#232 心の赴くままに
魔の力を纏った鎌が弾かれ蹴りを入れられ突き飛ばされる。立ち上がる前に首を掴まれ持ち上げられ、拘束を振り解く為に抵抗する。そのタイミングで辺りを見渡して状況を確認して私達がこの戦いに負けたことを知る。
ウヌベクスと戦っていた私だが掠り傷すらも与えることが出来ず攻撃を完璧に見切られ完封。そしてサピダムと戦っていた2人とも動きを止めている。
ミュリルは{全開放}と同じ原理の身体強化術を行ったが為、その負荷に本体の方が耐えきれずに限界を迎えたのだろう。そしてフィオルンは身体全身を魔の棘が貫いており誰がどう見ても重症。どうやら私達はここまでのようだ。
ただそれでも私はまだ可能性があると信じて、必死の抵抗を続けている。信じていればどうにかなる、この絶望的過ぎる状況でもどうにか...
「そうじゃな、殺してしまうのは惜しいのではないか?」
サピダムがそう言うと両手足を魔の鞭で縛られ私達3人は磔にされる。そんな私達の前に気味悪い触手が生え生き生きと動いていた。この光景を私は見たことがあるしサピダムがわざわざこんなことをする理由など1つしかない。
「私達を改造しようってことね?」
「おぉー流石はお嬢様、よく分かりましたな!」
分かったも何も過去に同じように磔にされ、キマイラに改造されかけていたのだから分かるに決まっている。そして今回は私だけじゃなくてミュリルとフィオルンの2人も一緒になんて...
「そんなことさせないわ!」
「よいのか、そんな口を聞いて?お前さんはいいじゃろうが他の2人はもう長くはないのじゃぞ?」
限界まで魔力を完全に使い切り意識を失い今すぐにでも魔力を補充しなければならないミュリル。フィオルンは未だに血が流れ出しており顔色もかなり悪くなっていた。その点私は2人に比べても傷は浅く意識もあって動ける程だ。
なるほどね、私も2人と同じぐらいの重症になる前に回収されたのはこういった交渉まがいのようなものをさせる為。こいつのことを知らないならすぐにでも『私のことはどうなってもいいから』と懇願するのでしょうね。
「分かってるわよ、どうせ人としては助けてはくれないのでしょう?」
「お見通し...ですがそれは今までの話だとしたら?」
サピダムが手をフィオルンに向けて手をかざすと術式が発動して傷を塞いだ。サピダムは魔族、魔の力しか使えないはず、だが今使ったのはどう見ても聖術、しかも傷を塞ぎ失った血までも戻す高度な術だ。
サピダムの姿ではあるがノレージと同じように術を...
そこまで思考を回してからようやく気づいた。もしかしてだが今のサピダムはノレージを取り込んだことにより、この世で初めての六術使いになっているのではないか?身体だけでなくその知能と術の適性までも使えるのね。
「いや本当に苦しかったのですよ。助けてくれと懇願されはするものの私が施せるのはその身を変える術しかなかったのですから...」
「なら今回は本当に助けてくれるってこと?」
「そういうことも出来るという事です。ただ我らも戦力が少ないのは事実なのです」
「それで私に傀儡になれってことね」
その言葉を発すると他の2人に漂っていた触手が引っ込んだ。そう私が改造、キマイラとなれば他の2人は救える。魔に耐性のある私だからこそまだ逆転の機があると思っている。
これまで改造された人達を見てきたがいずれも意図的に自我を失わされ傀儡となる。だが私は魔の力、それも魔王と同じ魔力量を持っているのだ。姿形が変わろうとも私は戦えるはず、私だからこそ出来る。そのはず、そのはずなのに、それしか今は活路が見出せていないのに。
「お断りします。あなたの手先になるぐらいなら!」
身体の内側の魔力を荒々しく全身に巡らせ己の身を爆弾に変え始めた。これだけはするなとノレージに止められていたけどもうしょうがないわよね。今ここで奴にキマイラにされるぐらいなら死んだ方がマシだ。
そう思ったのは何故なんだろうと思ったけどやっぱりあそこにウヌベクスがいるからなのかもね。記憶や感情がない人形だとしても一度愛した人には変わりはない。そんな人に私が別の生物に変えられる様を見られるのは嫌。
今更になってふいに思い出したことがある。『お前は何も知らずとも良い。知ってしまえば脆く弱くなるはずだ』と魔王ラ・ザイールに言われたことがある。生物には親がいるというのは知っているのだが私には父親しかいない。
だからこそかつての私は父親の力になりたいと思い、魔族として生き力を尽くして愛を求めた。長き戦いに身を投じていく中で、同時に下等種族と言っていた基本五種族達を知っていった。私と父親のような中身のない愛ではなく、真の愛情を学んでいった。
段々と腕が鈍り始め成果が出せなくなり、その償いをする為にサピダムの提案を受け入れた。そうすれば父親に報いることが出来る。と思っていたが父親、いや魔王が私に求めていたのはただの武力でしかなかった。
私の心は底に落ち絶望し、流れに身を任せサピダムの傀儡になろうとしていた。そんな私に手を差し伸べたのがハウゼントだった。私達とは敵対していたのに何故か助けに来た。ただ好きな人を救う、私はそこで真の愛に触れることが出来た。
「くっ...抑えきれぬ!よいのか!このままでは他の2人も、」
「知らないわ。というかこんなんで倒される程、あの2人が軟派な鍛え方をしているわけないじゃない」
拘束さえ解ければあの2人なら何とかしてくれると私は信じている。一度でもサピダムのことを倒せたのだから。きっと今回も大丈夫のはず、まぁちょっとだけ荒っぽい助け方にはなっちゃうけどね。
全身に巡った荒々しい魔力によって身体が火照ってきた。今にも肌を突き破り溢れてしまいそうだ。
あぁこれが私の最後なのね。これで少しは今まで殺してきた人達に償いが出来たかしら?最後にあの人も姿も見れて良かったわ。ただ心残りを言うなら、私の息子ソールがこの世を救うさまを見たかったわね。




