#218 長きの末
魔王城目掛けて船体を傾け飛行を再開する。{瘴気}が蔓延するこの空間にいられるのもこの腕輪のおかげだ。魔の力なら自分やアンクル様は大丈夫という訳では一切ない。確かに気分や調子が良くなるかもしれないが浴びすぎてしまえば逆に毒にもなる。やがて自我を失い正面から飛来する魔族や魔獣の様に刺激を求めるだけの脳無しになるだろう。
ここは魔王軍の本拠地、そう簡単に辿り着かせてくれるわけがない。敵の戦力を分散させる為に自分達はそれぞれ距離を取り、各々の判断で目的地を目指すことを先に決めていた。無事全員が城まで辿り着くと互いを信じて作戦を開始する。
「しっかり掴まっててウェルン!」
「もちろん!任せたよソール!」
使い方は感覚でなんとかなると書いてあったが本当にその通りだ。この小型艇は操縦者の魔力とイメージで姿が変化するようだ。これは自分が竜剣を振るっている時と同じ感じで魔力を込めれている。遠くの方に一瞬大きな鳥が見えたがあれはネモリアさんのだろう。
意図せず竜剣、闘気、鳥弓、鱗槍、属性、と魔力を変換することに長けた人達が分かれていた。ノレージ様はこう分かれることすら予想していたのだろう。フィオルン様達がよく言っていた頭が良すぎるの意味が今更になって理解した。経験と知識で行う予想のはずなのにまるで未来が見えているかのような予知の魔能を持っているかのようだ。
こうやって考えてるだけのはずなのに何故か敵が倒れていっている。それだけこの小型艇が強力なものということを示していた。冒険者ランクとしては青相当でも苦戦する指定魔族やネームド、それらが自分達の行方を阻んでいるがそれ以上にこの小型艇の力で楽に勝てている。
「魔力は大丈夫?」
「外の{瘴気}を取り込んだ術弾とかだから全然余裕だよ」
この小型艇の操作だけなら指を添える程度の魔力で動かせているのであまり疲れは感じない。さらに待機中に漂っている魔力を効率よく変換することによっていつもより調子が出ている気がする。
これほどのモノを作ったのがノレージ様で、それでいて本当に味方側で良かった。ただこれほどのモノを作ったのがただ飛ぶだけとはとても思えなかったのも事実。その予感はすぐに的中し魔王城の周りが濃霧で覆われ晴れる。
「ソール今のって...」
一度深呼吸をして冷静に魔王城を見ると砲台などが城壁などに出現していた。城そのものが意思を持ってこちらを見ているような気がする。そう易々とは辿り着けないとは思ってはいたがまさか城が魔物になるのは想定外だった。前例がないわけではない、メルクディン山を巨大ゴーレムにしたあの日のことも思い出した。
この小型艇が開発されたのは移動する為でだけはなくどちらかと言えばこういった戦いを乗り越える為に開発がされたのだろう。そう考えるのはこの乗り物は探索用や移動用で作ったにしては強すぎたからだ。これほど強い術具はこの世のどこを探しても見つからない。国、いやそれこそ世界を獲れる程の力を有したこの術具を巡って戦争が起きても不思議ではない。
魔族などは倒したので後は近づくだけなのだがとんでもない数の術弾が発射され始めた。普通に生きていてはこれと同じ光景を見る機会はない。いつもの自分なら絶対にこの弾幕を掻い潜ろうとはしないが目的を達成する為覚悟を決める。
{瘴気}から取り込んでいた魔力だけでなく自身の魔力も込め機体全体に纏わせ竜を具現化する。避けきれないと判断し、魔力そのものを無効化し生半可な武器では刃が欠けてしまう強力な鱗を持った装甲竜種のアーマーゴーンを今回イメージした。今の竜剣の練度ならば、今更自分のことを信じないでどうするんだ!
「行くよウェルン!」
船体を傾け急降下をして弾幕に向かって飛び込んでいく。近づけば近づくほど濃くなる弾の嵐に恐怖を覚えないわけではないがそれ以上に勇気が勝っている。やはり躱しきれなくなってきて被弾し始め自分が張った魔力の衣の強度との勝負になった。地上が近づいていくに連れ段々と機体に傷がついているのか壊れそうな軋むような音が聞こえる気がする。
目標とする場所まであと少しそう思った瞬間に自身の視界が少しクリアになった。具現化していた魔力の衣が剝がれきったようだ。本当にあともう少しの所で持たなかった。心なしか世界がゆっくりと流れている。集中しきっていたからこそこんな状態になっている。剣を握る時以外で最も集中していた証拠だがどうやら自分は至らなかったようだ。
複数の術弾が船体に触れかけた時視界が黄色に染まり弾を打ち消した。操縦桿を握る手の上からさらに握るもう1つの手があった。そうだ、今自分は1人ではないんだった。守るどころか自分よりも強い可能性のある人が自分の後ろにいるのだった。
聖の術性の衣が展開され術弾を打ち消していく。自分が具現化させていたような綺麗さはなく粗い衣ではあるが魔の力を打ち消すのに関係はない。弾幕を掻い潜り地上へと降り立つことに成功する。自分達に続いて続々と着陸をしてくる。
「みんな無事そうだね」
「はい、なんとかハウゼントさんがいなかったら...」
「いいや自分にはあんな風に動かせなかったですから」
「ほんと良かったわね貴方達は...」
ここにいるほとんどが大丈夫そうなのに対してアンクル様の表情が優れないように見える。きっとベルゴフさんの運転がひどかったのだろう。いつもの感じからしてもそんな気がする。逆に言えばベルゴフさんらしいともいえる。
ここまで長い旅路だったがようやく魔王城に辿り着けた。自分の旅がこのあと続いていくかどうかもここで決まる。かつての勇者一行の偉業魔王討伐、それを越えた真なる討伐を成し遂げなければならない。ゴレリアスと同じ{勇者のオーラ}を扱えない自分には重責、だがそんなものがなくても最高の仲間達がいる。仲間達と共にならきっとこの困難も乗り越えられるはずだ。




