#174 かつての旅人達
同胞が飛び交う中、儂は砦に取り付けられた砲台に人がいなくても自動で発射されるように術式を刻む。人が撃つよりは精度はいまいちでも無いよりは幾分かいいだろう。こういうものを考えるようになったのもかつての経験があったからだ。
かつてはこのようなことはしなかった、いや出来なかった。エルドリアという国すらなく古い頭を持った賢人達によって若い芽はことごとく摘まれていた。変わらなければ何も危機は訪れないし世界は安泰、そう儂らに言い聞かせた賢人達は皆魔王という存在を認めようとせずに朽ちていった。
賢人達の中には我が父もいた。あの当時では珍しくウィンガルという種族だけでなくヴァル大陸に生きていた者達を守っていた。他の賢人は意識的に他種族を避けていたが父はその者達にも平等に手を差し伸べた。賢人と呼ばれる者らが父以外生き残らなかったのもそういう理由があるのだろう。
自身の領地で好き勝手をさせる代わりに発言権が無かった儂らだったが、魔王軍の襲来を機に部族長まで昇りつめ改革は順調に進んでいた。儂は魔王軍からこの世を守る為、そして外の世界を知る為に旅に出た。色んな所で様々な人とも出会い、多大な経験や知識を身に着け楽しい旅を続けた。
そんな旅が終わろうとしていたある日、魔王城に突入する前最後の宿で父が急逝したことを伝えられた。そして父の代わりにエルドリア共和国を創って欲しいと頼まれた。あまりに突然のことではあったが旅の終着点、魔王城が目前に迫っていたのもあり儂は一度は断ったが迷っていた。
いつもはそういった事柄に鈍いゴレリアスにも気づかれた。最初は魔王軍についての話だったが解散の前にその話を振られ儂は即答出来なかった。他の皆にも後押しされ儂はヴァル大陸へと戻った。儂は魔王を必ず倒してくれると信じていた。無事エルドリアを建国し急いで仲間の元へ向かったが・・・
英具{ファントムロザリオ}に攻撃、治療、幻の三種類を限界がない双槍に術式を貯めていく。この場所に着いてからどれほど貯め込んだかは分からない。私が使う術はどれも時間がかかる代わりに強力でその欠点を補う為にこの英具を作ってもらった。
術においてはノレージ、肉弾戦においてはフィオがいる。私はその2人を支援すると共にこの戦場にいる全ての人達がなるべく無事に帰れるようにする。世界の誰かが悲しみ姿は出来るだけ見たくないから私が助けられるなら助ける。
昔旅をしながら行きついた村などで負傷者を癒していた。いつの間にかみんなから癒女帝と呼ばれるようにはなった。神の使い、奇跡の聖女、色々と名がつくことがあっても私は全てを救うことは出来なかった。
傷が深すぎるが為に治療が追いつかず助けられなかった命もある。とある時たまたま悲しみに暮れる親族の姿を見てしまった時にゴレリアス達に一言も告げずに外へ出たことがある。全てを助けられないのは分かっていたこと。でも実際にそういう場面に直面したのはその時が初めてだった。何も考えず、何も持たずに街を飛び出し湖のほとりで1人泣いていた。
そんな不用心な私は不意を突かれて魔族の息がかかった山賊に襲われ何の抵抗も出来ずに意識を落とした。次に意識が戻った時はゴレリアスにおんぶされていた。いつもならすぐ離れるのだがひどく疲れていたのでそのまま街まで運ばれていた。私を捜していたら街にいないことに気づいて仲間に告げる前に真っ先に身体が動いたとのこと。
どうしてと聞くと彼は自分も同じだと答えてくれた。彼も勇者と呼ばれてはいるが救えたかもしれない命を救えないことがある。それはしょうがのないことと分かってはいても起こってしまう、だからその人達の思いを無駄にしないように前に進もうと教えてくれた。
そもそも私が彼と知り合った経緯としては興味本位で顔を見る為だった。その際に今と同じような形で海賊に襲われていたところを助けられた。噂にたがわぬ彼の強さに惹かれ旅を共にした。私の知らないことをゴレリアス含むみんなが教えてくれた。その恩として私も全力を尽くすと決めていたがこの時を境に仲間の為だけでなくこの世界の為により力を振るうと決めた。そんな私達は魔王に挑み、まさかあのような結果になるとは誰も思わなかった。
英具を展開し聖獣に跨り臨戦態勢を整え空を眺めて思い出していた。私達が信じていた勇者の力が魔王に及ばなかったあの日のことを。魔王が倒れゴレリアスの姿が見えた時即座に近寄った。そして彼の身に異変が起きていたことに気づき慌てて彼を支えにいった。
フィーザーが倒れそうになっているゴレリアスを抱きかかえる。さらに彼の身体から発されていた特別な力{勇者のオーラ}、常にほとばしっていた彼の力が無くなっており原因にすぐ気づいた。勇者の証である左手の甲に刻まれていた紋章が無くなっていた。いやそれどころか彼の左腕は無くなっていてミュリルが残った魔力で止血をしていた。意識を取り戻したゴレリアスが最後の力を振り絞り魔王ラ・ザイールを封印して再び気絶した。
その封印を持って魔王城から脱出し私とミュリルでもう一段階強固な封印にした。宿に戻った私達はミュリルが付きっきりで治療をし続け他の皆は交代交代で近くの村や街から片っ端から魔力剤などを集めた。ヴァル大陸からノレージも加わってようやくゴレリアスが目を覚ました。
全員が生きて帰れたことも奇跡ではあった。だがそれ以上に魔王を倒しきれなかった事実が私達の心に押し寄せてきた。ノレージが封印をさらに完璧なモノへと変化させたので時間は作れた。その時間がどれだけのものか誰にも分からなかった。次に魔王が復活するその日までにゴレリアスの力を戻す方法、もしくは新たな勇者の誕生を待たなければならない。
ゴレリアスが目覚めた翌朝、彼は部屋におらず姿を消していた。すぐさま私達は数日にも渡る大捜索をしたが見つけられなかった。とりあえず各国を巡り魔王を倒したことを伝え仲間と別れた。ミュリルも私も彼に対して好意を抱いていてこの度が終わったら2人で告白をしようとしていた。その消化不良もあったが時が経つと私達の穴を埋めるように結婚をし子供を授かった。
あれから四十八年が経ちかつての私達と似た新たな勇者が生まれた。彼の名はソール、魔王の娘で私達と共に旅をしていたラ・アンクルと私達の仲間でゴレリアスの親友でもあった剣神ウヌベクスの息子だ。ゴレリアスと同じ竜剣を扱えるのはもちろん、なんと{勇者のオーラ}を持っているとされ魔王に匹敵する魔力量を持っている。
彼の仲間にはかつての私達以上に強くなる可能性を持った子達がいる。いやもう私達以上に強くなってる子もいるかもしれない。フィーザーもゴレリアスもいないこの戦場では私達が一番敵、魔王軍を知っている。前のようにはいかない今度は私達の番という事を教えてあげないとね。




