#227 人々
こちらが動きを変えたのを察知してサピダムも変えてきた。3人がかりで近接主体ともなればノレージの身体を得たサピダムでも流石に辛いのだろう。こうやって死人が出てきたのは想定内ではある。
私の正面には顔色が悪いヒュード族とデビア族の何者か。フィオルンの正面にはマイオア族とビース族の誰か。フィンシー族とウィンガル族の死人達が立ち塞がる。
こうして対峙している死人はおそらくその種族の中でもかなりの強さを誇っていたのだろう。だが私は人の顔と名前の覚えが悪いので誰かは分からない。他の2人なら分かる人もいるかもしれないがそんなことはどうでもいいか。
魔力を込めた鎌を振るい攻撃を仕掛けるも躱される。後隙を狙われ共に他の攻撃も飛んでくるがすぐさま鎌を翻して防御する。{全開放}をしていなければ今頃・・・と考えていたら次の一撃がきていたので瞬時に反応して避けた。
「ちょっと少し数を減らしてくれない?」
「何を言っておるのだ?おもちゃは多い方が主らも楽しいじゃろ?」
「これをおもちゃだと思ってるのはあなた達魔族ぐらいよ」
フィオの言うとおりだ。かつて魔王軍の1人の魔族として戦っていた私も同じ考え方をしていた。『下等種族ではなくおもちゃという愛称の方が良いのでは』とあの時のサピダムも言っていた。言葉が理解できる上位魔族組にその言葉はすぐに浸透した。ただその呼び方をし始めたぐらいから当時の魔王軍は傾いていった気がする。
魔族は成長することがない、その為生まれ持っての魔力がその後の人生が決まる。大体が下等種族と呼ぶ者達の成体よりも強い力を持つ。だからこそ魔の力をもった魔王軍は長い間世界に蔓延っていた。ただそれが永遠に続くことはなかった。
下等種族と呼んでいた者達は亀のような歩みでだんだんと成長し、勇者ゴレリアスのような連中が現れた。それを理解した上位魔族組ではあったが叶うわけがないと思い込み舐めていた。勇者以外になら負けない、俺らは最強だと疑わなかった奴らは皆亡き者にされた。
この頃ようやく魔の力が永遠ではないと気づき始めそれぞれが生き残る為に知恵を絞った。もっとも私達デビア族はそんな心配する必要がなかった。まぁデビア族ということを覚えていたのは私と父親である魔王だけだった。
今こうして戦っていたり生き残っている魔族は私達は愚か、今の勇者一行の敵にもならないだろう。大体の魔族に当てはまらないそもそもが強い存在も稀にいて、それがサピダム達のような奴らだ。
確かにかつての私に比べたら少々強くなったとは思うが他の人々はより強くなっている。知らない間に技術を模倣されいつの間にか実力の差が埋まっていたり予想を大きく超える。そういった人々がいたからこそかつての魔王軍は破れた。
だから成長することがもう出来ない死人は私達の敵にはなりえない。なりえないのだが死人には厄介な能力が備わっている。生前のかつての実力はまだしも術者であるサピダムの個能である{魔力源}と{自己再生}を持っている。なので普通に戦っていては倒れることはないが特定条件もしくはサピダムとの繋がりをどうにかして断ち切らなければならない。
「今よ、ミュリルお願い!」
「ええこれでどう{リターン}!!」
各々が致命的な攻撃を与え身体の修復が始まった瞬間、ミュリルの英具{ファントムロザリオ}に溜め込んでいた術式を複数展開させた。サピダムの{リバース}対策として密かに開発していた聖術。
成長するとは言ったし事前に聞いてはいたけど本当に驚かされるわ。理論に関しては元々思考したことがあったとは言えすぐに完成させたノレージ。そして彼の聖の適性では出来なかったがそれをより適性が高いミュリルが完成させた。こういった一連の動きが出来るからこそ魔王軍は退いたんだ。
「私がおじさまの術を完成させられたなんて...」
「ミュリル!やったわね」
「お見事、一度は私の身体を無くしたことがある輩だ」
「まだまだ私達はやれるわよサピダム。それともまた違うおもちゃを用意してくれる?」
「退屈もまぎれるおもしろいものを見せてもらったとなればお礼をしなければな」
サピダムが術書を閉じて私達3人の周りに色鮮やかな大小の術式が大量に展開される。こいつ退屈とか言ってちゃんとやることやってるじゃない!この数は如何に術の扱い等が上手い人でも瞬時に展開するのは無理だ。
他の2人も武器を握りしめ魔力もちゃんと込めている。これら全てを相殺する方法は簡単だ。背中を信頼して目の前の攻撃にのみ集中する。後ろで何かが搔き消したのが聞こえ私の前に2発の術弾が飛来する。次の瞬間にはまた別の術弾が、考えるのはただ術弾を消して攻撃を喰らわないようにする。
どれだけの時が経ったのか?
少なくとも後ろには術弾は飛んでいないはず。
魔力同士を相殺させ辺りに煙が立ち込める。あとどれだけ残っているかも分からない。鎌を振るおうとして何者かに掴まれ持ち上げられる。段々と煙が晴れ状況を理解する。
「ご苦労様ですよくあれだけの数を防ぎましたねお嬢様」
「カ、カハッ...」
「アンクルを放しなさい!」
「はあぁぁぁ!」
他の2人が飛びかかるが何者かが間に入り2人ごと吹き飛ばす。2本の剣を持ったその人物は見覚えがあり、私は驚きを隠せなかった。飛ばされた2人も立ち上がりその人物の顔を見て驚いている。
「き、貴様ぁ!!」
「どうしたのですか?あれだけの数を防いだお嬢様達にご褒美をあげたのですよ?」
「そ、そんなありえない・・・だって」
「{リバース}でもないのにどうやって...」
ご褒美?冗談じゃない。そんな訳がない。魔王軍にいた時からこいつのことは気に喰わなかった。あのまま魔王軍によって処された私がどうなっていたかも考えたくもない。でも1つだけはっきり言えるのはあいつの行動に対してはっきりと怒りの感情が湧いてきているからだ。
私には顔を見なくてもそこに立つ人が誰か分かる。かつての勇者一行で唯一旅の中で命を落としたゴレリアスの親友であり、竜剣術の祖ヒュード・ウヌベクス。新世代の勇者ソールの父親であり私を愛してくれた夫だ。




