第八章 幸せとは
私は家へと帰ると、すぐさま自分の武器の手入れをした。
私の家は周りに何もないところにしてもらったため、とても静かだ。人と関わるのが苦手な私にとって、家が一番落ち着く場所だった。
私は毎日武器の手入れを欠かさないし、ファントムの情報を得れば紙に書き留め、また、新しい武器を考えたりもする。
家では私は眼鏡をはずすようにしている。ここだけが私の居場所だから。
それに、ずっと感情を消していると、いつか本当に感情が失われてしまうだろうから。
「紫乃のお姉ちゃん!」
食べ物がなくなってきたので買い物に町へ出ると、うしろから声をかけられた。
破吏ノ国が襲われたあの日、私が助けた女性の子どもだった。女性もすぐそばにいる。
子どもは笑顔で私のもとへと駆けてきた。
「覚えてる?紫乃のお姉ちゃんに助けてもらった雫だよ。あのね、言いたいことがあるの」
その子ども、雫は私にそう言ってきた。
「雫とお母さんのこと助けてくれてありがとう!」
私はその言葉にとても驚いた。感謝されることにも慣れていなかったから。
「べつに、私は・・・」
私は何と答えたらいいかわからず、言葉に詰まってしまった。
「それに、私は、私は────・・・」
私は、ファントムが襲ってくることを知っていた。
そんなことは言えなかった。言えるわけがない。こんな笑顔を向けられたら。
「紫乃さま」
雫の母が今度は声をかけてきた。
「“さま”なんて止してください。私は逸見の名は捨てました」
私はそう訂正する。
だけど、彼女は優しく笑いながら言った。
「いいえ。たとえ逸見家の方ではなくなっても、私は貴方を紫乃さまと呼びたいんです。私たちを助けてくださった恩人ですから」
私はまた驚いてしまった。そんなふうに思ってくれるなんて考えもしなかったから。
私はこの親子にとても戸惑っている。
「・・・破吏ノ国の者たちは、逸見家をよく思っていませんでした」
不意に、言いづらそうに雫の母は言った。
「だけど、今回のことで紫乃さまに対しての印象は少なからずみんな変わったと思います。私や雫はあの日の貴方を信じたいです。だから、紫乃さまのお力になれることがあったらいつでも言ってくださいね」
彼女は明るく言った。
私は戸惑いながら、たどたどしく言葉を並べた。
「・・・ありがとうございます。こんな私を信じてくれて。私は破吏ノ国の者たちがみんなここで幸せに暮らせることを願っています。だから、どうか破吏ノ国では出来なかったであろう、楽しい日々を送ってください。それが、私の願いです」
これが、私の願いのすべて。ほかはべつに、何も望まない。
「ダメ!」
突然、雫がそう叫んだ。
「え・・・ダメって、何が?雫ちゃんどういうこと?」
私が困惑してそう訊くと、雫は頬を膨らませて言った。
「雫たちもだけど、紫乃のお姉ちゃんも楽しくなくちゃダメ!幸せじゃないとダメなの!」
「え・・・私・・・?」
私はまだうまく雫の言葉が呑み込めなかった。
「紫乃のお姉ちゃんも幸せじゃないと、雫も幸せになれない。雫、紫乃のお姉ちゃんのこと大好きだもん!」
私はその言葉にハッとした。
「どうして・・・?どうして雫ちゃんは私のこと大好きなの?」
私はそう訊いた。
だって、私のことを好きになってくれる人なんていないと思っていたから。それも、大好きなんて。
「だって、雫たちのこと助けてくれたし、いっぱい頑張ってくれたでしょ?紫乃のお姉ちゃんは優しい人だもん」
雫は笑顔でそう言った。
「紫乃さま。雫は本当に貴方のことが大好きなんですよ。だから、紫乃さまも一緒に幸せな生活を送ってください」
雫の母はそう言ってきた。
「幸せ・・・」
私はその言葉を呟き、考えた。
自分自身の幸せなんて考えたことがなかった。私の幸せとは一体、何なのか。