#208 思案
あともう少しでマクイル大陸に到着する。まさかこの短い期間で戦いの為に幾度も船に乗るとは思わなかったな。今度はどんな敵が待ち構えているのだろうか。北マクイル港が見えてきて、以前見た光景と違う所にばかり目がいってしまう。
「ソール」
「ウェルンどうした?」
「前にこの港に来た時魚料理を食べたんだけどとても美味しかったの」
そういって指を差す。その指先に見えるのはかつて何かの飲食店をやっていたように思える廃墟。指を丸め拳を固めて自分の胸に当て身体をそのまま預けてきた。どうしていいか分からないがとりあえず平静を装うことにした。
「もしまた来れたら絶対食べに行く!って店員さんに言ったらすごい喜んでて...」
ウェルンはそのまま話し始めた。前回この港に来てどんなことをしてどんな人に会ったのか、錨が降りて上陸できるようになるまでの間話してくれた。魔王軍の襲撃で寂れて活気が失われた元港町に自分達は降り立つ。アルド砂漠へと足を踏み入れるまでに人ではなく魔物や魔族に遭遇した。
これまで幾度も壊滅した村などを見てきてその度に何か出来なかったのかと考えた。考えても仕方がないことは分かっていたがそうしたのは自分の為だ。そんな考えを忘れる為にその日の夜も修練をした今日の相手は母さんだ。
「いい調子ね、魔の力と武器術をここまでの練度に仕上げられるなんて」
「いやいやこれは自分だけの力じゃないから」
言葉通りだと思う。1人で修練していては効率もあまりよくない。近中遠、そして武器による攻撃だけでなく術を使う相手と戦うことが出来るのは本当に恵まれているだろう。他の皆もやりたいことがあったり疲れているだろうに自分の修練に付き合ってくれるからこそだ。修練を切り上げ武器の手入れを始め魔剣を空へと掲げ仕上がりを確認して天幕へと戻る。
空の色が変わっても日中のマクイル大陸の暑さは変わらない。晴れているはずなのに曇っている感覚でいて尚且つ地面から灼熱が伝わってくる。自分はまだこの紋章をつけているから少し汗をかくだけで済んでいるが他の皆、特に海で暮らすフィンシー族であるキュミーとミュリル様は普段よりも動きが鈍いようにも見える。
「大丈夫ヒュリル無理してない?」
「うんまだまだ大丈夫だよお母さん!」
以前この砂漠を渡った時はかなり辛そうにしていたキュミーだったが本当に成長したものだ。記憶を思い出してからというもの著しい成長を遂げるキュミー。素早さと手数の多さに関しては叶う気がしないのと鱗槍術という戦い方の概念に囚われることなく自由な戦い方をする。
練度で言うならまだキールさんの方が武器術としての完成度は高い。だがキュミーは型にはまり過ぎないからこそ強い。ただ加減がまだ難しいのか手合わせをする度に何度肝を冷やしたかは分からない。それほど戦い方が完成している。
だからと言って同じように自分が動いても上手くはいかない。自分やネモリアさんは型にはまっているからこそ戦えている。人は人、そんな言葉がぴったりだろう。
「お兄ちゃん難しい顔してるよー何か考え事ー?」
「うん?ああ、キュミーは偉いなって思ってね」
自分の前に出てきたキュミーの頭を撫でる。成長したとはいえまだ成人もしていない少女。自分が同じぐらいの時に戻って戦おうものなら勝てるわけがない。それにしても自分が20年かけてようやく使いこなせるようになったモノをほんの数年で使えるキュミーは正直天才だ。
ただ今のこの世界はキュミーと同じぐらいの子も戦うことを強いられてしまっている。遊びで冒険者ごっこをしていた子供達が本当の戦いをしている。今こうやってる間にも世界のどこかで戦い命を落としているのかもしれない。その中で戦えない子もいるはず、というよりかは割合的にはどう考えてもそちらの方が多いに決まっている。
50年前にも同じことが起きていたがその時ゴレリアスはどう考えたんだろうか。自分と違って本物で数多くの人の希望となったかつての勇者。そして自分はその力を持っているにも関わらず、いや持っているのか?
魔の力の制御、剣術の練度は上がっていくのは分かる。修練をしていれば強くなれると信じている。だが{勇者のオーラ}はどうだ?使えたことは片手で数えられるほどしかないのに自分の力と言うしかない。何故なら勇者しか付けられないこの紋章を装備出来ているからだ。
自分はこれを何不自由なく首から下げているが他の人が身に着けようものなら重たい物へと変わるらしい。ベルゴフさんの様に強靭な肉体を以てしても身に着け動くことが出来ない。もしや魔に由来するものではと思ったがアンクル様にも着けてもらおうとしたが触れることすら出来ないという。
どういった原理なのかも誰も解明することすら出来ない。そんな紋章をかつての勇者と同じように身に着けているのが自分だ。ただそれだけのことが自分が{勇者のオーラ}、新たな勇者と知らしめている。そんな考え事をしながら進んでいるとアルドリアに着く前最後の夜となっていた。
修練ではなく精神統一をして乱れた気持ちを抑える。全身に魔力を通わせて考えすぎて凝り固まった頭をほぐしていく。この世界に変わってもう早くも1週間が経過したようだ。いったいどんなことが待ち構えてるのか、と多少考えてしまったが今の自分達ならきっと大丈夫だ。




