#226 海底物語
何が暴れてくるよ。やっぱり作戦練っても無駄じゃない。でもまぁ術の対処だけしてても埒が明かないのは確かね。だからってこの量を私1人で捌けって言うの?本当にヒレが折れるわ。
昔からこうしようって提案してくる割には自身で我慢出来なくなって飛び出すんだから。それで窮地に陥ることもあるけど大体はいい方向に転ぶ。だから彼女の野生の勘を信じる。
それにしてもアンクルが魔族の奥の手である{全開放}。普段抑えている魔力、魔の力を開放している。デビアや魔族特有の鱗が肌に出ている。そしてさらにさっきフィオがさっき確か{本能解放}と言っていたわね。確か動きも良くなってるしいつもより獣じみた感じがする。
そんなことを考えてる間にもどんどんと術弾が私達に襲い掛かろうとしている。それぞれに合わせて出力を操作して水術と聖術をぶつけ霧散させる。これを2人でやっていたのに、急に私1人に任せないでほしい。
「大丈夫ミュリル?」
「気にしないでアンクル。元々2人で処理でしたけど、正直私1人の方が心配しなくて楽ですから」
つい条件反射的に強がってしまったがこれも昔からの癖だ。フィオには初めて出会った時からずっと度々意地悪される。私もそれに対して反応した。無視をすればいいとは思っても無視することが出来ない。心が、本能が彼女の言葉に呼応するかのように反応する。
魔が蔓延っていたあの時代、海底王国ヒルドリアは度々魔族の侵攻を受けてはいた。だが地上と比べても自国のみで対処できていた。何故かと言われたらフィンシー族以外のどの種族とも交流を断ち切る、いわば鎖国状態だったからだ。
今ではある程度緩和されてはいるが変わっていないこともある。それは王家に属するフィンシー族でなければ、ヒルドリアから一度出てしまうと二度と帰れなくなる呪いをかけられる。なのでそもそも私達の国は世界の誰もが正確な場所を知らないのだ。
魔王軍は地上だけでなくこの世界の全て、つまり海中も支配しようとしていたが上手くはいってなかった。だがそれに関していうならヒルドリアそのものもそこまで地上のことに興味はなかった。その為魔王軍及び地上の生物とは、基本的には不干渉の姿勢を貫いていた。
確かにたまに流れ着く魔族や地上の人々はいたが、敵対意識があれば殲滅、なければどこかの大陸に流れ着くように放出していた。その中の1人に勇者ゴレリアスがいたのだ。
「ふぅこれだけ連続で詠唱していると流石にちょっと気疲れしてくるのぉ」
「それはこっちのセリフよ。そんな嘘つかないでくれる?」
何よ笑っちゃって馬鹿にしてるの?いやおじ様に寄せた喋り方をするぐらいにはまだ余裕があるんだあいつには。本当にムカつくけどこいつに好き勝手させてるのが余計苛立たせる。まだ英具{ファントムロザリオ}には溜め込んだ術式が残っている。だからもう少しだけ物思いにふけるとしよう。
ヒルドリア国内にも娯楽のようなものはあったが私には退屈でしょうがなかった。特に王家では歌か、水術を極め抜くこと以外にやることはなかった。そんな私は度々城を抜け出して街に繰り出しては刺激を追い求めていた。
ただそれに関してはフィンシー族全体でよくあること。地上の文化程刺激のあるものはなく海底には何もないと思い知らされた。今でこそ多種多様なモノがヒルドリアにあるがそれも私が女王になって地上との交流を始めたからだ。その中で地上で暮らしたいと思う人も少なからずいたからこそ、呪いが生まれたのだ。
そんな刺激を求めてるフィンシー族はよく海から地上を見ていた。港町にはいろんな噂話や海底にはない刺激的な物がたくさんあった。そうやって情報を集めていたらある時を境から魔王軍と戦う冒険者一行がいるという話を聞いた。
人の話や吟遊詩人が語る話を聞けば聞くほど、それまで聞いたことのあったどの歌よりも興味をそそられた。作られた物語じゃない地上の人々のお話に。その唄は海底王国でも話題となった。
ただある意味先代の王家は間違っていなかったのだろう。興味関心が招く未来には幸せだけではないことがある。ゴレリアスがヒルドリアに流れ着いたのを発見された時だった。同時に国内で過去数年起きることのなかった殺人事件が起きた。
当然容疑者として連行されたと思えば今度は魔王軍の初めて本格的な襲撃が起きた。よりゴレリアスが関与したのではと疑いが大きくなると共に、一部の人々は彼が噂の勇者なのではと。
戦闘が激しくなっていきヒルドリアが劣勢になった。その時に彼は私達を救う為に力を振るってくれた。知りもしないし別に良い扱いをしていた訳でもないのに彼は全力で応えてくれた。
「ミュリル!」
「え?」
これまでと違う強大な術の気配を感じて{水竜弾}を放つ。ただ少し驚いたのは相殺させた術と私の放った術が同じだったという事だ。{水竜弾}は仕組みが分かっていてもヒルドリア王家の血筋でなければ使うことの出来ない特別な水術。
「飽きたのでな退屈しのぎで貴様らの力を見させてもらおうではないか」
「本当に悪趣味よね」
「おもちゃは遊んでなんぼじゃろう?」
そういって元の椅子に座り直して術書、いやあれは英具{フォールンウィング}だ。それを開き眺め始めこちらを見る気配すらなかった。奴にとって死者蘇生で蘇らせた傀儡の兵は本当におもちゃぐらいにしか思っていないのだろう。
やはり許してはならないと思うと身体の底から力が湧いてきた。そうよね、私もこの長い間ずっと鍛錬を重ねた。フィオ、あなただけじゃないのよ同じようなことが出来るようになったのは。
普段から漏れ出す水と聖の魔力を英具に溜めこみ必要なタイミングで引き出していつも以上の私となる。魔力の衣{マジックベール}を纏い顔を知らない、おそらく先代ヒルドリア王家の死人を倒しに行くのであった。




