#117 三魔の意味
互いに放つ拳が空を切る度に衝撃波が起きる。周辺で戦っていたアルドリアとヒルドリアの兵士諸共吹き飛ばし戦場全体を巻き込みながら拳を交える。ある程度の術壁を展開出来れば支障がなく戦える。だがそれも連続で襲ってくるので維持が出来るなら大したものだ。
流石に常に魔力を使って術壁を維持し続けることが出来ない兵士達。次々と吹き飛ばされていくが周りの影響を考えながら戦える余裕がないからどうしようもないがな。互いの拳同士が激突し金属同士がぶつかりあったような甲高い音と火花が飛び散る。
「やるなベルゴフ!これほどまでの力を持った野郎がまだこの世にいるとはな!」
「お前ら魔族と違って人は成長するんだよ。いつまでも弱いまんまじゃねぇんだよ!」
フュペーガの胴に向けて回し蹴りを放つ。左腕でガードされてしまうが完全に威力を殺しきれなかったようでその態勢のまま横移動をする。
「{岩石波}!!」
奴が止まった瞬間思い切り拳を地面に打ちつけて闘気を地面に巻き込み地中から波のように岩が盛り上がり襲い掛かってきた。
「{激震}!!」
後ろで兵士達が戦っているので避けるわけにもいかない、闘気を込めた拳を打ちつけて相殺した。過去にこの技を受け止めた時は闘気の練度が足りず、かなりの傷を負ってしまった。あの時とは違って完全に威力を無くすことに成功したようだ。
「火山で受けた時は諸に攻撃を喰らっていたはずなのによ成長したなお前!」
「うるせぇ!そんな無駄口を吐いてられるのも今の内だフュペーガ!!」
「ゼハハハハハ!魔族に対して随分な物言いだな下等種族如きがよ!」
下等種族、それは魔族が俺ら主要五種族ヒュード、マイオア、ビース、ウィンガル、フィンシーのことを蔑む言葉。生まれで全てが決まり弱き者は淘汰される社会で暮らす魔族。俺達のように段々と成長し力をつけていくことが全く理解が出来ないらしい。
そもそも魔族に転化するという言葉も俺らが言ったわけではない。五種族の中で初めて魔の力を完全にコントロールし、転化することを果たした三魔将軍叡智のサピダムが『己をよりよい存在、魔族へと転生進化するのがより強きものになる最短の道』と言い始めたのが始まりらしい。
「お前らは選ばれた存在だとでも言いたいのか?」
「そうだとも、魔の力を使うことを許されるのは俺ら魔族と転化する際に溺れただの化け物に成り下がらなかった一部の奴だけなんだよ!」
先程よりも速度を上げたフュペーガの右拳が顔面に飛んでくる。躱しながらそれに合わせてカウンターが炸裂する。だが止められることは承知だったようで拳が顔面に決まり反対に跳ねているが、時既に身体を回転させ肝臓辺りに左拳が突き刺さっている。
衝撃が腹部を突き抜け後ろによろける。呼吸をする度に身体が軋む感覚に襲われる、これ確実にヒビ入ったな。闘気で固めていなければ肋骨が何本か持っていかれ、そのまま内臓に突き刺さっていただろう。
「闘気が十分じゃなければ俺の顔が消し飛んでたじゃねぇか。なんつー威力を持ってるんだよてめぇ」
「そっちこそこんな重い拳人に向けて撃つもんじゃねぇだろうよ」
「これほどまでに血が躍るような戦いをしたのは四十八年振りよぉ!この手を使わないことにはいかねぇよな!!」
手を握り合わせたフュペーガは身体から闘気が漏れ出し、元々大きいサイクロプスの体躯を囲むように新たな身体を形成していく。その見た目は物語に出てくるような恐ろしく巨大な魔人へと変わった。奴が構えた時に何をしようとしているか勘づいていた。なので全く同じことを自身も行いこの戦場に突如巨人が2人現れた。
「これも出来るのかベルゴフ!お前はほんと最高なやつだなぁ!!」
「師匠に何もかも教えてもらったからなここで出来なきゃあの世の師匠にぶん殴られるんだよぉ!」
これだけ強いやつが目の前にいるのに引いてたまるか!師匠に託されたこの世界をただで壊させるほど甘くないだよ。正直俺の実力はもう既に伝説の勇者一行と同じの力を持っている。ここで三魔将軍全員を相手にとることも可能なはずだ。
「いやぁ本当にお前が俺と同じ愚かな奴で助かったよ」
「どういうことだ?」
「確かに俺は三魔将軍一の戦闘狂で何もかもを壊す程の馬鹿野郎だけどな」
全く聞いてないことを急に話し出すフュペーガに何か違和感を覚えた。
「でもよ流石に同じ三魔将軍を見捨てるほど甘くはねぇんだわ」
「言ってることと今やってることが一致してないんじゃねぇか?ドリューションのことはいいのか同じ三魔将軍なんだろう?」
答えが返ってくる前に奴は拳や脚技を繰り出してきたのでそれに応えるように動きを合わせる。互いに先程よりも威力が増加しており、気を抜くとやられてしまいそうだ。ラッシュが突然終わり急に下に視界を向けたので俺もそこを見ると驚くべき光景が広がっていた。
「さっき確かに俺は三魔将軍を見捨てるほど甘くねぇと言ったな。それは助けなきゃならねぇ時だけは助けるって意味なんだよ。あいつは俺とサピダムが協力してかかっても勝てやしないだろうな。三魔将軍と言われてはいるが実際は二魔将軍と言った方が正しいだろうな」
視線の先ではそこで戦っているはずの竜の子供、キール・ヒルドリア・フィンシーが首を掴まれドリューションに締め上げられていた。その近くには俺の師匠と同じ勇者一行の1人であるミュリル・ヒルドリア・フィンシーが倒れていた。
「嘘だ、キール!ミュリル姐!一体何...」
「何が起きたかって、見れば分かるだろう?俺やサピダムが助けに行くまでもない最強の魔族。三魔将軍夢幻のドリューション、我らが王ラ・ザイール様の右腕にあたる方に戦いを挑んで勝てるわけがないだろう?」
確かに俺は強くなった。それも三魔将軍に対抗できるほどの強さを持つことが出来たのかもしれない。だがその三魔将軍よりも遥かに強い存在がこの戦場にいること。そしてようやく自身が置かれている絶望的な状況に気づくのだった。




