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告白 14

 待てよ。

 と、言いたい気持ちを、東吾はぐっ抑えて唇を結んだ。

 素早く視線を動かし、他の3人を見回してから雪子の俯きがちなその顔に目を止める。

 なんだ、今の話の流れでは、雪子の初めての相手は実の父親だった、そう言う事なのか?

 東吾は死体を見たとき以上のショックを受け、雪子の唇を凝視した。彼女と体を重ねた事はもちろんある。そのたびに、溶けそうなこの唇に溺れ、甘い香りに包まれ、もう他のどんな男にも触れさせたくないと、独占欲が募るのを痛いほど感じていた。

 それほど雪子の体は綺麗だったし、むしろ神聖なものにすら思えた。なのに、実の父親と?

「東吾さん?」

 絶句しているのに気がついたのか、雪子がその黒目がちの瞳でこちらを覗き込んだ。瞬間、やるせないほどの焦げ付く思いに息が詰まる。

 今、すぐにこの場で、問いただしたい気もした。こんな婉曲な表現の方が、もっと耐えられないような気がした。

 しかし、一方で、所詮過去の事なのだと冷静になろうとする自分も自覚していた。

 だから、東吾は無理に笑顔を作ると雪子に頷いて見せた。

 過去がどうであれ、彼女のその体がどこの誰に仕込まれたものなのであれ、今後、他の手に渡らねばいいだけの話だ。そりゃ、できれば、過去にさかのぼって彼女の全てを自分のものにしたい願望はあったが、馬鹿げているのは十分にわかっている。

 それに、だ。

 東吾は雪子の髪を撫でた。

 急上昇した体温が、彼女に触れただけで、穏やかさを取り戻して行く。

 東吾自身の初体験も人に言えたものではなかった。そういえば、偶然にも雪子と同じ年だ。

 軽く目を閉じて、再び雪子が話し始めるのを待ちながら、自身の過去を顧みた。

 あの頃、何をやっても怖いものはなく、何をやっても満たされず、何にも攻撃的で破壊衝動の塊のように暴れまわる毎日を送っていた。

 付き合っている連中も、まともな奴は一人もいない。今付き合いが続いているのはかろうじて少年院や刑務所に送られなかった運のいい奴ばかりで、その頃はそういった法的処置の網に不運に引っ掛かった奴も含め、そういう奴らと考えうる限りの悪さをして回った。


 女性に興味を持ち始めたこの頃、仲間内で流行っている遊びがあった。

 『パーティー』だ。

 てごろな女をナンパでも脅しでも、何でもいいから『ゲスト』として自分達のたまり場まで連れて来て、まわす。それだけのシンプルな、『遊び』。

 相手が同意の上の場合もあればそうでない場合もある。どちらでも、特に問題はなかった。暴れれば殴るし、生意気なら写真を撮る。たったそれだけで、女たちは大人しくなった。

 その遊びが流行る中、東吾はまだ中学で『仲間』に入れてもらえなかった。リーダー格の中卒上がりの男がいつもからかい半分に「後学のために見学しとけ」と言って記録係を押しつけるだけだ。

 その日も、東吾は仲間に入れず、いい加減むしゃくしゃして、デジカメを放り出し、当時たまり場にしていた廃工場から一人外に出た。

 後ろでは楽しそうな狂乱の声がしていた。その日のパーティーのゲストは、女子中学生で、東吾と同い年の大人しそうな女だった。万引きしていたのを見つけ、脅して連れて来たのだ。

 なんだ、女なら年齢制限なしかよ。

 東吾はふてくされ、まだ味を覚えたばかりの煙草の端を噛んで足もとの空き缶を思いっきり蹴り上げた。

 それは虚しい音を立てて夕闇の中に転がって行った。

 女は、その空き缶の転がる先に立っていた。

 夏の夜と夕の境目、白く長い足が印象的だった。

 女は少し困った様な顔をして、こちらにそっと笑みを浮かべると空き缶を拾い上げ、東吾に何か言った。

 東吾は聞いてはいなかった。

 ただ、「俺だってやれるんだ」その声が自分の頭の中に響き、次の瞬間、思いっきり腕を振り上げていた。

 そうしてすませた初体験は、想像よりずっと気分の悪いものだった。

 こんなの、自慢にもならねぇ、と東吾は女の上から降り、ベルトを止めなおした。その時、耳に奇妙な音がした。

 不審に思い、眉をよせ、振り返る。女が蹲って泣いていた。そんな光景は日常茶飯事だ。ゲストの大半はそうだったし、さした罪悪感なんて感じない。いつもはいい所、「運が悪かったな、さっさと忘れるといいよ」と心の中で声をかけるくらいだ。

 しかし、自分が手にかけた女の泣き声は違って聞こえた。

 傍観者から、当事者になった、その違いなのかもしれないが、女の泣き声は何とも苦しげに東吾の鼓膜を打った。

 苦しげで、恨めしげだ。

 東吾が呆然としてその様子を見つめている、その時だった。女が急に顔を上げた。そして乱れた髪のその隙間から目だけぎらつかせ、身動きのできない東吾を睨みつけたのだ。

「許さない。絶対に」

 唸り声のような地を這うその声に、ぞっとした。体中に冷たい物が駆け巡り、後悔の影がどっと背中にしがみついた。

 東吾は舌打ちして地面を蹴ると、「死ね。ブス」と捨て台詞を吐き、そそくさと女に背を向けた。

 精一杯の虚勢だった。

 本心は怖くて怖くて、さっさと忘れたいのは、襲われた女の方ではなく、自分の方だ。少なくとも東吾はそう思った。

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