#215 答え
航路を北に変えメルクディン大陸に戻っていた。以前は海上に存在していたはずの魔王城が宙に浮いていて、尚且つ周辺の{瘴気}の濃度が比べ物にならないものになっていたという。想定していた範囲内であればミュリル様とウェルンの2人で{瘴気}から身を守る衣のようなものを張れていた。だが聖の適性が高い2人ですら侵される程の{瘴気}だったという。
とりあえず王都メルドリアに戻ってはいるが先代勇者一行の3人から次の一手が出されることはなかった。そしてそのまま自分達はいつの間にかメルドリアに到着していた。それほどまでに深刻な事態で自分達は解決されることを待つことしか出来なかった。
魔王城が浮遊していることが発覚してからしばらくが経った。変わらぬ空模様のおかげで時の流れに鈍感になっていたがどうやら自分が旅を始めてから1年が経過したようだ。他の皆も同じように1つ歳を重ねはしたがとても祝えるような状況ではない。
物資的にも余裕はなく疲弊していく一方でも自分達は諦めることなく互いに修練等を積んでいた。いついかなる時も戦いに行っても良いように備え再びこの世界の空が、日常が戻ってくるようにとその信念の灯火は消えることはなかった。長く険しい茨の道を突き進んでいた自分達に答えるかのようにある1つの調査結果が舞い込んだ。
「誰が使っていたか分からない研究所が見つかったそうです」
「なんで今更そんなのが見つかったんだ?」
「これを見てくれ」
ここ以外の地域を守る為に世界中を飛び回っていたハウゼントが情報卓に手を翳して記憶が読み取られ投影された。映っていたのは崩れた石造りの何かが映っておりその裏には扉らしきものがあった。扉を拡大すると最近書かれた何かがありそこには...
「これは*エルドリア共和国王族文字!?」
*国によって字に癖があり出身を知ることも人によっては出来る。
王家に連なる者はさらに独特の癖が追加されている為署名が正式かどうかの識別が出来る。
「時は来た、この扉の先にはおぬしらの望むものがある・・・ね」
「これは紛れもなくおじ様が遺してくれた何かね」
「あっ!この場所ってまさか...」
ウェルンがそう驚くのも無理はない。この時代に生きている人なら誰もが教えられて育つ前世界大戦時に亡くなった方々の慰霊碑だ。まさかその地下にノレージ様の研究所が作られていたなど誰も予想していなかっただろう。この場所を魔族や魔獣などによって壊されるわけにはいかない、なのでノレージ様の魔力によって術壁が展開されていた。
先の戦いでノレージ様は敗れ術壁が無くなったがハウゼントが張り直したので大丈夫になった。だが気を緩めた際に術壁が緩んでしまった。急いで確認に行くと既に魔族が侵入していて対処をした。慰霊碑自体には傷がなかったのだが突然崩れてしまいその中から現れたのがこの扉のようだ。
「確かに戦闘の衝撃も凄まじかったかもしれないがあれは時が来て自壊したみたいだったんだ」
「まぁベルじゃあるまいしそこら辺は気を使うはずよね」
「おいフィオ姐それはな、」
「っんんん!・・・ノレージおじさまのことだからきっとこれも予想していたんでしょうね」
「今すぐに行きましょう!そう...」
投影されていた情報が突然消えただけのはずなのにその先の言葉が出てこなかった。かつての勇者一行の3人からの無言の圧が自分に押しかかってきた。これまでも何度か深刻な状態になったが今回は特に重く感じる。
こうなっていることに1つだけ心当たりがないわけでもない。かつて悩んでいたこと、もう今は考えることをやめてしまったこと。もう諦めていたこと、それを認めたうえで自分は口に出す。
「そうすべきです。例え自分の魔能が{勇者のオーラ}に似た下位互換の何かでもこれ以上この状態が続けば、自分達が求めた空の色を見ても満足するのは自分達だけになってしまう」
この場以外にいる人達が自分達のように不屈の精神を持っているわけではない。この数カ月で多くの人々が命を失うだけでなく、希望を見出すことが出来ずにこの世の中からいなくなってしまった。自分はその人達の光、勇者になろうと修練を続けた。自分の魔能が{勇者のオーラ}であると信じ続け諦めないようにした。
だが自分に眠っているはずのその力は何故か応えてくれなかった。どうしてと自分は自身に何度も問いかけた。集中がそちらに向いていたからなのか修練を続けてる、はずなのに竜剣の練度も落ち武器術の腕は落ちる一方だった。
その度に励ましてくれる仲間達がいたからまだ形は保てているが1人になるだけで自分を壊しそうになってしまっていた。不安を無くすために修練をしてもよりひどくなり挙句の果てには武器術を使用していないキュミーとフォルちゃんの2人に摸擬戦で負けるほどだった。
割り切りは苦手だったのだが一度考えなかっただけで何もかもが上手くいったように見えた。変わっていなかったのかもしれないが気持ちも身体がなぜだか不思議と軽くなっていた。出来ないことをやろうとして無駄な力が入っていたから自然と硬くなっていたのだろうと思った。
それから勇者ソールではなく竜剣術士のソールとして修練を積むことが出来た。だから今ここにいる自分は勇者ではない五種族、いや六種族代表の最強の武器術士として魔王に挑む決意を決めた。
勇者でなくともこの仲間達なら勝てるはず、もしこれで負けてもしょうがない。その時は本当の勇者が立ち上がってくれる。自分達はその人達の養分となって苗を成長させられるはずだ。会議が終わりそれぞれが部屋に戻って正真正銘最後の自由時間を過ごすのだった。




