#96 広い海
海中を泳ぎまくり怪しいものがないかひたすら探すが見つけることが出来ない。一息つくために甲板に降りると立ち眩みを起こしてしまう。倒れかけたところをネモリアさんとウェルンに支えられる。
「今度は私が行きますソールさん休んでてください」
「いやまだいけ、」
「今日の朝から魔力ずっと使ってるんだよ!流石に休まないと...」
2人に両腕を掴まれて強制的に座らされて張りつめていた緊張が抜けたのか姿が元に戻った。ウェルンには回復術をかけられ身体的な疲れを癒された。ネモリアさんは翼を広げ海に飛び込んでいき勢いよく飛翔していく。
今冷静になって分かった、休んで正解ではあったと。あのまま続けていれば海上で力尽きていたかもしれない。だがこれ以上自分達には時間が残されていなかった。この海域に入ってから魚を調達してはいる。そもそもこの海域には食用の魚はそれほど多くは存在していない。
確保した少量の食べ物も船員さん達は自分達に優先して回してくれていた。その結果、壊血病と呼ばれる病気にかかってしまった人もちらほらと出始めている。正直自分も本調子ではないのだが助かるならばもうヒルドリアをどうにか頑張って見つけるしかないのだ。
「ありがとう少し楽になった気する」
「うんでも私も回復術かけるのはもう限界かも。これ以上病気の人が増えたら最悪誰かしら死んじゃうかも」
「でもここまで誰も死んでないのはウェルンが頑張ったからだよ。少し気分転換に一緒にちょっとキュミーに会いにいかない?」
「いいよ、私も会うの久しぶりだなー」
ここ数日探すのに必死であまり顔を見れていなかったな。退屈していなければいいがどうしているだろうか。船内を交代制で掃除していた船員さん達もこの海域に入り、皆倒れてしまったために船内にコケやカビが目立ってきたな。廊下を進んでいってキュミーがいる部屋に辿り着くと突然扉が開いてキュミーが飛び出していった。
「えっ!?」
「あっソール君すまない抑えられなかった!」
「とりあえず追いかけるよ!」
「ここ数日なんとかこの部屋に缶詰めに出来てたんだが、流石に限界だったみたいで出て行ってしまった...」
外の状況を見せないように交代交代で相手をしてくれていた。キュミーは元々活発に動く、そんな子を数日間も部屋に閉じ込めた。いくら遊ぶ人が変わっても飽きてしまうだろう。マザーの船長さんと一緒に来た道を戻るとベルゴフさんもキュミーを追いかけていた。
「よぉ坊ちゃん子供ってのは元気なもんだな。追いかけっこする余裕があるんだもんなぁ」
「呑気なこと言ってる場合じゃないですよ早く追いかけないと!」
「いやぁ全速力で追いかけたいのは山々だがよ。こんだけ脆くなった床だと重さで潰れちまうんよな」
そうか整備しなくなった影響で船も脆くなってきているのか。今この状況で襲撃を受けてしまったら大変なことになってしまうのかもしれない。キュミーが進んだ道は案の定自分達が通ってきた道をまるっきりと戻っており彼女は辺りを見回していた。
「みんななにしてるの?」
「えーとね、そ、そうこれはね新しい遊びだ、」
「ううん、おねえちゃんだいじょうぶわたしわかってるよ」
キュミーは下を向いて悲しげな声を出した。周りの人もキュミーに気づいて辺りに集まってきた。辺りを飛んで捜索していたネモリアさんも戻ってきた。
「おにいちゃんがなかなかあそんでくれなかったのもぜんぶわたしのせいでしょ?」
「・・・うん」
「じつはねこのまえおとうさんのことおもいだしたとき。ぜんぶおもいだしたのじぶんがなにものなのかを」
「えっ?そうなのかキュミー?」
「わたしのおとうさんはね。ねもりあおねえちゃんといっしょなの」
「一緒?一体何のことですか?」
「それはねわたしのぶきじゅ、」
言葉を聞いていると船が突然衝撃を受け大きく傾いた。なんとか近くにあった手すりを掴んで耐える。だが辺りに何もなかったキュミーが海に落ちていく姿を見てしまった。すかさず手を放して残り僅かな魔の力を開放した。
「キュミー!」
「おい待て!この海に飛び込むのは・・・」
シーさんの言葉を聞く前にキュミーを助けるために翼を広げるが先にキュミーは海に飲み込まれてしまった。手を伸ばすが全く届かなかった、海の中に消えてしまい自分も深く息を吸って潜水する。
まだキュミーは身体が小さくて自分達よりも自由に泳げない、なのにこれだけ流れが激しい海に落ちてしまうと溺れてしまうだろう。辺りを見回してキュミーを探すが海面で見るときよりも視界が悪いため、とても見えづらい。
一度息を整えるために浮上しようとするが異変が起こる。な、なんだ身体が動かない、まるで重りがついたみたいに沈んでいく。不味いぞ、このままだと酸素が持たない、自分まで溺れ...口から大量の空気が漏れ出てしまう。それを取ろうとするが掴めるわけがなく視界が段々と暗くなっていった。
「はっ!?」
波の音がして目が覚める。自分の身体を触って違和感がないことを確かめる。何故か上の服がないことに気づいた。冷静になって周囲を見回すと自分が見たことがない光景が広がっているた。実をつけた背の高い木が生えていたり、サンゴに似た何かが生えていたり、空には星ではなく海があった。
「ここはいったいどこなんだ?」
「あ!良かった目が覚めたんだね!お兄ちゃん!」
「ん?ああ!良かったキュミーも無事だっ!?」
キュミーに似た声がして後ろを振り返る。そこには自分が全く知らないとても綺麗なフィンシーの女性が自分の上の服を持っていた。いやでも確かに今この人お兄ちゃんて言ったよな?自分とウェルンとかと同い年ぐらいに見えるこの女性はまさかとは思うが・・・
「きゅ、キュミーか?」
「うん!本当に目覚めないかと思ったよお兄ちゃん!」
自分の服を投げ捨てこちらに抱きついてくる。起きてすぐこれだけの情報量の多さは頭がパンクしそうだがとりあえず離れてもらいたい。別に抱きしめられてどこかが痛むわけではない。ネモリアさんよりも大きい2つのクッションを押しつけられている。そのおかげで今度は心臓が破裂しそうなほど動悸が激しいからだ!




