#240 試合う時
サルドリア帝国ではその昔採石場の男達が己の強さを示すために定期的に拳闘大会が行われていた。だがそれもとある男達が強すぎた為、やっても怪我人が生まれ効率が落ちる為開催されなくなった。そこで優勝し続けた者達が後に皇帝となるアルボフ・カルボフ兄弟。
そしてその2人が優勝争いをする中で生まれたのが拳術という己の身体を武器として扱う新たな武器術が生まれた。素質のある者は拳術士になっていったがそれでも兄弟には勝つことはなかった。
闘気の才に溢れほとんどの人々が{纏神}を使うことが出来たが、その中でも兄弟達だけが{極纏神}を使うことが出来た。その力で国を発展させていくにつれ使い手も少なくなっていき世界規模で見てもかなり稀な武器術となってしまった。
その使い手も俺と今目の前で戦う三魔将軍狂猛のフュペーガのみとなってしまった。代々受け継がれ、時代、人々と共に進化を重ねてきた俺が扱う拳神、いやサルドリア流。その強さを今ここで奴の狂猛流に勝ち真の拳術と証明しよう。
こちらが拳を振るう度に向こうも拳を合わせてきやがる。ただ拳がぶつかっているだけだってのに辺りに風が吹き荒い、雷鳴の如き音が鳴り響く。向こうも理解した上であえて闘気を纏い拳術が襲いかかってくる。先程までの遊びは一切ない、ただ純粋に互いの誉を、己の強さを示す為に拳術を振るう。
どちらが先に根を上げる、もしくは限界を迎えるまではこの拳闘は続く。ぶつかり合う度に身体の内部から悲鳴が聞こえる。そんな些細なことに気を取られてしまえば辛うじてある己が潰える。
今この場所の時だけが緩やかに進んでいて思考が出来てるんじゃなくて、一種の限界点に到達し速度という概念が崩壊してるだけだな。考えなくとも奴の攻撃に自然と身体が動ける。いつもなら捌けねぇ攻撃にも拳術が合わさる。
師匠に一度かつての戦いについて聞いたことがあったが『奴らは強かったが間違いなく人生で最高の闘いだった』と言っていた。あれから時が経っていざ相対してみてその言葉の意味を理解した。一つ一つが全霊の力を振るいながらも全力でこの拳闘に至上の喜びを感じていた。
どれだけの時が経ったのか、今自身がどんな状態なのかすらも理解しようとしていない。それが分かって何になる。考えずに闘気を纏え、より練度高く。考えるよりも先に己が拳術を振るえ、より早く。考えるなら効果的な箇所を狙え、より的確に急所を。
「っ!?」
痛みと共に意識が覚醒した時にはハイキックがすぐそこまで迫っていた。激痛を伴いながらもなんとか身体を翻して距離を取る。すると突然膝が落ち動きが止まってしまう。その瞬間に奴の拳が懐にめり込みその衝撃が伝わり壁に打ちつけられる。
身体が独りでに宙に浮く。顔面を鷲掴みにされ持ち上げられているようだ。抵抗しようと闘気を込めて攻撃をするもビクともしない。それどころか当てたところから地割れのように痛みが脳内に走る。そこでようやく自身の状態と状況を完全に理解してしまった。
そうか、俺はこいつに負けたのか。身体中から聞こえてくる様々な音、というかもう痛覚を感じない、感覚が麻痺する程にもう限界なんだな。
だが諦めることが出来ずに顔を掴む手を振るほどこうとする。まず触っているのかすらも怪しい感じがしてもそれでもだ。ここを任せてくれた坊ちゃん達の為、ここで戦う機会を作ってくれたフィオ姐達に報いる為、この力を託してくれた師...
衝撃が身体を突き抜けた。内側から感じるはずのない風が通り抜けるのを感じる。視界に移る奴の顔が遠くなりながら暗くなっていく。身体から力が抜けていき意識が、遠くな、る。
何かに呼ばれたような気がして眼を開けると見覚えのある光景が広がっていた。帝都から少し離れた師匠の隠れ家兼修練場に何故か立っていた。先程まで魔王城にいたというのにどうしてだ?
「何してんだベルゴフ」
懐かしい声が聞こえそちらに振り向くとそこには師匠、拳神マイオア・フィーザーがいた。何かの魔の力にかかっているのではと疑う。だが目の前にいる師匠から感じられる闘気は本物に近いものを感じる。
声を出そうとしたが口が開くだけで音が出ることは無かった。ん?待てよこの状況なんか知ってるぞ?確か...そうだ、坊ちゃんが寝てる時に見るっていう奴と似たもんだなこりゃ。
「そんなことを考えてんじゃねぇ。構えろ」
俺が思ったことに返事をするようにそんな言葉が聞こえてくる。なるほど、都合のいい夢ってことでいいんだな。そうか、これが走馬灯って奴なのか?こんな時あっ...
顔に強い衝撃を受けぶっ飛ばされて痛みを感じる。魔の力の幻術を受けた時の作られた痛みでもない、まるで現実のように額から血が落ち殴られたのを実感する。
「抵抗もしないで死ぬつもりか?そんな風に育てた覚えはないぞベルゴフ」
次の一撃がもう既に迫っていたので闘気を纏いその拳を受け止める。防いだ後にしっかりと重い一撃が身体に響いてくる。これまでの二撃から目の前の人物が本物の師匠だという事が分かった。そしてその師匠が何故か俺のことを殺す気で拳術を振るっているのも分かった。
こうなればやることは1つだ。拳闘を始める為に全身に闘気を巡らして腰を落として構える。何故かは分からないがこちらも本気でかからなければならないようだ。戦わなければ間違いなく死ぬみたいだな。