「ウサ耳っ娘が登場の第2話でも、トーヤはやっぱり不憫」(2)
よーし、よしよし。
いったん落ち着こう、あたし。
状況としてはこうだよね。
隣にある人族の王国が、急に世界征服を始めた。
王様が異世界の悪魔に乗っ取られ、王国軍が魔物混じりで超強くなった。
「これは無理」って兎人族のあたしの国は、ドラゴンホテルに助けを求める。
全国民の魔力を消費して、諸事情であたしが代表で転移して救援依頼に行った。
それで、連れ帰ったのがレベル3の人族の子ども。
その上戻った場所は、敵のラスボスの目の前。
あたし知ってるこの状況。
「詰んだ」っていうんだよね。
……。
誰か助けてぇぇえええ!!
「ったくあのクソ女……ねえウサギ女」
「ラビです! 君、人の名前を笑っておいてヒドくない!?」
もうパニックになってるあたしは、どうでもいい事に絶叫する。
けどトーヤ君の方は、意外にも冷静だった。
「ラビ。あれが異世界の悪魔に乗っ取られた王様?」
彼の視線の先に、それがいた。
「『あれ』とはなんだ!」
「貴様、王に向かって……!」
「ひっ捕らえろ! いや殺せ!」
騒ぎ立てる周囲の大臣たちと、向かってこようとする衛兵たち。
「待て」
彼らを制すると、それは不敵に笑った。
「乗っ取られたとは不敬だな。我は正真正銘、この国の王ラードン・バルザム十八世なるぞ」
血よりも紅い禍々しいオーラを放ちながら、いけしゃあしゃあとそれはのたまった。
兎人族の女王は、古き秘術で取り付いた悪魔の正体を看破している。
悪魔の名はメフィスト・フェレス。
そのレベルは、5000を超えると思われた。
この世界で最強と言われる、人族の神が鍛えた勇者でレベル1000程度。
ちなみに勇者は先日戦いを挑んで、瞬殺された。
あたしはそれを目の前で見ていたんだ。
「嘘つけ。今の僕にだって、お前の異様さはビンビン来るよ。異界の悪魔、すぐにこの世界から去るか、僕の剣の錆になるか、選べ」
トーヤが剣を抜いて、メフィストに告げる。
なんで強気!?
あまりにレベル差があり過ぎて、敵の強さを理解できないの!?
「ふ……ふははははは」
王は笑う。
「怖い怖い。我が結界を抜いてこの場に転移してきた以上、お主らは只者ではないな。……いいだろう」
王はパチンと指を鳴らした。
あたしとトーヤが立っている床が消失する。
ええ!?
「絶対の牢獄の奥底に捉え、その身体と精神そして魂、分解してじっくり調べ上げてやろう。もしや、噂に聞く調停者かも知れぬしな」
「うわぁああっ!」
「……っく!」
落下するトーヤとあたし。
まずい。この高さ、あたしはともかくトーヤは死んじゃう!
幸い、竜のお姫様のお陰で魔力も回復してる。これなら!
「〈浮遊〉!」
……発動しない!?
マナが吸い取られてるッ!
「トーヤ君!」
あたしは空中で少年を抱え込んで、来るべき衝撃に備えた。
ドンッ
……え?
「ト、トーヤ君?」
どうして、あたしの下敷きになってるの……
決まってる。落下中に体を入れ替えたんだ!
「な、なんでこんな事っ……あたしレベル120だよ! レベル3の君が守る必要なんかっ!?」
「たったそれっぽっちかよ。良かった、死なれちゃ困るんだ」
「喋らないで! すぐに治癒を……そうだ、魔法は使えないんだっ……」
「落ち着きなって、ラビ。僕なら大丈夫だから」
「大丈夫なはずが……え?」
暗くてよく見えないけど、確かにトーヤ君はピンピンしているみたいだ。
というか、地下も含めて軽く建物10階分くらいから落ちて、まったく怪我もしてない。
庇われたとはいえ、あたしも無傷だ。
「あの女の竜魔法だよ。今の僕たち、たぶん防御が桁違いに上がってる」
「竜魔法……?」
確かにそれくらいしか、考えられない。
「でもこの場所、魔法効果を消される仕掛けがあるみたいだよ?」
「あのさあ、ラビ。海に松明一本入れて、海水全部を蒸発させられると思う?」
海と松明一本ですか……。
確かにあの竜のお姫様には、それくらいの喩えでちょうどいい程の実力はありそうだった。
「ちぇっ、俺が下敷きになる必要なんかなかったじゃないか……」
少年のその独り言は、聞き逃せなかった。
「待ってトーヤ君。キミは竜の魔法がかかってるって知らないで、あたしを庇ってくれたの?」
「ばっ……そんな訳ないピョン!」
……。
「……」
今、なんて言った?
