第四章 生きるために
私は屋敷の後方へ向かって駆け出した。
屋敷は国の中心に置かれており、前方はおそらくファントムの餌食となってしまっただろう。
だが、後方ならまだファントムたちの魔の手は襲ってきていないし、助かる人も大勢いるだろう。
山へと向かえば、山を越えれば何とかなるだろう。もともとの計画通りだ。ちゃんと逃げ道はある。
私は辺りを見回し、人がいないか確認しながら進んでいく。
だけど、ファントムの魔の手はすぐそこまで迫ってきている。
ファントムは大柄なわりに動きが速い。ある程度距離があるように思っていたが、わりと近くまでやって来ている。
「きゃあぁぁあ!」
何とかここまで逃げてきたのだろう女性が私のうしろで倒れこんだ。そばにはファントムもいる。
私は急いで彼女のそばまで行き、ファントムを撃ち殺した。
よく見てみると、彼女は五歳くらいの女の子に覆い被さるようにしていた。
「し、紫乃さま・・・?」
ファントムが倒れたことを知り、顔をあげた女性は私を見て言った。
その目には私への恐怖心と助けてもらったという戸惑いが浮かんでいる。
「山のほうへ向かって。もし向かっている途中に誰か見かけたら山へ向かうように言って。・・・私の言うことを信じるか信じないかは、あなた次第だけど」
私は冷静に女性にそう言った。
だけど、変わらない目付きで私を見る女性は微動だにしない。
だから今度は強く言った。
「死にたいの?行って、はやく!」
その言葉でやっと、女性は女児を連れて走っていった。
私はその背中が小さくなるまで見て、やっと前へと足を進めた。
とりあえず、ある程度のファントムを倒してから山の防壁へと行くと、人がたくさんいた。
私はその光景に驚いてしまった。きっと、ここに来てくれるのは数人だと思っていたから。
たぶん、この数だと屋敷より後方の家の人たちはほとんどいるだろう。
「本当に、来てくれたの・・・?」
私は信じられなくて、そう呟いていた。
たくさんの人たちの中には、もちろんさっきの女性と女児の姿もあって。彼女がこれだけの人たちに声をかけてくれたんだ。
誰かが私の姿を見て、みんなそれぞれに私に注目した。
私は静かに深呼吸をして言った。
「ここに集まってくださった理由は死にたくないからだと思います。私は、ここにいるあなたたちを死なせるつもりはありません。だから────・・・」
私は一呼吸おいて、言葉を続ける。
「だから、私についてきてください。おねがいします」
最後には深々と頭を下げた。
この国の領主の一人娘が深々と頭を下げたことに人々は驚き、どよめく。
やがて、一人の男性が声を発した。
「俺はまだ、紫乃さまのことを信じたわけじゃねぇ。ここにいるやつらは大体がそうだと思う。けど、生きたいっていうのはみんな一緒だ。だから、そのためなら俺は協力する」
その言葉に、一人、また一人と声をあげた。
その言葉は私のことを否定するものではなく、ただただ賛同ばかりだった。
私はもっと反論されると思っていたから、正直驚いた。
「みなさん、ありがとうございます」
そう言うのが精一杯だった。
「それで、逃げる方法はあるんですか?」
誰かがそう訊いてきた。
「父が一方的に廃線にした列車がこの先にあります。とりあえず、そこに向かいましょう」
さぁ、この縛られた国から逃げ出そう。