状況整理 4
前話でブリードさんがヘンリー君をシェイキングしている所を追加補正しました。赤ん坊にとっては死んでしまう危険な行為の為、揺さぶられっ子症候群について追記してます。
ブリードが条例違反をしてまで、報告に行ってくれた。
何かしらの罰則が与えられるのは確実だ。
無事でいて欲しい。
俺は俺で今の自分に出来る事をしないといけない。
この赤ん坊が入っていたバスケットを調べてみる。
小さなブランケットに、ポストカード。これだけ?
ブランケットは黄色い無地のふかふかのタオル生地素材だ。よく見てみると隅に小さく"L"の文字の刺繍が刺されている。何かのイニシャルだろうか?
ポストカードもよくみてみる。
精密に描かれたハイドランジアの時計塔。
様々な顔料の絵の具があるのに、セピア色1色。
手紙にでも使われるような、ペンで書いたような線の細さ。
紙の材質はかなりいいものとみられる。厚めでペン先で引っ掛かった箇所がない。
気になるのはカードの断面。定規をあててポストカードのサイズに切り取ったのだろうか?
全ての側面がバサバサだった。これはこれで中々味があるが、元々の紙の大きさはわからない。だが、かなりの大きさから切り取らないとこうはならないだろう。
多分だが、絵を描いた紙を切り取ったんだと思う。
ほかは何もなしか。バスケットもひっくり返してみたが、なにもなさそうだ。
完全に、手詰まりである。
手掛かりって言ってもわからん、"L"が何か解れば違うのかもしれない。
次に行こう。
この体でどこまで動けるか検証してみる。
さっき色々(ブリードに)やられたおかげなのか、大分この体に慣れてきた。
重心の取れない頭も安定してきてるし、しっかり立って歩く事も出来る。バスケットとか色々ひっくり返したり出来た事から、それなりの握力もあるみたいだ。
視力も俺と繋がりがあるからか、バッチリ見える。
聴力もそれなりに聞こえる。
成る程。
肉体は赤ん坊だから体力や筋力はそれなり、視覚や聴覚とかの感覚的なものは俺に引っ張られている。赤ん坊だからこそ脳の働きも活発だから、適応しやすいって事か?
まあ、いいや。
動けるならそれに越したことはないし。
はっはっはっ、クンクンクン。
……なんか、首筋に生暖かい風がする。
──って、そこの犬の動物霊! 赤ん坊とはいえ人の尻を嗅ぐんじゃない!!
あっちに行ってなさい!
頭を掴み回れ右させる。
もふもふー。感触がやけにリアルだな。
「ガルルルルル……!」
それにあったかいわー。
ところで犬の動物霊、なんで鼻先にシワ寄せてるのかな? まあ、立派は犬歯をお持ちですね。素敵です。
「ガウっ!」
「おぎゃっ!?」
とっさに転がって、さっきひっくり返したバスケットでガードする。バスケットの持ち手が犬の前足に引っ掛かかった。そのまま頭から被せその場から逃げる。
顔馴染みの浮遊霊が、ラップ現象で金網のゴミ箱をひっくり返し、犬に被せてくれた。
「ありがとうでちゅ!」
浮遊霊にお礼を言うと、頭を撫でられた。解せん。
まだ犬は唸って頭のバスケットを外そうとして暴れている。
その間にブランケットを茂みに隠し、ポストカードはベビー服のお腹部分に入れてその場から離れる。後でブランケット取りに戻らないと。赤ん坊の体じゃ持てん。
ポテポテとたどたどしい足で紫陽花公園高台の出入口に向かう。
ブリードには悪いがここから離れないと。
まさかリアルな野犬とは。気を引き締めないといけない。
それにかなりの危険性にも気づいてしまった。
同じ霊体同士なら幽霊か生者かの認識は出来ていた。しかし憑依してしまったら、その辺りの感覚は鈍くなるみたいだ。全部実体とかわりなく認識される。
さすがに浮かんでたり、体の一部が透けたりしてるのは解るが。ちなみに体の一部、例えば手とか足が透けたりってのはその部分を失っている者だけだ。
昔話で、幽霊かどうかは足を見ろっていうが実際は違う。幽霊は死んだ時の状態のまま、留まる。バラバラに切られても記憶が宿る場所に霊は産まれる。手だけ、足だけ動くってのはよほど強い念、怨み辛み、後悔があるって事だ。記憶は脳に宿る。頭だけでは祟れない。それなら記憶を、使い勝手がいい手に移してしまえって事だ。そうした霊は、自制とか理性がぶっ飛んでるから、大抵は無差別で引き摺りこんで祟る事が多い。
とにかく、この辺りも考えないといけない。
ただでさえ歯も生えてない赤ん坊がしゃべって、歩くだけでも大事なのに。
………。
さて、高台の出入口まで来たはいいが、憑依した地縛霊の俺って、ここから出ても大丈夫なのだろうか?
俺、今までここから出れたためしがないのだが…。
いや、地縛霊だから仕方ないんだけどさ。
首に縄を掛けられて、締め付けられるように引っ張られる感じというか、鎖に繋がれてるというか…、とにかく重苦しいんだよな。
でも、出れなかったら野犬のエサだし…?
ええいままよ!
