#220 悔いなき選択
この扉重たすぎやしねぇか?これだけ大きな扉とはいえ明らかに見た目以上の重さをしている。どうにか腕だけ{纏神}をしてようやく開けていられる。他の連中も開けられはしても開けっ放しにして他の皆を待つことは出来ないだろう。閉じようとする扉を無理やり抑え込みながら師匠が言っていた言葉を思い出す。
そもそもかつての魔王との戦いにおいて勇者だけいればどうにでもなったのでは?と思う人も少なからず存在はする。だがゴレリアスも人であることには変わらない。大体のことをなんでも出来るが何もかもが出来るわけではない。だからこそ仲間という存在がいて互いに助け合えたからこそ魔王の元まで辿り着くことが出来た。
それじゃあ師匠、拳神マイオア・フィーザーは勇者ゴレリアスと比べて特に何を出来たのかと聞くまでもない、筋力、純粋な力。坊ちゃんが{勇者のオーラ}に目覚めていて仮に先に辿りついていてもこの扉を開けることは出来なかっただろう。そこで俺のような単純な筋肉馬鹿が必要になる。
そうやってなんとか持ち堪えている間に坊ちゃんとキュミー以外の全員が扉を通過した。抱えて走っている姿を見て思ってはならないことが頭に浮かんだ。全身を使って今出せる全力の速度ではあるがあのままではどちらも共倒れだ。
キュミーのことを見捨てていれば今頃辿り着いていたはず、だがそれを出来るほど坊ちゃんは薄情な人ではない。共に助かろうとする、最後まで諦めないその意思があるからこそ個能{勇者のオーラ}を天が授けたのだろう。本人がよく{勇者のオーラ}を使えないことを気にしていたがそんなものが無くても俺から見れば勇者と呼べる精神の持ち主だ。坊ちゃんなら大丈夫、そう信じて俺がやれることをやり続ける。
どうにか間に合った...呼吸を整えながら辺りを確認する。ハウゼントやベルゴフさん、かつての勇者一行の皆様方、フォルちゃんとネモの姿を確認する。だが全員ではなかったので来た道を振り返ると1人の少女を抱えながら全力で走る幼馴染の姿がそこにはあった。
走り始めた時は私よりも前にいたはずなのにいつの間にか最後尾となっていて崩壊する大地と運命を共にしかけていた。{全開放}を使って助けに行ければどうにかなるかもしれないが、この後のことを考えたら動くことが出来なかった。ここで全身全霊をかけてしまうと私はこの先何もやることが出来ない本当のお荷物になってしまう。
私がみんなと同じぐらい戦えるようになれる{全開放}だがある程度の時間を置けば何度でも使えるようになった。これもみんなが私の修練に付き合ってくれて強くしてくれたからだ。ただこの場所が見つかるまで必死に修練を積んだのにまだ私の中に眠る魔能は目覚めてくれなかった。
あるとされている能力が眠り続けて私はソールの気持ちがよく分かった。こんなにも苦しい気持ちを抱えながら共に旅をしていたんだね。全力でこちらに向かう幼馴染の姿を見てその表情を見て何を思っているのかも少し分かってしまった。
あの顔は自身の実力の無さを感じているのだろう。同じ顔をして誰もいない所で静かに泣いていたことを思い出した。ただそこで諦めてしまうのが私でもソールは違うんだ。その背中を見ていたからこそ私はここまで来ることが出来たんだ。
ソールの辺りに魔力が纏われ始めて何かが作られ始めた。あのままでは間に合わないと判断して何かを具現化しようとしているのだろう。昔から知ってはいたけどやっぱりソールはすごいね。先程までの苦い顔から覚悟を決めた凛々しい顔に変わっていた。ソールならきっと大丈夫だよね、今回もどうにかしれくれる。
魔の力特有の紫っぽい魔力が黄色と白が混じった別の魔力へと変わった。あの色は確か聖の術と同じ、ということは今出している魔力はもしかしなくても{勇者のオーラ}!?こういった時に応えてくれるのがやっぱりその力なんだね。覚悟が力になって不可能を可能にしてくれるんだよねきっと。
魔力が形作られて具現化されたその生物は竜種ではあったがとても神々しい感じがした。輝きを放ちながらこちらに具現化された竜が飛び込んできている。ものすごい向かい風が吹いてその風に飛ばされないようにどうにか踏みとどまる。そして胸元に何かが飛び込んで来たのでそれを受け止める。
「痛たた...」
「あれ?お姉ちゃん?」
キュミーの声が聞こえてさらに強く抱きしめる。だがすぐに突き放されて崩壊した大地、つまり空の方を覗き込んでいた。どういうことか分からなかったがベルゴフさん以外のみんなが崖の方に集まっていたので私も覗き込みに行きそこで見た光景を見てしまった。
「ソール!?」
そうそこには目を閉じやりきった感を出して宙に投げ出されただ落ちていくのを受け入れる勇者、いや幼馴染の姿だった。届くはずもない手を差し伸べようとして私も落ちそうになってハウゼントさんに抑えられる。
「ねぇお兄ちゃんを助けてよ!ハウゼントお兄ちゃん!」
「もう駄目だ。ああなってしまってはもう...」
「下が海とはいえこれだけの高さから落ちれば無事では済まないわね」
「それだけならいいけどもあの子腕輪を外して{瘴気}を受け入れていたわ。まだ辛うじて意識があってもなくなったら{瘴気}の毒に侵されて...」
限界を超えた力を出して力が入らなくなって魔族でも毒とされる{瘴気}に身体が侵されてしまう。その説明で諦めたくなくても本当に奇跡でも起こらない限りは無理だという事を理解してしまった。でもソールの思いだけは伝わった気がする。
最後まで2人で助かろうと必死に足掻いた中で気づいたんだね。でもその中でソールだけが助かる選択じゃなくてキュミーを助けられる行動をとった。己じゃなくて他者の為になのは本当にソールらしいんだけどさ!嫌だよ、こんな別れ方は。せめて言葉ぐらい交わさせてよ。