「あのさ」
「何も言わないで聞かないでウサギ女! あのクソ女だよ! アイツは時々、こういう意味のない呪いを掛けるんだ!」
呪い。
語尾にピョンがつく呪い?
トーヤ君は咳払いする。
「ゴホン、と……とにかく、あー、あー、うん。もう大丈夫みたいだな。話を先に進めよう。今のうちにあの悪魔についてとか他の情報も、全部教えて」
あたしは頷く。
クレアさん、どうやら何の援護もなくあたし達を送り込んだわけじゃないみたい。
この防御の魔法が敵の攻撃を全部無効化してくれるなら、やりようはあるかもしれない。
あたしは知っている事を話し始めた。
さっき可愛かったから、トーヤ君またピョンって言ってくれないかなって思いながら。
***
「神が鍛えた勇者を瞬殺した、悪魔メフィスト・フェレスね……。レベル5000とか、それなりに美味しいじゃん」
トーヤ君は薄く笑って舌舐めずりした。
本気でそう思ってるみたい、自分はレベル3なのに。
「ねえ、トーヤ君にも何か特別な力があるの?」
「は?」
「だってそんなに自信たっぷりで。考えてみれば、あのドラゴンホテルにいる子だもん、ただのレベル3なはずないよね。何か秘密があるんでしょ?」
「レベル3レベル3ってうるさいな。僕にはべつに特別なことも秘密も何もないピョン!」
あ、今度は手でウサ耳ポーズまで!
目つきの悪さとのギャップにむしろ萌える……
ゴン!
「笑うなぁぁっ!」
レベル3に竜の防御魔法の上から殴られても、全然痛くない。
顔を真っ赤にして、やばいこんな世界滅亡の危機なのにトーヤ君可愛い。
「ああもう、それでラビ! お前は兎人族の修道兵〈モンク〉で聖なる武術が使えて、レベル120なんだろ!?」
「え? あ、うん」
「ニタニタするな! なんでちょっと余裕が出てきてんの!?」
「ごめんごめん。それで?」
「だからっ……とにかく作戦は決まった!」
トーヤ君はビシッとあたしを指差してポーズを決める。
「あの悪魔の攻撃は、こっちには通じない。ラビが突っ込んでって、聖なる技で420回ブン殴れば、それで勝てる! だって、レベル5000に対して120なんだろ!」
「……割り算がしたかったんなら、42回で済むね。桁を一つ間違えてるよ」
ボッとまた顔が赤くなるトーヤ君。
ダメだ可愛いお持ち帰りしたい。
「う……うるさい、今のはお前を試したんだピョン! ああああもうウザい!!」
今度はウサ耳ポーズに小首を傾げるオマケ付き。
よし決定。
戦いが終わったらトーヤ君には、このラビお姉さんの家に遊びに来て貰おう。
それで一晩中からかい倒して……あれ、あたしってこんなサディスティックな性格だっけ……
その時だった。
「お主ら、いいかげんにしろ」
沢山の篝火がボボボボボッといきなり灯った。
明るくなって初めて気がついたけど、玉座の間から真下に落ちてきて、ここはやたらと広い空間だった。
ちょっとドラゴンホテルで転移させられた空間に似てるけど、壁も天井も遠くにぼんやり見える。
そして床には、複雑な魔法陣が描かれていた。
「この空間は〈トリニティ・ディストラクション・スクエア〉。マナを吸い取り魔法を無効化し、肉体と精神、魂をバラバラにする強力な結界だ。それなのに何故、笑っていられる?」
姿を現したのは、ラードン・バルザム18世。
溢れ出る悪魔の気配を隠そうともしていない。かなりあたし達を警戒しているみたいだ。
「分析もできん……まさか、本当に調停者なのか?」
「……いいや。僕は業務委託を受けただけの、個人事業主だ。だからこの場でお前を倒すことに、なんの制約もないね」
トーヤ君が再び剣を構えて、メフィストを睨みつける。
かっこつけてるけど、彼の攻撃なんか悪魔には、虫がひっかいた程度も効かないだろう。
それでもメフィストは慎重だ。明らかに低レベルの彼に対して、まったく油断してない。
「小僧、何者だ」
「人に名前を聞くときは、先に名乗るのが礼儀じゃないの? メフィスト・フェレス」
「知っておるではないか。いかにも我は異世界の悪魔だ。小僧は?」
「……トーヤ」
一瞬の沈黙の後、メフィストは急に笑い出した。
「クハハハハッ……騙るなら、もう少し現実的な名にするがよい!」
え、どういう意味だろう。
(そりゃあ、そうだよね。)
……んん? なんかあたし今、違うことを同時に思わなかった?
