閑話 6-0. ブリードの覚悟
遅くなりました。
少し衛生面で汚い表現とグロい表現があります。ご注意ください。想像したらダメです。そして5500字の長文です。
ヘンリーにさ迷える魂達の印を付け僕は冥界へと急いだ。
かなり重い冥界規律違反になるけど、なりふりかまっていられなかった。
印を付けた事で、あの赤ん坊は生きながら死んでいる状態になり、死神のファイルブック、回収リストに掲載される事になる。あの赤ん坊からは死の気配は感じられらなかったから、寿命はまだあるはずだった。
はっきりいって僕はあの赤ん坊がどうなろうと知った事ではない。ヘンリーが憑依から抜け出せないなら、赤ん坊の魂をこの死神の鎌で狩る事も厭わない。そう思ってた。
けれどヘンリーは優しいから、赤ん坊を助けたかった。
静かに怒り、あの赤ん坊を捨てた母親を僕に追わせてまで…。
僕はヘンリーに借りがある。ヘンリーが願うなら、重い罰則も受けてたつよ。
顔にまとわりつく風や雨を無視し、数多にある冥界の門のひとつを目指して、山の上空にある積乱雲の中を突き進む。積乱雲の中は雷が地上に降り注ぐ。
ここはハイドランジアの大陸の端にある、人がたどり着く事は不可能な、標高の高い岩山の上だ。年を通して雷と雨が降り注ぐ。止む事はあれど晴れる事はない。
断続的だった雷が連続的になり、一定の距離を守って雷の柱を形成していく。
雨と風が止み、辺りは一面の光に包まれ、岩山の峠の崖っぷちに岩と赤鉄鉱でかたどられたおどろおどろしい門があった。
石灯籠ならぬ骨灯籠…、人骨や獣の骨で形成された灯籠が、門の先の暗闇に不気味な青白い光を灯し、奈落の底を導くように長い道を作っていた。
僕は門の前に立って、死神の鎌の特殊に装飾された柄尻の部分を鍵穴に差し込んだ。
第一の奈落の門はこれで開く。
万一にでも現世の人間が迷いこまないように、この門は冥界の死神達にしか開けられないようになっている。
耳障りな重い音をたて、人一人が入れる位の隙間しか開かない。とたんに黒い手が僕を襲ってくる。
飛び退いて鎌で一閃して消滅させる。
あれは、魂の浄化途中の怨念が集まった集合体のようなもの。
肉体を得る為に虫であれ獣であれ動けるものににみさかいなく憑依してくる。僕達死神にもね。
あれを放置したままにすれば現世に影響を及ぼす。
僕達案内人はさ迷える魂達を導くのは表向きであり、メインはあれの駆除だ。
あれがさ迷える魂達に寄生すれば力を増し、災害レベルの影響が現世に蔓延する。
怨霊と呼ばれるものがあの黒い手の正体。
ヘンリーは多分この事を知らない。
記憶を失っていて、何故かある程度の冥界の知識を理解している地縛霊のヘンリー。
初めてあった時から不思議な存在の地縛霊。
モノクロの世界から救ってくれた、親友。
だから、ヘンリーに降りかかる火の粉は僕が払う!
『邪魔、しないで!』
怨霊を凪ぎ払い、素早く奈落の門を締めれば自動的に鍵が掛かる。一息ついて前を向く。
奈落門を背後にし、崖に囲まれた広い空間に香炉を持った髑髏の像がランダムに何体も並んでいる先の道を迷うことなく進んだ。
崖や岩で囲まれた複雑にいりくんだ道を第二の門、地獄門を目指してただひたすら突き破るように通り抜ける。
死神の鎌に乗りながら下で歩いている亡者達を見下ろせば、僕から見ればのんびり歩いてるようにしか見えないけど、亡者からみれば複雑にいりくんだ迷路にしか見えていない。
冥界案内人が案内するのは第一の門、奈落門までだ。
第二の門、地獄門までの行き方を説明して、見送っておしまい。薄情と思われるかもしれないけど、死を迎えた亡者達は7日毎に十王の裁判を受けなければならない。
亡者達は7日間で生前との別れを告げる為の猶予期間だ。
人は死ねば魂は肉体のそばに7日間とどまるって言われてるけどね。正しくは魂の心の半分が肉体のそばにとどまり、もう半分がこの道を旅をするんだ。
死んで7日目に完全に魂が融合して三途の川を渡り泰広王が生前の殺生について調べ、14日目、初江王が生前の盗みについて、21日目、宋帝王が生前の不貞について調べる。28日目、五官王が生前に嘘をついてないか調べて、35日目、浄玻璃鏡に生前の罪状が写し出され閻魔大王が裁きを言い渡す。42日目、変成王が生まれ変わる条件を加えて、49日目の、泰山王が六道の世界の中から亡者の行く先を選ぶんだ。
この10人が十王だよ。
この複雑に別れた道は亡者達を迷わせる。
奈落門にあったあの複雑に並んだ香炉を持った髑髏は、煙で道しるべを作っているんだ、
悪人は奈落に、善人には険しい道を。
