「ウサ耳っ娘が登場の第2話でも、トーヤはやっぱり不憫」(3)
——裂空斬!
空間そのものを斬り裂く斬撃が、勇者ブレイドによる光の斬撃を打ち消した。
それは私の膝の上で絶命している少年の身体から、強い意思とともに放たれた魔王の技。
そして、その唇が微かに動く。
「……り……〈復活〉……」
トーヤの身体の内側から、闇が吹き出した。
身食いするかのように、闇が少年の身体を飲み込んでいく。
その様子を見て、メフィストは泡を食って後ずさった。
「遅かったかっ……ブレイド下がれ、我を守れ!」
光の勇者クンも飛び下がって、メフィストの前に立つ。
あの木っ端悪魔。レベル5000って言っても精神操作系とかそっち方面に特化してるから、ステータス異常にならない私ら相手だと、手下の力を借りざるを得ないってわけだね。
(な、なに!? いったい何が起こってるの!?)
あー、ラビちゃんごめん。ちょっと静かにしててね。
(く、クレアさん!?)
そだよー。
少し我慢してね、私がこの体から出ていったら、いろいろマズいことになるからさっ。
「く……あのクソ女、防御魔法の手を抜きやがったな」
ひどい言い草、まあ事実だけど。
「無事か、ラビ」
闇のオーラの中から、大人の姿になったトーヤ・レイグラントが現れていた。
「へ? は、はい……」
「どうしてお前が、俺のレベルを戻せたんだ?」
「ど、どうしてって言われても、あの、何がなんだか……」
ふふふっ。
私のしおらしい名演技で、まったく気づいてない気づいてない。
どうしてって、あたしが私だからだよー。
(きゃあああ! 誰!? 誰なのこの人!?)
ラビがめっちゃ焦ってる。
誰ってトーヤに決まってるでしょ。
トーヤ・レイグラント第二形態。
レベルは3257で、まだまだ本来の力には程遠いけどねっ。
「お、おおお主、本当にっ? 本当に魔王レイグラントだったのか!?」
悪魔メフィストが狼狽して叫ぶ。
トーヤは不機嫌そうに舌打ちした。
「ちっ。この程度の力で魔王と認識されるとは、心外だな」
「ぬ……ク、クハハ。なんだ、その程度のレベルか」
あ、トーヤってば〈分析〉されてる。
私の防御魔法は破られてるからね。
ププ、ダサ可愛い。
「ククク……これはチャンスだ」
分析を終えたメフィストは、勝ちの目があると踏んだようで笑う。
「レイグラントを手駒に出来れば、この我メフィスト・フェレスの名は八界に轟くだろう!」
そして歓喜の声を上げ、魂を呪縛する得意の精神魔法を放ってきた!
「その魂、我に捧げよ! 〈デモンズ・ソウル・ウォッシュメント〉!!」
「冗談じゃねえ。テメエみてえな小物に捧げるくらいならっ……」
普通ならマナを吸い尽くされる悪魔の結界内で、トーヤは膨大な魔力に飽かせて強引に魔法術式を発動させる。
「あの竜のクソ女に捧げる方が、万倍マシなんだよ! 〈マテリアル・ダークネス・ブロウ〉!!」
え、マジで。
なら早く捧げてよっ!
早く早く今すぐ!!
「な、なにっ!? ぐううっ!」
そんな低級魔法が、私のトーヤに通じるかー!!
(す、すごい……闇の魔力を物資化レベルまで凝縮して、レベルで上回るメフィストの魔法を跳ね飛ばした……!)
思わず興奮していた私に代わって、解説を引き受けるラビちゃん。
私を通して見てるから、トーヤの大魔法も理解できるんだね。
(かっこいい……)
あげないからね!?
トーヤに手を出したら、ドラゴンホテルの全勢力をもってこの世界ごと滅ぼすからね!
