#235 その者が望んだ先
眼で捉えてはいるが避けられないことを理解する。儂に対して放たれた槍に対して弾、壁、魔力そのものを全て駆使して搔き消そうと試みる。だが止まることはなく儂に目掛けて飛んでくる。転移術式なら避けれたかと考え間に合わないとすぐに判断できた。
かつて受けたモノとは違いあの槍は勇者の攻撃と同一のモノで儂の再生能力を無効にしながら魂ごと穿つだろう。ああ、これで真に終わるのじゃな。儂が信じた魔の力、その極地に少しでも触れることが出来たのだろうか。
意味がないと分かっていても勇者の力に似た魔力に対して挑み続ける。儂はこれまで無尽蔵の魔の力を振るいどんな術や魔能にも対応してきた。例え相手がこの世の全ての術を扱える大天才でも負けてはいなかっただろう。
その者にも勝ち戦利品としてその知恵全てを手に入れ、かつての儂が望んだ世界一の術士になれたに違いない。見るだけでその術がどんな効果を持っていてそれに対してどうすれば良いのか、術ではない魔能だとしてもそれに似た術で対処することが出来る。
この世の全ての知の頂点にようやく辿り着けたというのに、唯一知が通用しない例外的なモノに儂は敗北しなければならない。そんな断じて許容し難いことがあってたまるかと抗うことをやめない。ただどれだけの知恵を結集したとしても勝つことが不可能ということを儂自身が分かっていた。
魔力ではなく魔というそのものである魔王様と同じ性質の術ではない絶対的な力。能力で{魔力源}という無尽蔵の魔の力を持っていようが叶わない世界。儂はそこに憧れ、辿り着く為にすべてを捧げて生きてきた。
この力に目覚めた瞬間周りから誰一人としていなくなり自身が異質な者だという事を理解した。弱き者は強き者に淘汰されるしかない世界に若くして儂は放り出された。誰も必要としていなくても死にたくないと思った儂は生きる為にその世界を生き続け、いや藻掻き続けた末に運命の出会いを果たした。
『珍しい、人の身で溺れることなくその力を扱うとはな』
褒められた訳ではないその言葉は、儂にとってその意味として捉えられた。ようやく見つけた儂にとっての生き甲斐を逃すまいと全てを捧げる覚悟をした。その旨が伝わったのか、今思えば戯れであったのかもしれないがそこで儂は下等種族から魔族へと転化したのだった。
そこから儂自身がその極地、儂が望んだ世界に辿り着く為に何でもやることにした。幸い魔族となって感情が薄くなったおかげで元同族、いわば下等種族達を実験体とすることには躊躇いがなかった。そうやって色んなことをやっていく内にいつの間にか魔王軍と呼ばれるようになっていた。
だが愚かな儂はそこで一度満足してしまい歩みを止めた。その結果オリジナルの身体を失い魂のみとなった。そして倒されてないにしても一度は主を失った時間が生まれてしまった。魔族になり幾年も生きてきたがこれほどまで長く感じる時間はなかった。
そうしてもう一度歩み始め、いや走り始め再びあの方に再会することが出来た。そしてあの方が望む世界の為に全ての知恵を結集し魔が満ちる世にすることが出来た。その邪魔をする者はあの方、魔王ラ・ザイール様の手を煩わせることなく儂が対処すると決めた。
そのはずなのにどうしてこうなってしまったのか。足りないモノなど一切なかったはずなのにどうして。魔王様と同じ世界に辿り着きたい、魔の力ではなく{魔}そのものにはなれないと言うのか...
悔しくもその力と同等に位置するのがこの世には存在する。それが魔能{勇者のオーラ}ということだ。聖の適性よりも遥かに上位のモノ、言葉にするなら光と呼べるその力、理論がどれだけ分かっていても再現することの出来ない、武器術、闘気、魔に並ぶ世界の極致の内の1つとも呼べる。
その力には努力や時間をいくら積み重ねようが辿り着くことは絶対にない。それが分かっていても儂は挑み続け、抗い続けた。だがそれもここで終わりを告げてしまうようだ。儂という名の才がここで尽きてしまうのは魔王軍、いや世界的に惜しい。
だからこそ不老不死の先、輪廻転生についても研究をしていた。だがその考えには辿り着くことが出来なかった。どれだけ望んでいようとも叶わぬこともある。じゃが今思えば、本当に望んでいたのはこんなことで良かったのじゃろうか?最後に後悔が残るとは情けないのぉ。
私が放った槍は抵抗していたサピダムに見事命中した。この光景はかつての戦いでも見たことがあるがその時と違って奴の完全なる負けを意味していた。その証拠に身体のあちこちから魔力が漏れ出してそれらが霧散していた。
魔の力が大気中に放出され形を成すことなく空気と一体化していく。取り込んでいたおじ様の身体も共に塵となって消えていく。その光景を見て私達は遂に三魔将軍、叡智のサピダムを倒せたという事実に安堵した。
周りで戦っていたかつての勇者一行達もいつの間にか消えていて一息をつくと、脚に力が入らなくなっていた。身体的、そして精神的にもかなり疲れていることを意味していたが無理もない。ここにいる全員が全力を懸けて戦ったのだから。
先に行ったヒュリル達にも追いつかねばならないとは思うがその前に一休憩をするべき。そう思っていたがそうはいかないようだ。培養ポッドが複数個ある部屋に変わったと思えばその中にいた何かがガラスを割り飛び出してきた。
そんな光景が広がる中誰一人として動けそうにはなかった。不敵に笑う生物を見た後私は空を仰いだ。どうやら私達はここまでのようだ。あとは頼んだわよみんな。




