告白 11
その瞬間、場の空気が凍りついた。
氷雨が、まさに冷たい雨のように射すような凍てついた視線を風香に投げる。風香はその視線に怯えるように肩をすくめ、舌打ちをした。
「風香ちゃん」
東吾の後ろで雪子がたしなめるような声を出す。
一体、この4人の関係は何なのだろう?
死体、花嫁、諜報員の父、偽家族
キーワードから答えを導くは解法はまだ見いだせない。
「風香ちゃん、ちょっと、黙っていましょうね」
晴美の声がぴりっと緊張が溢れて決壊してしまいそうな空気を引き締めた。
義母は結いあげられた髪のほつれをただすように、色気のある仕草でそのうなじを少し撫で上げながら歩み寄ると、その手で風香の肩を抱いた。
「しょうのない子」と青ざめる風香の頬を撫でる、その手袋の指が何とも官能的だった。
風香はまるで親に捨てられた子どものような顔になり、晴美を見上げる。怯えているようにも見えた。
が、晴美は慈愛の眼差しそのもので頷いて見せる。そして、素早く念押しするかのように、氷雨と雪子に視線を送り風香を下がらせた。
その鮮やかな視線の交錯にどんな意味があるのか、東吾には分からなかった。が、ここは晴美の言葉を待つのがいいという事だけは、修羅場をいくつも踏んできた勘が告げていた。
偽家族には偽家族なりのヒエラルキーが存在しているのかもしれない。そして、たぶん、その頂点にいるのは晴美だ。
案の定、晴美はピンと背筋を伸ばした綺麗な姿勢のまま東吾を正面から見据えると、静かに微笑んだ。
それは真っ直ぐに咲く百合の美しさを連想させたが、同時に東吾の中身を推し量っているのだとう言う凄味があった。反抗も逃避も、誤魔化しすら許さない、そんな凄みだ。
しばし向かい合ってから、晴美は「そう」と、何がわかったのか呟くと、東吾の後ろにいる雪子の方に視線をやった。
「雪子さん。話は、まだ途中なのね」
「はい」
雪子は頷く。そうだ、話はまだ彼女の父親の話までだ。なぜ、彼女が殺し屋になり、自分との結婚式のこの日に神父を殺したのかは明かしていない。
「なんだ、ったく、相変わらず雪姉さんはのんびりんなんだから」
風香の減らず口がまた動きだした。さっきの反省は何だったのかと思わせるほどの饒舌は、一度エンジンがかかると止まらない。
「とっくに終わってると思ってた。私ならきっと3回くらい話せてるわ。だって、そうでしょう? もうすぐ時間よ? さっさと済ませちゃいなよ。っていうか、必要あるの? こういうの。どうせ……」
「風香」
今度彼女の暴走を止めたのは氷雨だった。彼女は少しつりあがったその目をさらに吊りあがらせ、射殺しかね無いほどの視線で風香を睨みつけている。
風香は息をのみ、今度こそ黙った。
晴美はその様子を、困った娘たちを見守る母親そのものの目で見つめてから、小さな溜息とも苦笑ともつかない吐息を漏らして二人の方に視線を戻した。
「雪子さん。続けて。風香ちゃんの言うように、時間はそんなにないわ」
「はい」
雪子はそう言うと、東吾の手をとった。酷く冷たい手に、東吾は振り返り、彼女の瞳を探る。
「東吾さん。時間がないの。最後まで、どうか、聞いて」
時間がないのなら、むしろ話しているどころじゃないだろう。そう口にしかけて東吾は言葉を飲みこんだ。
晴美も氷雨や風香も、話が終わるまで東吾を逃がすつもりはないように感じられたし、なによりも、雪子が念押しするその言葉が切実だったからだ。
「わかった。ごめん」
東吾は短く答えると、雪子に体を向けた。