「ぐぬぬっ……我より低レベルで、そのステータスで何故これ程の力が!」
あ、地下空間が大きく抉れて、上の城が崩壊してきた。
「ならばっ!」
メフィストはあっさり王の体を捨てて、光の勇者クンの身体に入り込む。
「ぐああっ!?」
苦痛の声を上げる勇者。
(ブレイドッ!? お願いクレアさん、ブレイドを助けて!)
ああ、あれはもう駄目だね。
勇者クンの魂はズタズタだ。自我なんかとっくに無い、もう助からない。
(そんなっ……)
これは戦いに敗れた者の宿命だよ。
私たち調停者は、すべての生命を救うわけじゃない。
多くの異世界からその個性が、多様性が失われれば、行き着く先は全ての世界の崩壊。
そうならないように異世界同士の干渉を制限し、侵略や戦争があっても最低限は生き延びさせようってだけだ。
だから、自分たちの生命は自分たちで守って。
過干渉をしてしまえば、それもまた世界の多様性を失わせる侵略行為と同じ。
だから調停者の実力行使は厳しく制限されているんだ。
私は崩壊していく王城に巻き込まれて死んでいく、悪魔に支配されただけの人族たちを見上げる。
助けてあげなくてごめんね、なんて思わない。
敗れた君たちが悪いんだから。
「……クハハハハッ! これで完全に、我は勇者ブレイドと一体化した! レベル1000の状態でも、この勇者は竜の加護を破ったのだ。レベル5000であれば魔王レイグラント、お主など敵ではない!」
光の勇者と一体化した異世界の悪魔メフィスト・フェレスが、剣を構えニイッと嗤う。
「魔王は勇者に倒されるが運命! さあおとなしく、我の駒となるがいい!」
「チッ、めんどくせえ……ラビ!」
トーヤは私を抱きかかえると、落下してくる崩壊した城の瓦礫を躱しながら、空中跳躍で一気に空まで駆け上がった。
わぁい! 抱っこだ!
「な、なな、なんですか!?」
中身が私だってバレたら絶対に蹴り落とされるから、ラビちゃんの真似をして精一杯に慌ててみせる。
「お前がドラゴンホテルに来た時、ゲートを使っただろう?」
「はい、古代の転移遺跡を……」
「その場所へ案内しろ!」
「は、はい! あっちです!」
私が指さした方角に向けて、トーヤは空中を駆けだした。
「逃げ帰る気か? そうはさせぬ!」
メフィストIN勇者クンが、光輝く翼を生やして追いかけてきた。
逃げる闇の魔王に、追う光の勇者。
うーん、正しい。
「——ここです! この真下の遺跡です!」
音を超える速さで空を駆けたトーヤは、一瞬で目的地に辿り着いた。
ほとんど同時に、勇者ブレイドが追いつく。
「逃がさん!」
「誰が逃げるか! ……来い、相棒!!」
ああそうか。
起動していないとはいえ、転移ゲートがある場所。
ここなら、アレが呼びやすいよね。
トーヤの魔力の込もった声が響く。
「魔剣シュバルツェンレイカー!!」
ドシュンッ!!
真下から閃光の如きスピードで飛来した漆黒の刃が、トーヤが差し出した掌に収まった。
「なっ……その剣は!?」
「おいお前、そのザコ勇者が竜の加護を破ったと喜んでいたな? クズ悪魔の脳内はお花畑か」
魔剣が持ち主の魔力を吸収し、そして増幅させる。
生意気なことにあの魔剣、軽く二、三倍はトーヤの力を跳ね上げるんだよね。
「あの遊びたいだけの性悪女が、完璧な加護なんか俺に渡すわきゃねーだろうが!」
つまり今のトーヤの剣撃は、レベルでこの場にいる何者をも上回るんだ!
いっけえトーヤ!
「くっ、くっそがぁぁ!」
異常な力の気配を察したメフィストは、勇者の身体で悲鳴のように叫ぶ。
「倒れろぉォォ、魔王ォォ! 烈光斬!!」
「裂空斬!」
勇者の光の剣閃は儚い雪のように蹴散らされ、空を裂く斬撃がブレイドの身体を両断し、消滅させた。
(馬鹿なはぁあっ!?)
