#157 帰還
「ソール!」「お兄ちゃん!」
自分を呼ぶ声に答えるように目をゆっくりと開け、ぼやけた視界がはっきりしていきあちこち痛む身体を持ち上げる。ウェルンとキュミーに抱きつかれ驚いたが自分も抱き返す。そうか自分はあの暗い世界から戻ってこれたんだな。
「心配させたかな?」
「うん、すごくね」
「良かったぁお兄ちゃんが戻ってきてくれてぇ...」
ウェルンは軽く涙を流しキュミーは激しく流していた。特にこの2人には心配させてばかりな気もするな。他の人はと思い辺りを見渡すとベルゴフさん、ネモリア、フォルちゃんとノレージ様、そしてアンクル様がいた。
「ったく坊ちゃん自身も制御できない魔の力なんてな、こりゃ帰ったら修行だな」
「私も心配はしてましたけどそれ以上に戻ってくると信じてましたよ」
「おじいちゃんの言う通りだったね!」
「ほっほっほ、デビア族が大変なのはよく知っておったからな。のぉアンクルよ」
他の人と違い何故だかこちらを向いてくれないアンクル様に近寄ると距離をとられてしまう。もう一度近寄り正面に回ろうとすると何故か頑なにこちらを向いてくれない。
「知ったのでしょう?私とウヌベクスのこと。そしてあなた自身のことも」
「はい」
「こうなることを予想しきれずちゃんと成長させられなかった。私はあなたにどう向き合えばいいの」
「事情が事情だったんですしょうがないですよ」
「それなら私に対して言う事があるでしょう」
「えっ?どういう意味で...」
いやなんとなく分かったな。鈍感と言われる自分でも流石に分かるぞ。少し気恥ずかしさを覚えながら自分は言葉を発した。
「ありがとう母さん帰って来たよ」
今まで生きてきた中で最も縁遠かった言葉を口にする。キュミーと出会ってヒルドリアに辿り着いて母親と再開させてなければ、ここでこの言葉は出てこなかっただろう。
アンクル様は関わりたい気持ちを抑えてここまでずっと我慢してきたはず。本来ならば彼女の元で成長していく中で何度も言う言葉なんだ。こちらを向こうとしなかったアンクル様がゆっくりとこちらに身体を向け顔を向けてくれた。表情は笑っていたが右の眼から一滴涙が落ちた。
「おかえりなさいソール、ようやくちゃんと会えたわね」
あの後、自分達はサピダム様の移動術式で北マクイル港の冒険者ギルドに帰ってきた。そしてそのまま宿に着くと泥のように眠った。次の日もいつも通り早起きをして顔を洗おうとして気づいたが魔の力を開放していないのに立派な翼が生えていた。気を取り直して裏庭に出るとそこにはアンクル様がいた。
「やっぱりこの時間なのね。おはようソール」
「おはようございますか、母さ...」
「呼びなれた言い方で良いわよこっちも恥ずかしいしね。でこれから修練するの?」
「はいそうですね、明らかに前よりも強化されているので試そうかなと」
するとアンクル様が何かをこちらに投げてよこしたのでしっかりとキャッチする。四角いボタンがついた小さい箱だったのでボタンを押してみると目の前に人型を模した人形が出現した。
「あなたの今の力について説明するとそうね全盛期のノレージと同じ魔力量を持っているわ」
「そ、そんなにあるんですか!?」
「ええ、私もあなたも仮にもあの最低最悪な魔王ラ・ザイールの血を引き継いでいるの。だからそれぐらいはあっても当然ね」
そうだ、自分はデビア族の魔王の娘であるアンクル様の息子、つまりは魔王ラ・ザイールは自分にとって爺の立場になるのだ。そして当時の勇者一行で唯一命を落とした大英雄である剣神ヒュード・ウヌベクスの子供だから竜剣術が使えるんだったな。
「今まで通り軽く魔力を込めて剣を振るったら、この辺り一帯に軽くでも被害が出てたでしょうね。だから今後はその魔人形相手に剣を振るいなさい。それなら全力で振るわない限りは壊れることもないわ」
「そうだったんですねありがとうございます...」
自身の出力が上がっているのは分かっていたがまさかそこまで強化されてしまっているとはな。危うく魔王軍の手先みたいなことをしてしまう所だった。言われた通り軽く魔力を込めると魔力量が多くなったからなのか、とても鋭そうな黒い刃にすぐに変化し人形相手に剣を振るうと斬撃が飛ばされた。確かにこの魔力量ならば伍の剣を越えた新たな竜剣を開発出来るかもしれないな。
「これだけ魔の力があるのにあなたは{勇者のオーラ}まで持ってるなんてすごいわね」
「魔の力と違って個能の方は自由に引き出せませんからまだまだ頑張らないといけませんよ」
今のこの力に加えて{勇者のオーラ}も引き出せるようになって、ようやく三魔将軍や魔王ラ・ザイール程の強敵と渡り合えるのだろう。それからしばらくアンクル様と共に朝の修練をこなし他の皆と合流して冒険者ギルド別室のノレージ様の元へと赴いた。
「顔色は良さそうじゃなソールよ。魔力も安定して身に纏えているようで安心じゃよ」
「でこんな朝から呼び出したってことは何か言うことがあるんだろ爺さん」
「まぁそんなにかっかするでないベルゴフ。まずは今回の作戦についてまとめていこうではないか」
自分達はサピダムの研究所を襲撃しそこで何をしているかを突き止め、そして研究所を破壊することが目標だった。自分が捕まっている間に研究所内の魔王軍は他の皆が倒してくれてあの場に保存されていた文献等は研究所が崩壊したことにより無くなったがそれ以上に...
「一度死んだ者がサピダムの魔力によって新たな生物として蘇る{リバース}。これはまた大変な物をまさか開発されたのぉ...」
「前々から死者について研究をしていたとは思ったけどまさか完成されるなんてね」
「そしてこちらはシーウェーブさんを失いましたね・・・」
敵は戦力増強することが可能となってしまい。こちら側は自分を助けるためにシーウェーブさんが犠牲となってしまった。魔王軍に対抗出来る人も度重なる戦いによって着実に減らされている。自分達のような残された人達が尚更成長しないといけないな。その点で言えばサピダムに力を引き出されたのは不幸中の幸いではあったかもしれない。
「その話は儂ら年寄り達に任せてもらえないかみんな。それで昨日の今日で申し訳ないが儂からの依頼を受けてくれないか?」




