの部屋が別にあり、それでも一つ部屋があまり、ウォークインクローゼットもあった。

 二人が住むにしては部屋が多すぎ、思い出を埋めるには広すぎる部屋だった。

 一見、いやどのように調べられても他の家とさした変わりはない。

 少し違う所と言えば、全て日本製に限られていた所だ。父は毎年のようにそれらを買い替える習慣があった。

 父は『日本製のクオリティの程度で、日本人の価値を感じられるから』とその理由を言っていたが、雪子にはその意味はよくは分からなかった。

 ただ、母親がいた時代のものを捨て、新しい家電や家具を入れる度、母親の影が遠のき、自分と父親二人だけの空間に塗り替えられていくようで、雪子にはそれが嬉しかった。 

 そんな部屋を掃除し、父の為に食事を作り、彼の帰りを待つ。なんらいつもと違わないその行為に対しても、その日は一つ一つが昨日までと意味合いが違うような気すらした。

 自分は、娘じゃなくなるのだ。

 彼の、林俊という男のパートナーになるのだ、名実ともに。 

 夕食の支度を終え、ソファに腰を下ろす。自分の身を抱きしめ、目を瞑るとトクトクと鳴りやまない自分の鼓動が聞こえた。

 他には何にも聞こえない静かな夜。

 雪子は幸せだった。

 もうすぐ、あの手が自分に触れてくれる。あの眼差しに自分だけが映る。

 父を落胆させないだろうか、噂に聞く通り初めは苦痛を伴うのだろうか。そんな不安はぼんやりと幸福感の輪郭をぼやかしたが、それでも……。

 その時だった、世界が一瞬にして、暗闇に沈んだ。

 部屋の灯りと言う灯りが、落ちたのだ。

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