「いいだろう、久々に楽しめそうだ」
メフィストは人族の王の姿で、バサッとマントを振った。
その後ろから唐突に現れた人物に、あたしは驚愕する。
「……ブレイド!?」
「ラビ、こんなところで何をしているんだい?」
それはメフィストに殺されたはずの、勇者ブレイドだった。
尊敬できる人族で、ともに悪魔に戦いを挑んだ仲間。
目の前で彼を殺され、自分の無力を思い知り、それでも死なせてしまった勇者の為に何かしたくて、あたしはドラゴンホテルへの転移を志願したんだ。
「い、生きてたの……よかっ」
「ダメじゃないか。メフィスト様に逆らうなんて」
「えっ?」
「ラビ!!」
トーヤ君が叫ぶのと同時に、勇者ブレイドの剣が一閃した。
あらゆる物質を断つ光の剣、〈烈光斬〉だ。
「がっ!?」
「!! ……トーヤ君……!?」
また、レベル3の少年があたしを庇ってくれた。
けど、今度は無傷じゃない。
「……いやあああああっ! トーヤ君!!」
現実を理解するやいなや、あたしは悲鳴をあげてしまう。
竜の魔法による防御は突破されて。
手にしていたショートソードもガラスのように砕かれて。
少年の小さな胴は、真っ二つに輪切りにされていた。
「……」
「クハハハッ、クハハハハハハハハ!」
虚ろな瞳で剣を構える光の勇者・ブレイド。
その横で、悪魔メフィスト・フェレスはけたたましく笑う。
「つまらぬなぁ。勇者の剣技は、断てぬ物のない絶対の神技。だが我が魔術すら拒絶していた防御魔法ならば、あるいは防げると思ったのだがなぁ!」
「……嘘でしょ、トーヤ君……」
「クハハハ! 残念だったな、ウサギぃ!」
王が茫然としているあたしに顔を近づけ、下卑た表情でせせら笑う。
「せっかく国を挙げての大魔法で異世界転移までして、調停者に助けを求めたのになぁ! すべて無駄! 無駄無駄無駄! しょせんはウサギの浅知恵ぇ。精神そして魂すら支配する我が魔術は、神が鍛えし勇者すら操る! 調停者の結界は魔術には強かったようだが、勇者の剣には脆かったということだぁ!」
終わった。
ごめんブレイド。せっかく生きててくれたのに、助けられなくて。
ごめんねトーヤ君。巻き込んでしまって。
「竜の魔法が……通じないんじゃ、もう……ダメ……だよね……」
あたしは気力を失ってしまった。
王は気色の悪い舌であたしをベロリと舐める。
「その通りぃ。安心しろウサギ、貴様は魂も身体も中々、良いモノを持っている。我の愛玩動物として、長く弄んでや…………待て。今なんと言った、竜の魔法だと!?」
メフィストが取りついた王が、顔色を変えた。
次の瞬間、トーヤ君の上半身を抱えて茫然としているあたしに、ブレイドが剣先を突きつける。
「ひっ……」
「メフィスト様の質問に答えるんだ、ラビ」
目の前に迫ったブレイドの顔に、感情は感じられない。
その後ろから、メフィストが厳しい声で詰問してくる。
「この世界の竜族は、蜥蜴に毛の生えた程度の魔獣に過ぎん! まさか貴様、調停者の中でも……あの『ドラゴンホテル』に駆け込んだのか!?」
「答えろ」
ブレイドも冷たく呟く。
「……そうよ。だからなに? なんだって言うの」
あたしは絶望の中で吐き捨てる。
そのドラゴンホテルの力も結局、破られてしまったんだ、意味がない。
けど、あたしの答えを聞いた悪魔の反応は予想外のものだった。
「ぶ、ブレイドよ! その兎人女も殺せぇっ!」
下がって距離を取りながら、王はヒステリック気味に叫ぶ。
悪魔の命に応え、光の勇者は剣を振りかぶった。
ブレイドの技は、クレアさんの防御魔法も破る。
――ああ、これで本当に終わりだ。
「死ね、ラビ。烈光斬!」
あたしはせめてもの償いにと、膝の上の少年の骸にキスをした。
(……え、待って。なんでキス!?)
ま、いいじゃん。
トーヤは可愛いでしょっ?