第六章 家の縛りを消し去って
泉水家の広間へと通された私は、領主が来るのを待っていた。
眼鏡をかけているのでいたって冷静。頭はスッキリとしている。
「お待たせしました」
少しすると泉水家の当主であり、この国の領主が出てきた。貫禄のある人だ。
「いいえ。こちらこそ、通していただいてありがとうございます」
私はとりあえず礼儀として言った。
「それで、どういったご用件で?」
領主はそう訊いてきた。
「破吏ノ国はファントムに攻め滅ぼされました。私の両親も死亡しました。それでお願いがあるのですが、どうか私の国の者たちをこの国に受け入れてもらえないでしょうか?」
私の言葉に、少しの沈黙が流れた。
領主は戸惑っているようだった。突然こんなことを言われたのだから、当然といえば当然だが。
やがて、領主はゆっくりと口を開いた。
「────・・・そちらの国の者を受け入れるのは構いません。しかし、あなたを受け入れるのはこちらとしては少し抵抗があります」
私は、やはりか、と感じた。この領主は私の両親の本性を見抜いているのではないかと思っていたからだ。
「あなたのご両親は表面上では私たちと仲良くしていました。ですが、本心は別のところにあったのではないですか?失礼ながら、ご両親は誰かのためにというよりも、自分自身のためにやっているという風に見えました」
実際、その通りだと私は思った。
「それに、ご両親の目は・・・人を殺したことのある目をしていた。そして、それはあなたも同じです、紫乃さん」
領主には何もかもお見通しのようだった。
だからこそ、私は嘘をつくつもりなどさらさらなく、本心を語った。
「貴方さまの仰る通りです。両親は、そして私は、人を殺したことがあります。この体は誰かの血に染まっています。こんなことを言っても言い訳にしか聞こえないと思いますが、言わせてください。たしかに両親は残虐な領主でした。しかし、私は両親のようになるつもりはありません。事実、私は人を殺すのが嫌で嫌でたまりませんでした。だけど、こんな日のために、私は両親の命令に従ってきました」
こんなにも自分の本心を話したのははじめてで、うまく話をまとめるのに私は必死だった。
「私は、逸見という縛りを捨てるつもりです。これからはこの国のために生きたいのです」
領主は黙って私の話を聞いていた。私の言葉が本当かどうか見定めるように目を鋭くしながら。
「逸見の名を捨てるということは、後ろ楯がなくなるということですよ?それでも、構わないのですか?」
領主はそう訊いてきた。
もはや、私に迷うものなどない。この質問の答えは歴然。
「構いません。むしろ、逸見という名を捨てたくてたまらないのです。あんな忌々しいもの私にはいりません。これによって、私をどう扱うかも貴方さまにお任せいたします」
私のはっきりとした口調、しっかりとした意志をもった目に、領主は少し圧倒されたようだった。
また、沈黙が流れた。私にはもう、何も言うことがない。正直なところ、私の国の者たちを受け入れてくれるだけで十分なのだ。
私がやらなければならないことは終わった。私のこれからはこの領主次第。
領主は重たい口を開いた。
「紫乃さん、あなたが言っていることに嘘偽りはないと感じました。ただ、やはりそれだけではあなたを簡単に受け入れるわけにはいかない。何か我々にとって有益なことはないだろうか?それによってはあなたを受け入れても構わない」
領主の言葉に私はこれ以上ない有益なものを渡すことにした。
「私は長い間、ファントムについて調べてきました。それによって、ファントムを倒すのに有効な武器をつくることに成功しました。ですから、その武器のつくりかたをお教えします。ファントムの生態についても可能な限りお教えします」
ファントムの情報はどこも欲しがるもの。それをここだけに教えるというのは、この国はファントムに対して有利に戦えて生存確率が上がる。
国民の生存確率が上がれば、よりファントムに対抗することができるだろう。
「────・・・いいでしょう。では、それに加えてファントムが攻めてきた場合には倒してくれますか?まぁ、要するに用心棒です。あとは、基本的にはどう住んでいただいても構いません」
領主はそう決断してくれた。
まさかそこまでいい条件をもらえるとは思っておらず、少し驚いた。
「ありがとうございます」
私はそう礼を言って、破吏ノ国の者たちを乗せた列車に戻った。
みんなにうまくいったことを伝えると、列車内は歓喜の声に溢れた。中には涙を流す者もいた。
その後、紅望ノ国の方たちによって住む場所を指定されていった。また、少しではあるが資金ももらった。
これからまた生活していくことができるとみんなとても喜び、また、紅望ノ国に感謝した。
ここからやっと、私の人生が始まる。今度は人々を守るために。