#234 1人じゃない
異変に気付いたサピダムが後ろに振り返った頃には在りし日の勇者達が斬りかかっていた。他の2人の拘束も解かれて距離を取ることが出来た。まだまだ未熟な頃の過去の私自身が動くことすらままならなかった私達3人の傷と体力を回復させる。
その様子を見ていたサピダムが術弾を放ってくるが別の術弾が即座にぶつかり相殺される。これだけの速さで術式を構築して尚且つサピダムと並ぶ程の練度の術弾を放てるのはおじ様だけだ。
「いったい、どうなっているの?なんでゴレリアス達がいるの?」
「ミュリル、まさかこれあなたが...」
「ええ、そうよ。私の個能{幻}の本当の使い方みたい」
そもそも気づくべきだった。{幻}で自分自身を生み出すことが出来るなら、私の記憶の中にいる他人でも同じことが出来ることに。おじ様が言ったのはあくまでもな例に過ぎない。でも私はそれしか答えがないと思って{幻}の使い方を狭めてしまっていた。
武器も術も魔能も使い手次第ということもおじ様やみんなに教えられた。なのに私は限界を決めつけてそれ以上広げようとしなかった。窮地に陥ったことで私もようやくみんなと並べられたかな。
「なるほど...これはまた面白いことをしてきたなヒレ女よ。だが残念だったな私の頭の中にはその個能の理論が入っているのだよ!」
術式を私の作り出した{幻}達の足元に展開し作動するが{幻}は消えなかった。何度も何度も術式を展開しているが消えることはなかった。
「何故、なぜ消えぬ!忌々しい下等種族共の小賢しい手が破れぬのだ!この世の術は何もかも理解しているはずじゃ!」
確かに魔能は理論的に術式で再現することが出来る。当然その力を振るう為には魔力を使うがその本質は術ではない。なので打ち消そうと思って消せるものではないということをおじ様なら分かっているはず。
ただこれで分かったことがある。奴はおじ様の知恵と技術は使えても、記憶までは奪えていないらしい。仮にそこまで分かっていたならこんな無駄なことは絶対にしないはずだ。
「まぁよい。消えぬなら消えぬで全力を持って応えようではないか!」
おじ様が黒く染まり始め身体の中心から黒い何かが噴き出し始め、私達がよく知るサピダムの見た目となった。ただ違う点として魔族の羽ではなくウィンガル族の翼になっていた。
奴の長杖とおじ様の英具である{フォールンウィング}から術式が展開されたと思えば、辺り一帯のことを気にすることなく魔族本来の術式を介さない魔術が放出された。この状態になってしまったら私達は死を覚悟していたが今は違う。
「やっぱりみんながいると違うわね」
私達3人に加えて、フィーザーの闘気法による拳術、ノレージの術行使、そしてゴレリアスとウヌベクスの竜剣術。7人の力が合わされば防げないものはない。だが奴の無尽蔵の魔力の前ではただ防ぐことで手一杯であることには変わりはない。
このままではこの場所そのものが崩れ生き埋めにされてしまう。そうなる前に私はとある術式を構成し始める。その為には時間が必要ではあるのだが急がなければならないのも事実だ。
術式を展開し始め魔力を込め始める。傷は治ったが魔力そのものは回復しきっておらず、さらに{幻}でかなりの魔力を消費していた為視界が霞み始める。姿勢が崩れた所をフィオルンとアンクルに支えられる。
「何1人で無茶してるの?」
「それってあれをやる気でしょ?私達も混ぜなさい」
私が何をしようとしているか2人にはお見通しだったようだ。他の2人も傷は直っているが失ったものは全て戻ってないはず。それこそフィオルンに関してはあれだけ血を流したのだから立っている、いや意識を保っているのもやっとのはず。
1人じゃないならこの術もより早く完成できるはず。魔力を込めるのを2人に任せて形にし始める。{リターン}が私自身で完成出来たなら・・・
{リターン}はサピダムの{リバース}によって呼び出された魂を在るべき場所に還すことが出来る術。そしてこの術の理論は{勇者のオーラ}と同じ理論で構成されている。ここから先に理論を突き詰めることによって魔能そのものを無効化する術、かつてゴレリアスが使った{ディスキル}と同じ効果の術を行使することが出来る。
「ふぅ流石に応えるわね...」
「ミュリル、あとは頼んだわよ」
2人の協力によって魔力は十分な量となった。あとは私が術を形成すればいい。それだけのはずでもただそれだけが難しいのある。私が今からやろうとしているのは新しい術の開発、これまで基本造形と名付けられた術以外の開発が出来た者など歴史上でも数えるほどしかいない。
それほどのことを今この場でたった1人でやりきろうとしているのは実に愚か者だ。私はゴレリアスやおじ様みたいに理論を組み立てられる程の頭の良さはない。それでも私はこの術をここで完成させなければならないんだ!
今後この術が放てなくてもいい、今この瞬間、たった一度だけでいいから奇跡を起こしてみせる!色々な武器の形を造形し始める。だがどれもしっくりとはこずにただただ時間だけが経過していく。
やはり私1人だけでは術の完成など無理なことだったのか。という考えがよぎったが頭を振って我に返して今やれるだけのことをただひたすらに繰り返す。
そうやって悩む私の手を誰かが握りしめてきた。視線をそちらの方に向けるとそこには{幻}で呼び出した在りし日の私自身がそこにいて笑っていた。その顔を見た瞬間に頭の中に答えが浮かび上がった。
握りしめた手に魔力を纏わせ、もう片方の手を重ね自分の胸元を引っ張った。すると曲線が描かれ大弓を作り出し私の手には槍が握られた。そのまま限界引き絞った槍はサピダム目掛けて放たれたのだった。