ぎゅっと目を閉じ、拳を握りしめ意をを決して足を一歩踏み出す。
ゆっくり、ゆっくり。
……予想に反して、すんなり出れたよ。しかも苦しくない。
肝試しに来た馬鹿どもに憑依した時は、こっちが逆に追い出されたからなあ。地縛霊の再現現象だって俺の場合、自分自身の記憶がないから起こる訳ないし。
出られるなら問題ないや。
上空からみていた事もあって大体の地図は頭に入ってる。さすがに細かい路地とかまでは解らないが、知っているのと知らないのとの差はデカイ。
とりあえず、芝生が生えているエリアに行く。
今の俺はベビー服と赤ん坊用の靴下だけだ。……オムツもだけど。
裸足に近いから歩くとダイレクトに痛い。芝草をちぎって靴下の中にいれれば、砂利を直に踏むよりは多少はマシになると思う。
お、着いた。
芝生の上に座り、靴下を脱ごうとするが結構力がいる。
若干プルプルしながら片方を脱いだら勢いがついて、後ろに転がってしまった。なんだか情けない。
なんとか両足の靴下に芝草をちぎって入れて、四苦八苦しながら靴下をはく。
そしてこの間に、子供好きの浮遊霊に頭を撫でられたり、抱っこされたりで、しかもそれを目撃した奴等が顔を青ざめて逃げて行くという。
そりゃ、端からみたら赤ん坊だけ浮いてるみたいに見えるもんな。そりゃあ怖いわな。
ワオ! 水子の霊(子供)たちも集まってきたよ…。
カオスだ。幽霊幼稚園か。
きゅるきゅるきゅる……。
お腹が鳴った。どうやらこの体はミルクをご所望である。
今まで幽霊だった俺は久しくこの感覚を忘れていた。
本来赤ちゃんって3~4時間置きにミルクが必要だったはずだ。
それを考えるとこの赤ん坊かお腹が空くのは当たり前か。
当たりを見回すが、誰もいない。
いつもならこの時間帯は、反対側の地区に通り抜けできるからまだ人がいるんだけどな。このカオスな幽霊幼稚園化した場所に、第六感みたいなのが働いたのだろう。
仕方ない。ミルクをくれそうな人を探すしかないか。
公園の芝生エリアを出て、教会方面に行く事にした。教会なら孤児達を預かっているし、ミルクもくれるだろう。
但し、そこに行くには人の通りが多い場所を通らなきゃならない。治安警備施設がある境地区に行くにしても、人通りが多い場所は避けられないが…。
今いる紫陽花公園は、西のヴェステン地区と北のノルデン地区の間にある。
ヴェステン地区は、カジノとか娯楽施設があるから人も多いが、ガラの悪いやつも多いから却下だな。ノルデン地区もブリードがここで見失ったと言ってたし、捨てた赤ん坊が追ってきたなんていくら母親でもホラーでしかない。ここも却下。
やっぱり中心街か。教会もあるし途中で治安警備施設もある。
そう考えながら時計塔を目印に歩きだす。
なるべく目立たないように歩いてるがなぜか人と会わない。
大人の足で10分で着く距離でも、赤ん坊の足だと3倍以上かかる。休憩を挟みながら歩いていると、子供を残して亡くなった浮遊霊たちがよって来た。
どうやら、さっき俺が野犬に襲われた事を知って、人がいる所まで守ってくれるらしい。
人がいないのは今、教会でチャリティーバザーと孤児達による、聖歌隊のコンサートをやっているのだそうだ。
小規模だが、屋台も並んでいるので家族連れの人達も集まる。
年に4回、シーズン毎におよそ3日間開催される。
ちょうどその日に重なったようだ。
幸先がいい。
家族連れが多いなら、俺がいても違和感ないだろう。
浮遊霊を護衛につけ教会に向かう。途中で治安警備施設の前を通ったが、教会のバザーの交通警備に駆り出されているのか、ほとんど出払っているみたいだな。
しばらく歩いていくと、ざわめきと歌声が聞こえてきた。やっと教会についたらしい。
護衛してれた浮遊霊にお礼を言って別れる。
またしても、頭を撫でられた。解せん。
気を取り直して、声をかけられそうな赤ん坊を抱いている母親を探す。
あ、いた。背中におぶってあやしている20代くらいの母親に声をかける。
「あの、すみまちぇん」
「はい? あら……?」
俺の声に気がついてはくれたが、辺りをキョロキョロする。
小さ過ぎて俺の姿に気づいてないようだ。
「した、下でちゅ!」
必死にピョコピョコ跳ねてアピールする。
「下…? ……ひっ!?」
何故か、後退りする女。
「あの、ミルクくだちゃい」
「っひぃぃっ!?」
悲鳴をあげて逃げてく女。
「………。」
呆然と見つめる俺。
そして、女は人にぶつかりながらも逃げていくという。
なんで?
まあ、いいや。
気を取り直して別の母親に、声をかける。
「っ……ひぃっ、どうかマリア様! お守り下さいませっ…!?」
そして、また逃げていく。
「………。」
その後何度か声をかけるが、結果は惨敗。
何故だぁっ!? 何故なんじゃあっ!?
状況整理編はここまで。次回から話が動き出します。
閻魔大王様がうっすら関わってきます。
GW中は実家に帰省する為更新は出来ないかもです。