5.状況把握と理解
遅くなって申し訳ありません。
で、冒頭に戻る訳だが…。
うん、自分から首突っ込んだね! 半分(ここ重要)、自業自得ですな! とり憑いたのは不可抗力だけどね!!
はあ…。
ため息しか出ない。
公園は野犬がいるし、ミルクは貰えない。おまけに足も痛い。
踏んだり蹴ったりである。
気分変えよう…。
とぼとぼと、噴水の縁につかまり立ちする。(小さ過ぎて座れないもんで!)
噴水といっても高く広がるようなものではなく、湧水が吹き出している感じだ。
あー、涼しい~。夏の盛りが過ぎても、この時間帯はまだ暑いね。顔、洗おうかな。
つかまり立ちしながら手を伸ばすが微妙に届かない。
キョロキョロと周り見渡すとスロープがあった。それぞれ四ヵ所。
上から見ると三重の円で、中心が吹き出る水、その下がタイル煉瓦で4つに区切られ、飲料用、野菜用、洗濯用、手洗い用と、文字と絵が大きく彫られている。それぞれ一ヶ所ずつある穴は更に外側の円に流し、上に板を被せて足場にして、排水した水はそのまま用水路に流しているみたいだな。
どうやら、この噴水は住民達共同の生活用水になっているようだ。
手洗い場の所でつかまり立ちして手を伸ばす。今度はちゃんと手が届いた。胸位の高さだから頭から落ちないようにしないとな。片手を縁にかけパシャパシャと水を叩くと結構冷たい。
顔洗おう。
水を掬おうと何気に水面をみると、頭から血を流した人間がいた。
思わず手を引っ込める。
そーっと、もう一度水面をみる。
やはり、頭から血を流した…、って俺じゃねーかよっ!?
原因は、これかああっ!?
そりゃあ、あちこち泥だらけで、しかも頭から血を流した赤ん坊がミルクちょうだいって言ってたら、ホラー過ぎるわっ!
浮遊霊達がやたら頭撫でてたのもコレだね。
妙に納得しちゃったよ!!
はあ。
多分、野犬に襲われ時に怪我したんだよな。
とりあえず傷を洗おう。頭の怪我洗わんと。
抵抗力が弱い赤ん坊には小さな傷でも油断できないもんな。
短い手でパシャパシャと顔と頭をなんとか洗って、もう一度水面を見る。
大分マシになったな。頭びしょびしょだけど。
この体だと、結構な重労働なのか喉が渇いた。
つかまり立ちしながら飲料用の所まで行き、水を掬って口に含む。
ミルクじゃなくて悪いな、赤ん坊よ。ちょっとだけ水で我慢してくれ。
もう一度水を掬おうと手を伸ばした時、
「危ないっ!」
ヒョイ、と抱き上げられた。
鳩が豆鉄砲食らった目で抱き上げた人物を見れば、教会の聖歌隊のうちの一人みたいだ。少し離れた所に同じローブを着た子供達が固まっている。
「シスター! 赤ちゃんいるよー!」
ぶらーんと、犬猫でも捕まえたような形で抱えたまま、俺は聖歌隊の子供達の中心に連行されて行く。
「まあ、キャシー! 赤ん坊をそのように抱えてはなりません!」
あわててシスターが俺を抱き上げた。
ちゃんと首を押さえて横抱きにしてだ。あったかいわー。
頭と手が濡れてるのが申し訳ない。
「ごめんなさーいシスター。この子ね、噴水に落ちそうだったのー!」
まあ、端からみたら危なっかしかったのはわかる。
「まあ…そうでしたの? 良くこの子を助けてくれましたね、キャシー。神様はあなたに感謝しておいでですよ?」
「えへへ」
頭を撫でられ嬉しそうだな。
その後、シスターと年長組の子供達はいくつかのグループに別れ、バザーに来ているお客さん達に声をかける。
「この子のご家族は近くにいらっしゃいますか?」
「赤ちゃんのお母さんいないー?」
お客さん達に声をかけてくれるが、当然いるわけない。この赤ん坊は捨てられたのだ。
申し訳ないと思うが、話す訳にもいかない。
この赤ん坊にミルクは欲しいが、教会に見つけて貰えたからなんとかなるだろう、と我慢する。
「次はぼくー!!」
「ずるーいっ」
年長組の子供達とシスター達が母親探しをしている間、俺の目は死んでいた。
年少組の子供達に次から次へとヘビロテ抱っこである。
嫌がるそぶりをさりげなくしても、3、4歳の子供には通じないらしい。
大泣きすれば違うのかもしれないが、なんだろう…こう…。中身は俺だから、羞恥心とかそういうのが勝るというか…。
結果、死んだ魚の目でなすがままされているという。
子供の力加減がない、ほっぺたツンツン攻撃や頭ナデナデ攻撃も、お手てニギニギ攻撃も耐えろ、耐えるんだ!
