#233 幻実
あれ?ここはどこ?確か私はサピダムと戦っていた...あぁ目の前におじ様の姿をしたサピダムが見える。
「どうしたミュリルよ。主から言い出したのにもう飽きてしまったか?」
こちらに向かって発した言葉で我に帰る。すると辺りの風景が目まぐるしく変わってどこかの宿屋の一室となった。机の上には私の個能である{幻}について紐解かれた紙が広がっている。
そうだ、思い出した。私は今魔王軍を倒す旅をしていて、自身の魔能の可能性を模索。その為にまずは術の構造そのものをノレージおじ様に手伝ってもらって理解していたんだった。
「いや大丈夫です。少しだけ頭の中で構想を...」
「ふぅむ、なるほどのぅ。理論も大事ではあるがそれを形に落とし込めなければならぬからな。イメージするのは良いことじゃ」
改めて机の上に広げられた紙を片っ端から見ていく。私1人だとここまで術式を言葉に変えることは不可能。でもおじ様の力を借りれば使用者以上に術の構造を文字におこすことが出来る。本来ならば術の理論は使用者によって違うのだが、誰よりも長く生きてきたおじ様の知恵だから出来ること。
適性も魔以外の全てである基本五術の使い手なおじ様ではあるが、ゴレリアスに出会っていなければこの才も腐っていた可能性があると怖くもなる。ヴァル大陸で出会った時は決まりに縛られ、才もないのに武器術を使おうとしていた。
それでも度重なる魔王の侵攻から自身のみを守りながら、一軍の将になるまで生きられたのは積み重ねた知能とそれらを活かす知能があったからだ。私の方が水と聖の適性が高くても実際に戦いとなるとおじ様の方がより有効的に術を放つことが出来る。
おじ様と呼んではいるが私とは約150歳も差があり、年の功とはよく言ったものだ。ウィンガル族が長命種でもそこまで生きた前例はなく、地上では名前を聞けば誰よりも長く生きるウィンガルとして有名だと言う。
ヒルドリアという狭い世界しか知らなかった私は最初よく分かっていなかった。だが共に旅をしておじ様の立ち振る舞いなどでそれまでに培ってきた経験と知恵がどれだけ膨大な物なのかもよく理解できた。
「一つ良いかな?」
「は、はい大丈夫です」
何もない空間からまた一枚紙を取り出しながら何かを書き込んでいき、それに書かれた内容を追っていくと驚きを隠せなかった。
「え・・・ど、どういうことですか?」
「うん?理解出来なかったか?」
「あ、いやその考え方は確かにしたことがなくて言われてみればと驚いてしまって...」
そこに書かれたのは、私の個人魔能である{幻}はあくまでも魔能であっても術と違うということだ。当たり前のことではあるのだが改めて書かれると面を喰らってしまう。
魔族達が使う魔の力にも幻術というものがある。これは練度にもよるが人々の五感に作用して現実と錯覚させる術。私が使う{幻}も同じものだと思っていたが、そもそも私の{幻}は術ではなく魔能であるというのだ。
「傍から見て見れば確かにそういう使い方が合っているのかもしれぬが他にもあるのではないか?」
「例えばどういった?」
「ふぅむ、例えばと来たか。儂ならばそうじゃなもう1人自分を作り出すとかかのう?」
その言葉の瞬間に強い何かを感じて目を開ける。いつの間にか磔にされていて他の2人も同じような感じだったが、フィオルンは傷は塞がってはいるものの重症であること。アンクルの周りには目に見える程濃い荒々しい魔力が纏われていて何をしようとしているか明白だった。
そう、私達は敗れたのね。だからせめて時間を稼ごうとその身を爆弾として私達ごと消し去ろうとしているのね。でもどうしてそんな時に私はあの日のことを思い出していたのかしら。
そのことが発覚してから{幻}という魔能がより強いものへと変化した。もしも、もう1人私がいて術を唱えられたらと想像をしたら既にそこには本当に私がもう1人生まれ術を放っていた。術は理論で縛られてしまうが魔能、特に個能は使い手の想いによって形を変えるということがそこで立証された。
私の場合は純粋に幻を見せるだけでなく分身体を作れて、より戦略の幅が広がりさらに強くなることが出来た。その戦い方を極めてみんなの役に立つと決めたのだが結果はこんなところだ。
何かが足りなかったのだろうが、もうそんなことを考える必要はない。私の旅はここで終わる。いや私達勇者一行の旅はここで完全に潰えるようだ。繋いできた命のリレーも最後は仲間の姿に似た誰かに倒される。
あぁこういう終わり方ならヒュリルを抱いておくんだったな。もうあの子には私しかいないのに、遺されたものがどれだけ辛い思いをするのか知っているのに、こんな結果にしてしまった。私がもう1人いる程度じゃどうしようもならなかったんだ。
「夢でも幻でもいいから私達、勇者一行が集うことが出来たらこんなやつ倒せたのに・・・」
待って今私なんて言った?夢でも幻でもいいから?自身が発した言葉に何故か疑問を覚えているとアンクルから放たれる荒々しい魔力によって拘束から解放される。
・・・夢でも幻でもいい?...幻でもいい!?そうか、そういう事だったのね!自由になった両の手を使ってアンクルの魔の力を抑え込み霧散させて爆発を阻止する。そしてその後すぐにサピダムの背後に幻を作り出した。
段々と形が形成されていきとある7人の冒険者達を作り出した。その中にはこの場にいる5人もいる。そう、かつてこの世界を救う為に旅をして世界に光を取り戻したゴレリアス勇者一行を呼び出したのだった。




