#224 何の為か
私達はまず手筈通りにそれぞれの得意な方法でサピダムに近づいていく。水色の術壁を展開しながら弾幕を洗い流すように前に進むミュリル。黄色の魔力を薄く纏い必要最低限の動きで躱して進むフィオルン。そして私は鎌に魔力を通して武器術で球を搔き消しながら距離を詰める。
元々想定していた位置まで辿り着き霧を発生させサピダムの視界を塞ぐ。奴が手を翳すと簡単に払われてしまうがその一瞬があればミュリルの{幻}でソール達の姿を隠すことが出来る。
ただこれはサピダムならば通用した手段、なのでさらにフィオルンが地形を操作して部屋の構造そのものを変える。{幻}による精神作用、地形操作で視界から外してソール達を扉に辿りつか・・・
「ふん、こうすれば良いな」
術書を掲げてもう片方の杖を振るう。するとミュリルがかけた{幻}は霧散してフィオルンの操作した地形が元に戻ってしまった。サピダムもノレージに負けず劣らず術への見識はあったがそれは魔の分野だけのはず。
「どうしたこれで終わりか?儂ならこうするがな」
術書を閉じ奴の背後に術式が展開され周りの地形と共に全員が分断されてしまう。やはりそうだ今のサピダムはこの世の全ての術の仕組みが頭に入ってしまっているのだ。
ミュリルの使う{幻}は確かに個能ではあるがそもそも魔の力に幻術がある。そしてフィオルンが行った地形操作に関してはそもそもノレージの方が得意だ。
ただこれも想定の内ではあった。もし{リバース}でノレージが手の内に落ちていたらと私達は考えていた。そんな最低のシナリオよりも最悪なものではあるが。
「術で儂に勝てるわけがないだろう!たわけが!」
術式が展開されそれぞれから光線が射出される。反応が一瞬遅れてしまい被弾してしまう。次の一発が当たる直前で朱色に染まった鉈が間に入った。これはフィオルンの{マスターオブアームズ}の内の1つだ。
「あなたも甘いわよ!2人共お願い!」
「ええ!」
歪んだ扉をフィオルンが再び地形操作で戻し、ミュリルが{水流砲}を放つとその先には球体上に{守護}を展開したハウゼントがいた。水の勢いでそのまま扉の奥まで術を操作し他の皆を移動させ、扉に対して生物が通ることが出来ない強固な魔の力を纏わせる。
「小癪なことをしおるが儂にかかればこん、」
「させないわ!」
魔の力を解こうと解読しようとするサピダム目掛けて斧と鉈を投げつけ停止させる。投げた2つの武器が手元に返ってきてフィオルンの周りに展開されている。弓を構え弦に手をかけ英具をサピダムに向けて放つ準備をする。
私も翼を広げ魔力を開放、魔族が使う奥の手である{全開放}を行う。私が近接で主に戦い、フィオルンは遠距離、そしてその2人の補佐をミュリルが行い、出来るだけ時間を稼ぐ。ただこれは私が{全開放}を使わずに長く戦う為の作戦だった。
相手はサピダムでノレージの力までも手に入れてしまっている。対術戦となれば{魔力源}による魔力量の差で確実にねじ伏せられ、だからといって奴はそもそも肉弾戦が別に苦手というわけではない。全力で応戦しなければ想定の時間、ソール達が魔王を倒す時間まで稼ぐことは出来ないだろう。
「やはり素晴らしいお姿ですよお嬢様。やはりあなたにはその姿がお似合いですよ」
「そういえばサピダム、私あなたと本気で戦ったことなかったわね」
「それはそうですよ。あなたは魔王様の娘だったのです。私が力を振るいあなたのことを傷つけてしまっては...」
「魔族がそんなこと思うわけないでしょ」
「・・・はっ、魚如きとは言えど流石に考える脳みそは持っていますか」
心にも思ってもないことを言っているサピダムに英具{ファントムロザリオ}を突きつけ水術を発動させる。ノレージの身体を使っていても水、聖術においてはミュリルの方が上だということは奴は今ようやく理解しただろう。
そう私達の前に立ちふさがるのはノレージではなくサピダムなのだ。持つのは知識だけで私達が何を出来るかまでは完璧に把握しきれているわけではない。奴が{魔力源}と{自己再生}を持っていなければこの3人で勝ち目があった。
かつての戦いでも一度は私抜きでこの2人で退けているのだ。向こうもこちらも丁度1人分の戦力が増えている、つまりは状況は五分であることには変わりはない。ただそれはこのままの状況であればの話。
「まぁこうなってしまっては儂としても面白味がないな」
「いいじゃない永遠の時を生きるなら私達と戦うのも戯れでしょう?」
「戯れ?面白いことを言うではないか獣もどきが」
私達の攻撃を相殺したり躱したりしていたサピダムが辺りに濃い魔力、{瘴気}と同じ色の障壁を作り出した。鎌を振るうも甲高い音が鳴りフィオルンの放つ攻撃も弾かれる。術弾はおろかミュリル渾身の{水竜弾}すらも霧散している。
「戯れとはこういうことを言うのじゃよ」
手を翳し術式が展開されその中から見覚えのある人々、{リバース}で蘇ったかつての仲間と英雄達が現れる。私は人の名前を覚えるのが苦手だからそれぞれが誰かは分からない。だけどそれぞれが誰かにとって大切な人だという事だけは覚えていた。
もしこの場にあの人を呼び出されたら私は冷静さを見失っていたに違いない。勇者一行と共に行動するまで私も感情というものは必要ない、邪魔でしかないそう思っていた。
あのまま魔族のまま死んでいたらと考えたが、そんな損な生き方はしたくない。ゴレリアス達のおかげでそれに気づけた。そして私のことを愛してくれたあの人がいたからこそ、この世界を守るべき理由が出来た。
ただ本当に心残りであることが1つだけあるとするなら、こんな混沌とした世界ではなく穏やかで若干刺激のある平和な世界をソールと共に暮らしたかった。




