#166 越えられない壁
魔と聖の術は互いに反発しあい純粋な魔力の質や量で差がつくと言われている。魔力量では自分の方が明らかに上回っているが魔力の質においては負けているようだ。相手の質に合わせて大量の魔力をぶつければいい、そんな単純なことだが武器術は何よりも量よりも質がモノを言う。自分の剣に込めている魔力の質が八割ぐらいの純度に仕上げられているとするなら個能{勇者のオーラ}を込めた剣の質は当然十割となる。
まだ相手の太刀筋を知っているからこそ応戦出来てはいるが時間の問題だ。この戦いに勝つ為には今までの自分が出来なかったことをしなければならない。ここで新たな何かを生み出すとするならば今の自分に出来ることは一つしかないのだ。
距離を取られ奴が竜を具現化し見覚えのある構えをとる。これまでの自分が使える中でも強力な竜剣術を対処すべく魔力を開放する。荒々しい魔力を込め水平方向へと絶大な威力の一撃を放つ{渾竜斬}、そして同じ魔力を込めて垂直方向へと放つ{渾竜砕}を立て続けに放つ武器術。それが...{ライズドラゴン}だ。
質に対して量で相殺しようとするが先程の見立てが甘かったようだ。込めていた魔力は一振りで消え、二振り目の時点で勝負は決していた。魔力が完全に無くなった自分の剣では{ライズドラゴン}を止められるはずもなく攻撃をまともに喰らってしまう。壁へと突き飛ばされ全身も痛むがそれ以上に深々と身体に刻まれた{勇者のオーラ}が込められ灼けるような痛みを感じる。
回復剤を取り出そうとするがポーチごと斬られていたようだ。自分の分身体も流石に無傷ではなく肌に何箇所か傷がある。だがその肌から蒸気のようなモノが出ていて徐々に傷口が塞がっている。改めて{勇者のオーラ}がこの世に存在する魔能や個能よりも最強の力だという事を実感する。それと同時にこの力を以てしても倒せなかった魔王ラ・ザイールとは何者なんだろうか?
力を振り絞り立ち上がり魔力を纏い竜剣を放てるように構える。自分も覚醒していないとはいえ{勇者のオーラ}を持っていて、それと同時にその力を以てして倒せなかった魔王ラ・ザイールの孫でもあるのだ。そんな2つの力があるのに負けることの方が難しいのではないだろうか?
「要は自分にはまだこんなにも力が眠っているってことなんだな」
今の自分は魔の力しか扱えないが将来的には分身体が使っているような力も同時に使える。そう考えているといつの間にか自分の傷も塞がっていた。奴は{勇者のオーラ}による自然治癒でこちらは魔の力による自然回復をしていた。自分は大きな勘違いをしていたことに気づいた。
今度はこちらから{ライズドラゴン}を仕掛けると全く同じような展開で奴が吹き飛んでいく。勇者の力が扱えない今の自分が叶うはずがないと思ってしまい全力で戦えていなかったようだ。無意識下で制限をかけていた魔の力を全て開放すると身体がとても軽くなった。翼も大きく広げて狭い空間を飛び回り元の場所に降り立つ。
「ここで立ち止まっても何もないんだ。そこをどいてもらうよ」
「・・・」
「相手も自分なら何を言っても独り言になるな」
妙な気恥ずかしさを覚えたのでそれを誤魔化すように魔力を纏わせた剣を振るう。明らかに先程までと違い自身の振るう剣に自信を持っている。太刀筋は同じようで魔力の質は負けているが一振り一振り全力で剣に魔力を込める。この後にも戦いがあるかもしれないがそんなことを気にせずに竜剣術を振るう。
先程まで劣勢気味だったがいつの間にか互角、いやそれ以上に剣を交えこの時間が永遠に続けばいいのにとさえ思える充実した気持ちになっていた。だがこのままでは埒が明かないどうにかして決着をつけてあの結界の先に進まなければならない。剣の腕も魔力量も積み重ねた経験が同じ相手、いや過去の自分を越える為に新たな竜剣を生み出さなければならない。
これまで何度も挑んできたが叶わなかった陸以降の武器術。秘技とも呼ばれるその領域に達せる武器術はかなり稀であると同時に使い手がどれだけその流派を扱えているかも分かる。そして今こそ勇者としてさらなる飛躍の為に壁を越える時だ。
幾度となく挑戦してきたがどのイメージも陸の剣として形にはなることはなかった。今まで形に具現化出来た竜種は、蛇竜、翼竜、地竜、巨竜の四種類が基になっている。他には水辺を縄張りとし主に海に生息している海竜種、かつて魔王が従えていたとされる伝説の竜種である覇竜種。二つ現存しているが前者はキュミーが扱う鱗槍術の範疇なので残された覇竜種だけとなる。
これまで竜剣を形に出来た理由として遭遇したことがなくても資料などで生態や特徴を知っていた。だが覇竜種に関する情報は言い伝えや記録が消滅していて魔力を竜へと具現化しづらいのだ。具現化できなければ型が出来ていてもただ剣を振るっているだけになってしまう。ましてや仮にも{勇者のオーラ}を持った分身体に対して生半可な力で立ち向かおうならば五体満足居られるとは思えない。
奴は壱の剣である{撃竜牙}の構えを取るが多めの魔力が込められているのを確認した。おそらくこの後に放たれる竜剣は...{スティンガー}だろう。予想通り剣に纏わせた魔力が荒々しくギザギザな状態に変化した刃を冷静に処理する。最後の高速回転攻撃もぶつかり合い互いに吹き飛ばされた。