第一の門をくぐった時から十王の裁判はもう始まっているんだから。
たどり着く先は全部第二の地獄門につながっている。
死んだ人間、亡者は浄化が完了するまで生前の魂の肉体を持ったまま浄化される。
体の肉を削がれようが、胴体が真っ二つに別れようが、何度も再生され、痛みだけは消えない。
奈落は餓鬼が巣くう。餓鬼は閻魔大王様の裁きによって落とされた、一部の例外を覗き転生される事が出来ない亡者だ。
餓鬼に落とされ、閻魔大王の配下となる。
餓鬼といっても36種類いて、その36種類は3つのカテゴリーに分類される。
3つのカテゴリー、無財餓鬼は食べることが全くできない、飲食しようとするも炎などになり、常に貪欲に飢えている。唯一、施餓鬼供養されたものだけは食することができる。
少財餓鬼は膿、血などを食べる、ごく僅かな飲食だけができる餓鬼。人間の糞尿や嘔吐物、屍など、不浄なものを飲食することができる。
多財餓鬼、人の残した物や、人から施されたものを食べることができるが満たされる事はない。
それで36種類の餓鬼のひとつ、そうだなあ。伺便餓鬼は人々を騙して財産を奪ったり、村や町を襲、略奪した亡者は人や動物が排便したものしか食べれないから、伺便餓鬼は小財餓鬼に分類されるね。
善人の亡者達にはじっと見ているだけで襲わないけど、悪人は…想像できるよね…? 汚いもの見ちゃう気がするからやめておこうか。
まあ、今は餓鬼達にかまってられないから先に進もう。
迷路のように複雑に分岐された道のひとつ、第二の地獄門に繋がる道を迷う事なく進む。
何度か怨霊を凪ぎ払いつつ、数分で第二の門、地獄門に到着した。
第二の地獄門。高くて分厚い特殊な金属でできた門だ。何の装飾もされていない、いたってシンプルな門で、扉すらない。
門をくぐり抜ければ、目の前には川原があり、渡し船の船着き場と、対岸の畔には枯れた巨木、衣領樹がある。
人間が死んだ後に最初に出会う冥界の官吏、奪衣婆と懸衣翁が管理する、葬頭河、いわゆる三途川だ。
懸衣翁は奪衣婆と共に十王の配下で、奪衣婆が亡者から剥ぎ取った衣類を懸衣翁は衣領樹の枝にかけ、その枝の垂れ具合で亡者の生前の罪の重さを計る。
衣領樹に掛けた亡者の衣の重さにはその者の生前の業が現れ、その重さによって死後の処遇を決めるんだ。
罪の重い亡者は三途の川を渡る際、川の流れが速くて波が高く、深瀬になった場所を渡るよう定められているため、衣はずぶ濡れになって重くなり、衣をかけた衣領樹の枝が大きく垂れることで罪の深さが示される。また亡者が服を着ていない際は、懸衣翁は衣の代わりに亡者の生皮を剥ぎ取る。
奪衣婆の渡し船に乗るには冥銭、六道銭が6枚必要だ。この六道銭は魂が転生される時に刻まれる、わかり安く言えば、回数券みたいなものだ。
六道銭1枚1枚に意味があり、天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道。天から地獄へと消費され、嘘や殺し、窃盗等悪行を重ねるごとに1枚ずつ消えていく。
それでも足りない場合は、死んだ時に纏っていた衣服が消え、肉が削がれる。
六道銭を6枚持っている者は奪衣婆の六道銭を払うと、渡し船に乗る事ができる。足りなかった者や持っていない者は川を直接渡された上、衣服又は生皮を剥がされるという事だね。
死神の鎌に乗って懸衣翁と奪衣婆に軽く挨拶する。
三途の川の畔、賽の川原では小さな子どもの亡者達が父母を思い、石積をしては鬼に崩されている姿がみえた。この石積の浄化が済めば直ぐに生まれ変われる子達だ。
色とりどりの冥界の植物の草原をぬけ、更に先に進む。遠くに第三の門、冥界門が小さくみえてきた所でまた怨霊が襲ってきたので、払う。
何故か、今日はやたらと小さな怨霊が多い。
時折襲ってくる怨霊達を凪ぎ払いながらやっと第三の門、冥界門に着いた。
そして、違和感。
いつもはこの第三の冥界門は全開に開けられている。
それなのに今日は固く閉ざされ、冥界の門番ゴズとメズが立ちはだかっていた。
冥界で何かあったのかな。
冥界門の少し手前に降りたって、そこから歩いて行く。
門を開け通り抜けようとした時、ゴズとメズの器杖が僕の目の前に突き刺さる。
『待て』
人の体に牛の頭のミノタウロス、ゴズが、鬼棒を僕に突きつけ話しかけてきた。
『この鏡に手を当て、所属先と名前をなのりなさい』
続いて馬の頭のケンタウルス、メズが話しかけてくる。
門の先をみれば、人の体に鹿の頭アクタイオーンまでいる。
虎、猪まで…。
何で獄卒の司直、邏卒達が集まってるの?