直前でぬるりと、悪魔メフィストのアストラル・ボディが抜け出した。
よし今だ、ラビちゃんに交代!
ええっ!? クレアさん?
(ラビちゃん、この世界の敵はこの世界の者が倒すんだよっ! ほら、トーヤが言ってたでしょ?)
……42回、ぶん殴る!!
「——いくぞぉッ!」
あたしは吠えて、宙を駆け出した。
なんで覚醒したトーヤ君みたいに空中を駆けることができるのか、今は考えない。
(なっ……ウサギ女だと!? なんだその力は!?)
気持ち悪い精神波で悪魔が怯えるけど、一切の容赦はしない!
「聖撃拳!!」
(グハァッ!)
まずは一発!
そして!
「聖爆蹴!!」
(ゲボォッ!)
さらに!
「聖撃乱舞!!」
(ゴフゥ! グギャア! や、やめ……〈デモンズ・ソウル・ウォッシュメント〉! ……効かないガフゥ!?)
身体が軽い!
なのに力が溢れてくる、燃えてるみたいだ!
これがドラゴンホテルの力なの!?
すごい、いける、今のあたしなら、レベル5000の悪魔も滅ぼせる!
(待、待っ……)
「待てぇ! やめろラビ! それは俺の獲物だ、俺の経験値——」
「ブレイドと! 死んでしまったこの世界の人々の仇だ! お前は必ずあたしが討つ!!」
「——ずりぃっ!」
誰かの声が聞こえた気がしたけど、今は目の前の悪魔を倒すことに集中する!
「聖爆乱撃無双兎舞ァァァァ!!」
(グギャアアアアアアアアアアアア!! バカナ、コンナハズデハァァァ!!)
悪魔のアストラル・ボディが砕け散っていく。
「とどめぇっ!!」
(ギャアアアッ……ド……ドラゴンホテルニ……サカラッタノ……ガ……ア、アヤアリ……ダッ……)
パァァン……
そして最後の一撃が、その核を確かに破壊した。
やった……!
「俺の経験値ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
ものすごく悲痛な叫び声が、空に響き渡った。
***
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「過ぎたことは、仕方ねえけどよ……」
魔王トーヤ・レイグラントの獲物を横取りしてしまったあたしは、額を地面に擦りつけんばかりに頭を下げて、謝罪していた。
トーヤ君……もう君付けで呼んだら駄目だよね。トーヤさんは苦虫を噛み潰したような顔で、魔剣シュバルツェンレイカーを手に頭を掻いている。
「嬢ちゃんっ! なんも気にするこたぁねーよっ!」
「え!?」
何なに? 今の誰の声!?
トーヤさんでも、あたしの中のクレアさんの声でもないよね!?
「確かに坊主が昔の力を取り戻す、絶好の機会だったけどよ! でもこの甘ちゃん魔王は、勝手に嬢ちゃんに仇を譲ったんだ! ふんぞり返って受け取って、ありがとうのチューでもしときゃあ、それでオッケーオッケーだって!」
「黙れこのクソ相棒が!」
唐突にトーヤさんが、魔剣を地面に叩きつけた。
そして。
「折れろ砕けろこの駄剣ッ! 〈マテリアル・ダークネス・ランス〉!!」
「効っかねーよーっ、レベル3000ちょいちょいの坊主の魔法なんざぁなぁ!」
魔王が放った闇魔法を、喋る魔剣がバリアみたいなので弾き返した。
「ぎゃはは、せっかくこのオレ様が呼ばれたんだから、坊主。昔みてえにおめえの本心、代弁してやるぜぇ!」
「やめろこのオンボロ剣! 異空間の果てに帰りやがれ!」
「本心……?」
首を傾げるあたしに、魔剣が空中に浮かび上がってぐいっと迫ってきた。
「きゃっ」
「この激アマ魔王の坊主はなあっ、嬢ちゃんの仲間だった勇者クンを消し飛ばしちまって、そりゃあもう悪いって、ゴメンって思ってんだよっ! 笑えるだろぉ?」
えっ……?