「こらこら、そんなにグリグリしたら赤ちゃん泣いてしまうよ?」
そんな俺に、救世主が現れました。
服装からしてかなり裕福な家の出だと思われる。
カフスとかタイピン、金じゃね?
シャツとかシルクだし、スーツも高そうだぞ。
おふ、街灯ランプの逆光で顔が見えん。
「おじさん誰~?」
「私かい? 教会に寄付をしている者だよ。それより、その赤ん坊を抱っこさせて貰えないかな?」
名乗らねーのかい!
「いいよ~!」
いいよじゃないだろうが!
知らない人とお話しちゃダメって習わなかったのかな!?
内心、突っ込みをいれているがあれよあれよという間に、ダンディー紳士に俺はドナドナされる。
「ふむ…、首は据わってない感じだし、歯は…生えてないね。目は…充血してないから今の所は脳にダメージ無し…」
突然口に指を突っ込まれ、いきなり健康診断してきおりました。
「おや、頭に怪我をしているね。何かにぶつけたのかな?」
色々と触診して何かに気付いたらしい。
「お腹に何入れてるのかな~?」
お腹…。
お腹には…、ポストカードが入っております。
ヤバい!
服をたくしあげようと伸ばされた手をおもいっきり手をバタバタさせて暴れる。
「わっ! 急にどうしたの!?」
今までおとなしくしていた俺が、急に暴れだしたのに驚いたのか、落とさないように力をいれて胸に抱っこして、それでも暴れる俺に背中をトントンと優しく叩き、軽く揺すってなだめようとする。
「おじさん、赤ちゃんイヤイヤしてるよ~?」
「赤ちゃんいじめちゃダメー!」
子供達に指摘され、ダンディー紳士は苦笑いして子供達に俺を返した。
ヘビロテ抱っこ再び。
しかもやたらとほっぺたをプニプニプスプス突っつく。
抗議の意味をかねてほっぺたを膨らますと、膨らませた先から口からぷふぅっと空気が抜ける。それが面白かったのか、何度もしつこくやってくるのだ。
「~っいい加減にするでちゅっ!」
一瞬の静けさ。
「あ」
やっちまった。
つい、キレて声に出してしまった。
「赤ちゃんがおしゃべりしたあっ!?」
「もっとお話~!」
年少組の騒ぎに気付いたのか母親探しをしてくれていたシスターと年長組も加わり、色々とカオスな状況になってしまった。
シスター達の宥める声と、子供達の統制がとれてない行動で
もみくちゃにされている俺。
騒ぎに気付いた野次馬達が集まってくると、あちこちで聞こえ始めるカシャカシャという音とまぶしい光。
「おい! 赤ん坊が流暢に話すらしいぞ!? 」
「撮れ!撮れ!」
たまたま取材に来ていた新聞記者だろうか、遠慮なくたかれるシャッター音に俺は青ざめた。
写真はアカンって!
心霊写真映ったらどうすんだ!?
必死に暴れて地面に降りると、ごちゃごちゃしている人混みの足の隙間を掻い潜って、この場所を脱出する。
物陰に隠れて、様子を見ればますます騒ぎになって俺を探している様子だった。
ついには警備隊まで介入するまでに至ってしまったようだ。
この隙に離れないと!
細くいりくんだ道をあちこち曲がって中心地区から離れる。
やがて細い路地がなくなり、幅の広い路地を壁づたいに歩いていき…。
そして迷子になりました。
ガス灯の灯りで明るさには事欠かないが、周囲を見渡しても、広い道しかない。実際には建物が見えるが、この体が小さ過ぎて屋根しか見えないし…。
道の広さと遠くに見える丸い建物から予測して北のノルデン地区だと思われるが確信は持てない。
浮遊霊に道を聞こうとするが、プライドの高い霊が多くて話しかけてもスルーである。
仕方なく、しばらく壁づたいに歩いていると、金色の紅葉の葉が散りばめられた二重フェンスに変わった。
フェンス越しに中を見れば、白い玉石がしかれ梅や桜、紅葉に松など外の大陸からきた植物で整えられ、水辺には岩に生えている苔とか菖蒲とか、水に浮かんで咲いてる睡蓮まである。
竹もあるみたいだが、そこだけ石垣が組まれ隔離されている。
デカイ石が地面の中まで埋まっていることからかなりの深さだよな…。なんでだ?。
そのまま歩いていくと建物が見えてきた。ハイドランジアでは見ない木造建築だ。煉瓦も所々使われている外壁が木目調でなんだか和む。
ここは、この家の門だろうか?
はあ…。
なんだか疲れた。公園からほぼ歩きっぱなしだったからな。
結局飲んだのは水だけだったし…。
フェンスに背中を預けて座り込むと、急に眠気が襲ってきた。
少しだけ、休もう…。
そうして、俺は意識を手放したのだった。
閻魔様、出せなかった…。