『言わなくても、わかるでしょ? 毎日毎晩ここを通る時会ってるんだから。ゴズ、メズ』
探るように、僕は言った。
明らかにおかしい。
この冥界門は常に開かれている。死神の鎌に使われている素材を使用している為、ある程度の怨霊ならこの門が自動で払ってくれる。体が小さい倶生神達や獄卒獣は大きな扉なんて開けられないし、その子達用の扉を作ると怨霊が抜け出しやすくなる。
むしろこの門を閉ざす事はデメリットしかない気がする。閉ざしてしまえば冥界の中に浄化中の亡者達の苦しみの怨念が集まり怨霊が生まれる。
冥界にいる死神達すべてを集めても対処できる訳がない。
『それより怨霊が多いんだけど? ここに来るまで何度か凪ぎ払って来たんだけど、 何で門閉じてるの』
ゴズとメズは鬼棒を地面に突き刺し首を横に振った。怨霊の事はわからないらしい。
『統括長ハデス様の指示だプイ。我々も詳しい事は知らんプイ』
猪人間カリュドーンが答えてくれた。
『各地に散らばった死神達を今呼んでおる』
虎の体に人の顔のマンティコアが続いて話す。
『今、統轄部が混乱している為、死神達の報告を簡略化するため協力をお願いしているのです』
メズが二枚の鏡を差し出しながらいう。
『混乱?』
『何でも、統轄部の現世を移す水鏡が大洪水らしいプイ。詳しい事はハデス様に聞くといいプイ』
なに、それ。前代未聞じゃないの?
『そういう訳なので、この鏡に手をかざしてください』
『その鏡…』
『真経津鏡です。表鏡に右手、裏鏡に左手をかざした後、所属と名前を申告してください』
『……本物ですか』
『本物だぞい』
冥界の宝物を管理している気難しいマンティコアが僕の言葉を真似して言うぐらいだから本物だよね。
真経津鏡───
またの名を真経津八尺鏡。
石凝姥が鋳造して二尊に捧げた、二枚一組の合わせ鏡──表鏡と裏鏡だ。
現世だと三種の神器のひとつ、八尺鏡。
他にも真澄鏡とか真十鏡とも言われている。一般的には真澄鏡は曇りのない澄んだ鏡、純粋って意味だけど、冥界においては意味も使い方も違う。
「表鏡」は人の身を写し、「裏鏡」は人の心を写す。
特に「裏鏡」は「人の目には見えない内面の真実を映す心を写す鏡」。
内面の真実を見ることで反省・改善の気持ちが起こるので、「曲りを直して人と成す鏡」。
なるほど。
この鏡を通して浄玻璃鏡に直に情報を送るって事か。
僕の規律違反もバレるって訳だね。
『僕は、閻魔大王様に直接ご報告したいんだけど? 大事にしたくない話しなんだよね』
『我らにも言えない位にか?』
ゴズの言葉に『うん』と答えた。
『仕方ありません。鏡はいいですから、所属と名前を申告してから通ってください』
会わせ鏡を閉じて、脇に避けるメズ。
『ありがとう、メズ。死神統轄所属、死神案内人、ブリード・マクスウェル』
『確認しましためえぇ』
アクタイオーンが書類に僕の名前にチェックを入れたのを見て僕は、分厚い門をくぐった。
その時、真経津鏡が激しく光を放ち僕に降り注いだ。
『なっ!?』
眩しくて目が開けられない。
しばらくして光が収まり、目のを開ければ鬼棒を突きつけられ
邏卒達に囲まれていた。
『ブリード・マクスウェル、冥界法律に違反したと確認された為、あなたを拘束します』
な、何で!?
『鏡はひとつだけとは限らんぞい』
マンティコア!?
門の上を尻尾で指している。見上げれば本物の真経津鏡の裏鏡が取り付けらていた。
『騙したの?』
『騙して等おらん。メズの持っているのも、本物じゃ。表鏡はな。裏鏡は違うかも知れんがの』
してやったりと、あざとく笑う邏卒達。
僕は彼らの策にはまってしまった。
くそ! ヘンリー!
調べながら執筆したためかなり遅くなりました。申し訳ありません。次回はアリエルさんの閑話になります。




