#223 諦観
「な、え、どういうこと?」
みんなが困惑するのは無理はない。声と姿が一致しないのもそうだが、それ以上にこの世に存在するはずのない、かつて自分達を導いてくれた英雄と同じ見た目をしているのだから。だがベルゴフさん、そして共に旅をしたフィオルン様達は驚きというよりかは...
「・・・本当に流石と言うべきかしらサピダム」
「おやおやお嬢様お久しぶりでございます。ですが残念です貴方をここで消さなければならないなんて」
見覚えのある術書と長杖を構えこちらに色とりどりの術弾を飛ばしてきた。それぞれ術弾に対して有効な手を使い弾いていく。見えた術弾、基本造形ランク6シューティングの色は赤、青、緑、茶、黄、紫の六色だった。
これまでサピダムは紫色の術弾、魔の術性のみの攻撃術を放ってきた。さらに大きさもまばらで術の精度などなく魔力量に物を言わせた無駄だらけの術弾だった。だが今放たれた術弾はすべて同じ大きさで尚且つ自分達それぞれを明らかに狙った攻撃。
奴の姿を見てから嫌な予感はしていたがそのまさかだろう。術においては右に出る者はいない伝説の術士ことマジックアルケミスト、ノレージ・ウィンガルの力、いや身体そのものをサピダムは手に入れたのだろう。
「一体どうやったの?」
「どうやるも何もおぬしらなら分かるのではないか?」
「...っ。やっぱりそうなのね」
三魔将軍叡智のサピダムは一度フィオルン様とミュリル様の2人によって倒されている。だが身体を乗り換えかつての戦いから生き延び魔王復活の為暗躍してきた。倒されたはずなのに何故生きているのか?答えは単純、奴が不死身だからだ。
サピダムは元々ヒュード族だったが魔の適性を授かったが為にその力に魅入られてしまい魔族へと転化した。魔王軍の中で魔王の次に知名度が高く、何故高かったかと言うと世界各地で魔族繫栄の為、地上に住む人々を攫い非人道的な実験を行っていたからだ。
どの三魔将軍よりも討伐機会があったがそもそも奴を倒すまでに至るまでの実力を持った冒険者などがいなかったのもあるが、それ以上に個能{魔力源}と魔能{自己再生}の2つが合わさっていた。この世に魔力がある限り復活をし続けるという反則的な力を持っていた。
かつての戦いでもその残っていた欠片がダミーの身体に入り新たなサピダムとなっていた。この間の戦いで同じような状態となり、既に息絶えていたノレージ様の身体に入り込んだのだろう。
「あれからどれだけの時が経ったかは分からぬがこうしてこの世で最も賢き者、真に三魔将軍叡智のサピダムとなれたのだ。貴様らには感謝しておるぞ」
「そうしてられるのも今のうちよ」
「ほぉまた相手をしてくれるのか?下等種族とは言うが貴様らはその域を超えた者共ではあるからな加減はせぬぞ」
奴の背後に術式が現れ無数の術弾がこちらに飛び始める。ハウゼントが前に立って盾を展開し攻撃を防ぐ。ノレージ様の身体を乗っ取っていたこと以外は今のところは想定通りではある。ここで足を止めているわけには行かないが先に進むためには奴をあの場所から移動させあの扉に辿り着かなければならない。
今ここにいる全員が魔王と戦えれば勝率はぐんと上がるのは百も承知。だがそれを実行できるわけがないことをこの場にいる誰もが理解もしていた。道中必ず立ち塞がるであろう三魔将軍の相手を誰かがしなければならないからだ。
「手筈通りいくわよ。いいわねあなた達」
「はい、分かってま...」
「分からないよ!」「分かんないよ!」
術弾の雨を盾で防ぐ音よりも大きな声が聞こえた。ここに残ろうとしているのはかつての勇者一行だったフィオルン様、ミュリル様、アンクル様の3人である。かつてサピダムのことを撃退した経験がある2人に加えて魔の力に対抗しえるデビア族であれば、奴の相手が出来るだろう。
「こんなときに我儘言わないで2人共」
「でも!」「だって!」
「何が不満なの?正直に言ってみなさい」
「だってここに残るってことはもう会えないってことでしょ?」
泣きじゃくるキュミーの代わりにフォルちゃんがそんなことを言った。この場に残って奴と戦うという事は永遠に奴と戦い続けることになるのだ。
まず奴を倒すためには{ディスキル}という術を使い奴の魔能を無効化しなければならない。だがそもそもの{勇者のオーラ}を扱える人間がこの中にはいない。つまり叡智のサピダムとは勝ち目がない戦い、遅滞戦闘をし続けることになる。
「やっぱり嫌だよ!お母さんまでいなくなったら...どうするの...」
「・・・ごめんねヒュリル。ううん、キュミーあなたと別れるのは確かに寂しいわ」
「なら!」
「でもその為だけに、私がここに残らない選択をしたら、あなたの大好きなものが全部なくなっちゃうの」
「私も一緒よフォル。ここに来た時点でそんな我儘はもう通らない。そういう場所なの」
2人共見た目はとても女性に近くなりはしたが精神的にはまだ少女。自分達と同じぐらいの人生経験を積んでいるように見えても、実際は大体10歳ぐらいは歳の差がある。頭で分かっていても心が否定し続けているのだろう。自分が感情的に動いて迷惑をかけることが多いのと同じ理屈だ。
来る前に何度も確認をして大丈夫と言っていた2人だがいざ別れの時となればやはり話は別のようだ。2人をどうにかしようと思ったが顔を見たらその心配はないことを理解した。子供の成長は早いとは言うがこういう場面で実感するとは思わなかった。
「わ、私、も、もう我儘言わない。笑顔で送るって決めてたから」
「キュ、キュミーが、そ、そうするなら私もそうするの!」
「でも私達はお母さんのこと信じてるから!」
「「絶対にサピダムを倒してきて!」」
その言葉に対してフィオルン様とミュリル様は抱擁を返した。おそらくこれが人生最後の親子のふれあいだ。その光景を見た後にアンクル様、いや母さんに向けて拳を突き出すと強めに拳がぶつかり合った。特に言葉を交わすことなくかつての3人の英雄達は各々が英具を取り出しながら盾の前に出た。