あたしは思わず、トーヤさんの顔をマジマジとみてしまう。
「だっ……黙れ! 馬鹿か! 俺は八界の魔王レイグラントだぞ!」
トーヤさんは闇魔法や素手で斬撃を繰り出しているけど、ちっともシュバルツェンレイカーには堪えてないみたいだ。
「ははっ! だから坊主は、やろうと思えば嬢ちゃんより先に手を出せたものを、罪悪感で仇を譲ったんだっ! なあそうだろ? 坊主ぅ!」
「ちっ……違うピョン! 絶対違うピョン!!」
……。
「……」
語尾とウサ耳ポーズに加えて、今度は中腰でのウサギ飛びが加わった。
ぶっちゃけ、超可愛い。
顔が真っ赤になるトーヤ君。
うん、もうトーヤ君でいいや。
魔剣シュバルツェンレイカーが、ブルブルと震え始めた。
「……ぎゃあっはっはっはっは! なんだ坊主! あのトカゲ姫に嘘つくとバレる呪い掛けられてんのか! ぎゃははははは!」
「黙れぇぇぇぇぇぇ! 〈ダークネス・アルティメット・ノヴァ〉!!」
「ぎゃはははははは!」
世界が崩壊しそうな大魔法が繰り広げられてるけど。
それよりも。
トーヤ君、キミは……
(あげないからね!?)
頭の中に声が響く!
同時に身体が勝手に動く! わああ!
「ススストップして下さぁい!」
「うげっ!?」
「ラビ!?」
あたしは素手でシュバルツェンレイカーの刀身を掴む! そして!
「異次元に帰って下さぁぁい!」
こじ開けた転移ゲートに向かってぶん投げた!
「テメエぇぇ、トカゲ姫ぇぇ、覚えてろよぉぉぉぉぉぉぉっ……」
そしてシュバルツェンレイカーさんは、捨て台詞を残して果てへと消えた。
「……まさ、かっ……」
そんなあたしを見て、トーヤ君は後ずさる。
「あの、違うんですトーヤ君、これは違うんです……」
「分かってる! ……ラビ、頑張れ。クソ女の支配に負けるんじゃない!」
「む、無理ですぅ……!」
あたしは魔王レイグラントに襲いかかった。
両手首を掴まえて、そのまま地面に押し倒す!
「や、やめろおお!」
「ごめんなさい! ごめんなさいトーヤ君!!」
そして、嫌がるトーヤ君に胸を押し当て動きを封じ、唇に唇を押しつけた。
「んんんっ!」
「むっ……んんっ!」
そして、そのまま貪るようなキスで、あたしは彼からレベルを吸い上げた。
***
「さあ、すぐに次の任務だよぉ」
「ふざけんな! 返せ俺のレベル!」
「まあまあ、次は私の本体も一緒に行くから、よろしくねっ」
「このっ……おい、あのふざけた呪いは解いたんだろうな!?」
「あとラビちゃん、これからはラビちゃんにもドラゴンホテル手伝ってもらうから、よろしくねっ」
「ええっ? あ、あたしが? なんでですか!?」
「無視するな答えろっ!」
「うん。なんかラビちゃんの魂、めっちゃ私と相性がいいみたい。偽装して竜の力使うのに便利だから、これからもよろしくねっ!」
「答えろよ! 呪いは解いたんだろうなぁ!!」
「ん? 次の任務の内容? それはねー」
「聞いてねえ!」
次回、ドラゴンホテルはついにあのケースに対応する。
といっても、よくあることなのだが。
「あのね、そう。またなんだよ。まーた地球の日本から転生してきた奴が、チートでハーレムで俺TUEEしてるんだ。迷惑なんだよねえ……」