第三章 血と醜い心に染まるとき
ファントムがこの国にやってきたということを知った私は、いつもの殺しのときに着る戦闘服に身を包み、部屋を出た。
「うわぁぁぁああ!」
「誰か助けてくれー!!」
「死にたくない!ファントムなんかになりたくないっ!」
国民は逃げ惑いながら叫んでいた。
その惨禍を、私は屋敷の屋根から見下ろしていた。
なんて酷い・・・
血に、炎に、赤く、紅く、染められた国を見て、ただそう思った。
でも────・・・
これが起こることを知っていながら、ただ待っていた私のほうがもっと酷い。
私は静かに眼鏡をはずし、覚悟を決めた。
ファントムたちは屋敷までやってきていた。
私が屋敷の門のあたりへと向かうと、ファントムたちが屋敷内の人間に襲いかかっていた。
「紫乃!助けてくれ!」
その中には両親もいた。もうすでにファントムに半分ほど取り込まれていたが。
母のほうはすぐに取り込まれてしまった。
「あぁっ、紫乃!助け────・・・」
言い終わらないうちに、母は取り込まれ、ファントムとなってしまった。
母以外にも、周りの人たちはどんどん取り込まれていった。
まだ三分の一程度取り込まれていない部分がある父は、再度私に助けを求めた。
そんな父に、私は今日という日のために開発していた銃を向けた。
「もう助けることはできませんよ、父様。あなたはファントムになるしかありません。だから、私が殺してさしあげます。」
私はそう言って、一旦父に向けていた銃を父から逸らした。
そして、周りのファントムと化してしまった屋敷の人間たちを次々に撃ち抜いていった。
「さぁ、次は父様の番です」
私はもう一度、父に銃を向けた。
「ま、待て!こ、こんなものはまやかしだ!お前は私の言うことを聞いていればいい」
「まだそんなことを言っておられるのですか?現実を見てくださいよ。それに、今まであなたの命令に従ってきたのはこの日のためです。ファントムが国を襲う日を、私は心待ちにしていました」
怯えている父に対し、私は冷たい目を向けていた。
「ファントムとなってしまわれる前に教えてあげましょう」
私はそう前置きして話始めた。
「私はファントムが出没した日時や場所をすべて調べ、ここへ来る日を推測していました。それが今日です。でも一週間後、隣国へ攻めようとしていたため、戦闘準備が万全で、もしかしたらファントムが来ても父様や母様が生き残るかもしれないとも考えました。」
私は刻々とファントムに取り込まれつつある父を見ながら続ける。
「そこで、隣国の領主に戦争のことを手紙で伝えることにしたのです。そして、ファントムが来るであろう今日にうちへ赴くように誘導しました。見事にうちの態勢は少し崩れました。動揺してくれたおかげで、こんなにもあっさりファントムの介入を許した」
私は思惑通りいったことに少し笑ってしまった。
「隣国の領主には申し訳ないが、とても重要な役割を担ってくれたことを感謝します。────・・・私は両親が死ぬことを望んでいました。それがやっと今日、叶えることができます。父様、これは罰です。今まで私を“兵器”として育ててきた罰です。醜い心を持って生まれた罰です」
父はもう顔だけが残された状態で、私に恐怖心を抱きながら叫んだ。
「待ってくれ、悪かった。今までのことを詫びるから、助けて────・・・」
「もう、遅いですよ」
父がファントムに取り込まれてしまうよりもさきに、私は父に向けて発砲した。
私の過去は終わった。次は未来をつくりにいく。