#77 巣立つ時
「しかし魔の力には驚いたがやるようになったではないかヒュードの者よ。ぜひその力を魔王様の為に尽くさないか?」
「嫌だね、何かに縛られるのは性分じゃないんだよ!」
「本当か?なら勇者というものに縛られていないといないと言えるのかね?」
その言葉に対して何も言い返すことが出来なかった。確かに元は父に倣って冒険者になり、ただ世界中を旅したかっただけのはずだ。
それが故郷を破壊され魔王軍と遭遇し、王様からいきなり勇者に任命されて世界中を旅している。確かに勇者という肩書きに悩むこともあったし、何故かは分からないがエクスキューションに追われる身となっている。それでも本来の目的である世界を旅したいという所ではあってるかもしれない。
「ソール、しっかりして!」
「ウェルン...」
「私の知ってるソールならこんな変な人の言うこと真に受けないからね!」
ウェルンが言ったことについ吹き出してしまった。実際こんな時に一体本当に何を思っているんだか
「そうだな、真に受けてたらダメだよな」
「ふん、まぁ良い。あっちも苦戦しているようじゃ儂は引かせてもらうとするかの」
といってサピダムが杖を構えると足元に術式が現れ姿を消した。背後から聞こえる金属音に目を向けると竜騎兵の魔剣とベルゴフさんの闘気を込めた硬質化した拳がぶつかり合っている。魔剣と同等の硬さまで闘気を込められるベルゴフさんは相当すごいことだ。
「やるなぁあんたまだまだ本気じゃないだろう?」
「ふっそれはどうかな案外本気だったりするかもしれねぇぞ」
「後ろで何かしているエルドリア王よりあんたの方が強いのは確かだがな!」
竜騎兵は距離をとり地面に強く両手を叩きつけるとベルゴフさんの周囲を大量の魔剣が取り囲む。その様子を見てベルゴフさんは目を閉じ構えを変えた。
「喰らいな{ディザスター}」
「ベルゴフさん!!」
背後の魔剣がベルゴフさんに襲い掛かるが手刀ではたき落とした。それを皮切りに大量の魔剣が襲い掛かるが器用に手刀ではたき落としている。最後にほぼ隙間なく魔剣が襲い掛かるがまるで踊るような蹴りで全てを弾く。
「甘かったな俺じゃなかったら串刺しだっただろうな。これならまだ師匠のしごきの方が厳しいぐらいだぜ」
「今のを防ぐとは見事、だが流石に他を見る余裕がなかったようだな」
ベルゴフさんが何かに気付いて後ろを振り向いた。その先には魔大剣が胸に深く突き刺さったエルドリア王がいた。
「父上!」
「サピダムも帰ったとなると今の状態でこれ以上戦うのは得策じゃないからな、また会おう」
奴は高く飛び上がり口笛を吹くと身体に肉がない骨だけの竜がどこからともなく飛んできた。それに跨ると空の彼方に消えてしまった。エルドリア王のもとに駆け寄ろうとするが様子がおかしいことに気付いた、傷だらけの身体で未だにまだ魔力を込め続けているようだ。
「本当にこれで良かったのか、ルメガ?」
「ああ、ありがと、うこれで役目を果たせ...グボァ!」
「もうやめてください兄上に続いて父上までいなくなってしまうのは私耐えられません!」
「いいん、だ元よりこのつもりだ。そもそも封印が解けるのは時間の問題...」
「どういうことですか?」
「私の力で、は封印しきれ、ず術式による縛りが、緩くなってしまっただけだ」
「それで最後の鳥弓術を使うための時間を稼いでくれと言われて俺は守ってたんだよ」
弓に対して放出される魔力がなくなっていく。どうやら込め終わったようだ、それと同時にルメガさんの身体が段々と粒子になっていく。
「ネモリアよ1人でこっちに来るがいい」
「はい父上!」
駆け寄るネモリアさんに武器に込められた魔力が全てぶつけられた。ネモリアさんの身体にルメガさんの込めた魔力が溶けていく。
「私が使えるようになった最後の鳥弓術、参の弓、{育鳥}。普段は敵対している者に対して使うと被弾箇所から腐り溶けていく。だが私が認めたものに対して力を分け与えることが出来るのだ」
「それでその力を全てネモリアさんにということですか?」
「私ではなくネモリア、お前ならこの武器術をさらに昇華させられると信じている。私が辿り着けなかった秘技の領域まで辿り着けるだろう。ゴルドレス様から託された世界の平和に貢献出来るだろう」
「ですが...ですが!!」
「ネモリアよ、お前にはとてもつらい思いをさせているのは良く分かっている。思えば私はお前たちにあまり愛情を注げていなかったのかもしれない」
「いいえ、確かに私は寂しいと思ったことがないと言えば嘘になります。ですがそれと同時にエルドリアという国を守護すると知っていたのでとても誇らしかったです」
「...ハハハ、私の心残りがあるとすれば孫の顔が見てみたかったものだな。ネモリア、いやネモリア・ゴース・ウィンガルよ。第二代エルドリア王として命ずる勇者ソールと共に世界を救え、頼んだぞ」
翼を大きく広げ指を差すルメガさんは光の粒子となってこの世から完全に存在がなくなった。ネモリアさんは美しく涙を流しながら敬礼で応じている。
そんな彼女にみんなで近づくとこちらに身体を向きなおし力強く抱きしめられて激しく泣き出した。これほどまでに深い悲しみの感情を自分も経験したことがある。こういう時は気が済むまで泣くといいのだ。そして明日からまた前を向いて旅をしてルメガさんの思いに応えればいいのだ。




