#131 自然の驚異
北マクイル港から船を出してから五日が経過し西メルクディン港に到着した。マクイル大陸は砂漠地帯で昼と夜とでは温度差がかなりあり中々厳しい環境下だった。メルクディン大陸西部であるこの地域はと言うと。
「へくちっ!」
「キュミー大丈夫か?もう一枚上着を出そうか?」
「うんお願いお兄ちゃん...」
世界中で唯一ずっと寒い地域であり防寒をしっかりしていないと身体の芯まで凍ってしまうらしい。自分は勇者の紋章のおかげでいつもと同じ格好で歩けるが他の人達は皆毛皮のコートを着用している。
ここに来てからというものフィンシー族であるキュミーは毛皮のコートの他に中に二枚も着こんでいる。ほとんどの人達が服を着こむ中、いつも通りの格好をしているベルゴフさんと人肌を持たないネクロパイレーツであるシーウェーブさんはいつもと同じ格好をしていた。
「本当は俺も服を着るんだろうがまず温度を感じれないからな生きてるうちに来たかったぜ」
「そうだぞシーウェーブ、俺がいつも通りでいられるのは火の適性があってその魔力を身に纏ってるからだぞ。常に魔力を闘気に変換しなきゃならないから結構大変なんだぞ。ここだとその身体都合がいいもんだな」
ならベルゴフさん服を着ればいいのでは?と野暮なことは言わないし着ない理由もなんとなく分かる。このあと危険地帯であるメルクディン山脈に入っていく。そこで大きな問題に直面するはずだ。
それは他と違い過ぎる環境下での戦いだ。人があまり足を踏み入れたりこの地域で暮らす冒険者も数が限られ、この山では独自に発達した魔獣との戦闘を強いられる。足場は雪で埋もれ視界は吹雪で悪く宙に浮けば風に身を持ってかれそうになる。
ここで戦闘する時はいつもより疲れが増す、休息もキッチリととらなければいけない。だが人が寄り付かない獣道を進みながら尚且つ基本野宿で暮らさなければならない。
十分な休息もとることが出来ない、それを考えてのベルゴフさんはあの格好なのだろう。単純に動きづらくなるのを嫌がってるのかもしれない...いや絶対にそんな気がする。
「ここからどれくらい歩けばサピダムの研究所に辿り着くんだっけ?」
「確か直線距離で向かっても十日程かかってしまうんでしたよね」
「ああそのことなんだけどよっと、今ここに加えた赤い丸の地域があるだろ。ここら辺に集落があるらしくてな一旦ここに寄るのはどうだ?」
「そうですね、十日も連続で歩いてそのまま戦おうとしても思うように戦えないですし。この雪山でキュミーが十日間連続で動けるとは思えないので...」
「お兄ちゃん、私は気にしないで大丈夫だよ!」
「キュミー誰よりも厚着しながら言っても説得力がないよ」
港を出発してから何日経ったのだろうか。当初予想されていた進路では歩みを進めることが出来ない。迂回を繰り返しみんなかなり消耗している。風除けとなって先頭を歩くベルゴフさんにも疲れが見えてくる。
「ベルゴフさんこれどうぞ」
「おお魔力薬か助かる、師匠に修行で連れられて来たことはあるが流石に辛くなってきやがったな。早いとこ村を見つけねぇと全員死んじまうかもな」
慣れない雪道と獣道を歩き続け十分に休息もとれず疲労も蓄積してきて全員口数が減ってきた。自分の後ろを歩くウェルンとネモリアさんもかなり疲れが溜まっているのがよく分かる。キュミーとフォルちゃんに関しては眠気に限界が来てしまい、毛布をその身に包んでシーウェーブさんの個能{操人形}で運んでもらっている。
メルクディン山脈の奥の方に来てさらに寒さが増し、魔獣との遭遇機会も減ったのが本当に幸いだと思う。今この状況下でもし戦おうものなら全滅は免れないだろう。もし勝ったとしても、いやそんな最悪な事態は考えてはいけない。
「坊ちゃん、すまねぇこれだけ捜してもないってことはそもそも情報が間違ってたかもしれん」
「ベルゴフさん!そんな弱気にならないでください、自分ももっとやれることがあれば良かったのにな」
「ううんソールそれは違うよ。みんな疲れとかで段々と暗い気持ちになっていくのを励ましてくれたからここまで来れたんだよ」
「そうです勇者はいるだけで力になるんですよ。もう限界かもしれない身体が動くのもきっとソールさんがいるからですよ!」
「てことだ坊ちゃん。みんな好きで着いてきたり好きでやってることだからよ。あんまり気負うじゃねえぞ。今出来なくてもいつかやれることが増えるかもしれないだろ?」
気負うことはないか。かつて勇者と呼ばれたゴレリアスもこんな悩みを抱えたことがあったのだろうか。実力的には段々と近づいているはずだがまだまだ遠く及ばないだろう。
今自分が身に着けている勇者の紋章の効果そのもの、そもそも勇者が使う個能である{勇者のオーラ}さえ扱えれば今こうなってはいないのだ。自分の悪い癖で考え事をしていたら周りのことが見えなくなったりする。今回は特に場所が悪かった、1人だけ少し道を外れてしまっていた。
「坊ちゃん戻ってこい!」
「えっ?うわぁぁぁぁ!!」
「ソール!」「ソールさん!」「お兄ちゃん!!」「お兄さん!!」
自分が足を踏み入れていたのは地面ではなくただ雪が積もり固まった場所だった。咄嗟に羽を広げ戻ろうとするがこの場所で飛べないことを忘れていた。逆風を強く受けてそのまま谷底へと落下していくのだった。




