#81 とんでもない大物
ここは船の上、自分は流れに任せてゆらゆらと揺れている。
「ねーおにいちゃんさっきからなにしてるのー?」
「んー?これはね釣りをしているんだよー」
「いとをうみにおとしてたのしいのー?」
「そのうちかかるさー」
日課である竜剣の修練なども終わり特にやることがなくなった。船倉から釣り道具を借りて海面に糸を垂らしている。まぁ暇なことはいいことだ。エルドリア左港を出てから2日経過したが予定通り明後日には西メルクディン港に到着するらしい。後ろから船員さん達がやってくるのを足音で判断する。
「釣れてますか剣士さん?」
「いえまったくです。何か船乗りならではの面白い話はないんですか?」
「なんかあったかなぁ?」「伝説の海賊シーウェーブの話はどうだ?」「あぁ確かに!」
「でんせつ?」
「なんだかおもしろそうな話ですね」
伝説の海賊シーウェーブ、まだこの世が暗黒に包まれていた頃、自分達の今いる海域で何百にも及ぶ船団を相手に、当時世界最速と言われた海賊船ブレインファザー号と8人の仲間と共に魔王軍と激戦を繰り広げた。多くの人々を助け出した末に行方不明となってしまった人のことらしい。
海賊と呼ばれてはいるが略奪した物資のほとんどを貧しい人々に分け与える義賊行為が主。恨みを持つ者がいるとすれば世界を見捨ててラ・ザイールの軍勢に手を貸した貴族達とのこと。
「で、この船はブレインファザー号と同時期に作られたブレインマザー号でよ。海戦に関しては現存している船でこの船に勝るやつはいねぇエルドリアが誇る最強の軍船よ!」
「へーこの船そんなに貴重だったんですねー」
「そういえばここら辺にシーウェーブ達が根城にしていた島があるって話だぜー」
すっかり話に集中していると竿が何か強い力にひっぱられた。重たいぞこりゃ大物がかかったな立ち上がって踏ん張りだす。先程まで話していた船員さん達も声援を送ったりキュミーも自分の横で応援してくれている。
・・・連れる気がしないな。針がかかり時間が経っているが一向に弱まる感じがしない。竿に魔力を込めて本気で釣りにかかるが身体が持ってかれかける。どんだけ体力あるんだ!?心なしか船も引っ張られているような気がするしそろそろ竿の方が限界だ。
「おお、坊ちゃんそんな力んで何してんだ?貸してみな。って、うぉぉぉぉ!?なんだこれ馬鹿重いじゃねぇか!?」
ベルゴフさんが竿ではなく糸を引っ張るとそんなことを言う。やっぱりか自分の力量が問題ではなく今釣ろうとしているものはとんでもなく巨大な何かなのだろう。
「坊ちゃんなんつーもん釣りあげようとしてんだよ!?」
「知りませんよ!暇だから魚でも釣れないかなって思ってただけですよ!」
「よーし、ちょっくら本気出すか。ぬぉぉぉぉぉぉぉ」
糸を引っ張るベルゴフさんの腕の色が白金色に変化する。流石の騒ぎに気付いてウェルンやネモリアさんも出てきた。
「何かあったんですか?」
「こりゃ、大物が釣れるぞぉぉぉぉぉぉぉおりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
糸の先から大きな水しぶきが上がりながら何かが浮上してきた。これは・・・船だ!苔やフジツボが大量に付着していたが今乗っている船と酷似した装飾が施されていた。
「ま、まさかブレインマザー号か!?」
「お、おい誰か乗ってるぞ!」
1人の船員が指さす先には確かに誰かが立っていた。その人物が身に着ける衣服からは豪勢な感じがするがボロボロの状態になっておりその隙間から見えるのは肌ではなく骨が見えていた。
「まさか俺達が海に上げられるとはなぁ!作戦変更だ、野郎どもその船に乗る魔族を直接殺しに行くぞ!」
自分達が載る船のあちこちにどこからともなくイカリが繋げられて船の動きが止まると9体のスケルトンが乗り込んできた。
「ここに匿ってる魔族を差し出したなら他の奴ら生かしといてやる」
「魔族?この船に乗る者の身分は我がエルドリア共和国の姫である私が保証します」
「エルドリア共和国だぁ?そんな国は知らねぇなお前ら全員魔に属するものってことで皆殺しにしてやらぁ!!」
リーダー格らしきスケルトンが腰から剣を抜くと他のスケルトン達も戦闘態勢に入る。自分達は戦闘経験があまりない乗組員達とキュミーを除いた4人しか戦える人がいない。相手は10体、圧倒的に多勢に無勢すぎる。
「あぁしょうがねぇな。おいあんたサルドリアって国知ってるか!」
「知っているも何も我らが愛しのブレインマザー号を作って寄付してくれたのがガルドフ・サルドリア帝よ!」
「じゃあ俺がそのガルドフの1人息子だって言ったら?」
そうだ、ベルゴフさんはガルドフ・サルドリ...え、今なんて?懐から見事な装飾を施された短剣を取り出して天に掲げる。
「この短剣は我が父から授かった王家の短剣。我は次期第五代エルドリア帝、名をマイオア・ベルゴフ・サルドリア!」
「「「ええぇぇぇぇぇ!?」」」
ウェルンとネモリアさんと自分は驚きのあまり声を上げていた。ま、まさかベルゴフさんが王族の人だったなんて思わなかった。その言葉に剣を収めたスケルトン達が片膝をついて頭を下げていた。これはスケルトン達にもベルゴフさんにも話を聞く必要があるな。




