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「ウサ耳っ娘が登場の第2話でも、トーヤはやっぱり不憫」(1)

 あたしは、兎人族のラビ。

 故郷が危機を迎えて、女王様から聞かされていた伝説のドラゴンホテルに駆け込んだ。

 転移ゲートから飛び出して、やたらとマナの濃い森を抜け、お城みたいに大きな洋館に辿り着く。

 その門の前で一人あたしを待っていたのは、ちょっと予想外の男だった。


「こんな時間に来んなよ……一人か?」


 男というか、お、男の子?

 黒瞳黒髪の人族なんているんだ……

 ともあれ、ここにいるということは、ドラゴンホテルの関係者だろう。

 あたしは慌てて、緊張気味に答える。


「ひ、一人です。ここがドラゴンホテルですか?」

「ここ以外で、竜の背に乗ったホテルなんて頭のおかしい代物があるなら、拝んでみたいよ」


 男の子は忌々しそうに吐き捨てると、個人用の小さな門扉を開けて、スタスタと敷地に入っていく。


「えっ? えっ?」

「何してるの、早くついて来なよ」


 入っていいと許可された覚えはないけど、あたしは急いでついていく。


 ガチャン。


 えっ?

 振り返ると、門扉が勝手に閉まっていた。

 男の子の外見は、あたしの世界でいう人族の十代それも前半くらい。

 黒瞳黒髪で、目つきは悪いけど割と整った顔立ちだ。

 小柄ながら均整の取れた身体。

 なめし革のレザーアーマーにショートソードを装備している。

 ……駆け出しの冒険者?

 正直、大きなホテルの向こう側に山脈みたいに大きな竜の後頭部が見えてなければ。

 男の子が近づいただけで大きなホテルの正面扉が開かなければ。

 あたしはここがドラゴンホテルで、この子がその関係者と信じられなかっただろう。


「わあっ……!」


 建物の中は絢爛豪華。だけどキンキラキンの派手な感じじゃなく、品のいい落ち着いた雰囲気もあって、あたしには故郷で一番大きな王城よりも格が高く見えた。

 思わず足が止まるあたしを、男の子は気にも止めずにスタスタ歩いていく。慌てて小走りに追いかける。

 何度階段を登り、何度曲がり角を曲がって、どれくらい長い廊下を歩いただろう。

 あたしはちょっとした広さの応接室のような部屋に通された。


「座んなよ」


 男の子は不愛想に言うと、自分もさっさと向かい合わせのソファーの片方に腰を沈める。


「では、失礼します……わわっ」


 ソファのクッションが想像より柔らかく沈み込んで、あたしは極端な前傾姿勢になった。


「——ッ!」


 直後、男の子がグルンと顔だけ真横を向く。


「ん? ……あっ」


 あたしは修道兵モンクの僧衣の胸元が、魔物に斬り裂かれて大きくはだけていたことを思い出した。

 焦って両手で隠したけれど、男の子が真っ赤な顔で視線を逸らしているのが可愛くて、少し笑ってしまう。


「ふふっ」

「何がおかしいんだよ」

「あ、いえ、すみません。痛っ……」


 胸を隠した手が傷口に触れて、痛みが走った。

 あたしは治癒魔法と体術を使う修道兵モンクだけど、世界を渡る転移ゲートを通るのに魔力を使い果たしてしまい、自分で治癒ができずにいたんだ。


「……ふん」


 男の子は不機嫌そうにこちらを見ると、スッと掌をあたしの傷に向けた。


「マナよ、癒しを齎す灯火となれ。万物の祖、大いなる竜星の加護の元に、我は名を捧げて希う。かの者が背負いし傷を、汝が慈悲を以て癒し給え。〈治癒ヒール〉」


 長い。

 いや、少年があたしにこの世界式の治癒魔法をかけてくれたことは嬉しいし、ありがたい。

 けど、詠唱が長すぎないかな。

 そのくせ傷の治りはかなり遅い。ちょっと痛みが引いたくらいだ。

 ちょっと待って。これがドラゴンホテルの実力なの?


「はあっ……はあっ……」


 魔法を終えて、肩で息をしてる男の子。

 この程度で魔力切れしてる……


「えと、ありがとう……?」

「……なんで疑問形なの。仕方ないだろ、僕はレベル3なんだから」


 レベル3。

 自分の世界で勇者ってわけでもないあたしですら、レベル120なのに。


「ええと、あの……」

「じゃあ、早く話してよ。あんたの世界での揉め事」

「えっ」


 あたしは顔が引きつってしまった。


「なに? 異世界絡みで困ったことがあったから、ドラゴンホテル(ここ)に来たんでしょ?」

「あの、そうじゃなくて、誰か大人の方を呼んできてくれないかな」

「なんで」

「なんでって……あの、ドラゴンホテルの方を、ちゃんと呼んで」

「僕がそうだよ、さあ話して。異世界から侵略者が現れたの? 敵は誰? クリシュナ級? オーディーン級かな? それとも蚩尤級? レベルは千かな。五千かな。もしかして万超え? 大物なら大物なほど嬉しいんだけど」


 いきなり勢いよく話し始めた男の子は、間のテーブルに身を乗り出して、あたしに掴みかからんばかりだ。


「ちょっと待って、あのね、ぼく。少し落ち着いて」

「子ども扱いするな!」

「子どもでしょっ!?」


 ぶつかりそうなくらい顔と顔を近づけてきた男の子が、叫ぶ。

 叫びたいのは、あたし……!


 その時、部屋の空気が劇的に変わった。


「……え?」

「やばっ、気付かれ――」

『最初っから気づいてたよーう』


 頭の中に直接、明るい女の子の声が響いた。

 次の瞬間。


「わわわっ!?」

「ちくしょうッ!」


 落下するような感覚が、身体を襲う。

 え、なに? 部屋ごと落ちてる!?

 でも窓の外の景色は変わってないよ!?

 一瞬だけ、あたしの視界がブラックアウトする。

 そして気がつくと、そこは最初に連れて来られた部屋じゃなかった。


「いらっしゃーい。ドラゴンホテルへようこそっ!」


 そこには金髪の女の子がいて、可愛らしく出迎えてくれた。


 ***


 無限に広がる石畳。

 シンプルだけど格調高い燭台が等間隔に置かれて、それがずっと続いている。

 あたしと、男の子と、ソファとテーブル。それだけが天井も壁もないこの不思議な空間に移動してきた感じだ。

 空間転移!?

 まさか、こんな静かに簡単に!?

 あたしが元の世界からここに来るときは、あたし自身の魔力なんかじゃもちろん足りず、兎人国全員の魔力を古代遺跡の転移ゲートに注ぎ込む国家事業だったんだけど!

 まあ、異世界間の転移と同じ世界の中での転移は、規模が違うだろうけど……


「正確には、ここもさっきの部屋と別世界だよ。そういう意味なら、同じ異世界転移だねっ」

「え!?」


 心を読まれた!?


「ああごめん、驚かせちゃった」


 さっき頭に響いたのと同じ声で話しかけてきたのは、今度は女だけどまた子どもだ。

 それでも雰囲気というか、オーラがさっきの男の子とまるで違う。

 銀の刺繍が施された短衣チュニックを身に纏い、ウェーブがかった金色の髪と透き通るような瞳。

 怖いくらいに整った顔立ちには、幼さと妖艶さが同居していた。


「もう、トーヤったら。これくらいの傷ちゃんと治してあげなよ」


 傷……え、あたしの傷? 治ってる!?

 というか傷どころか、裂かれていた僧衣まで綺麗に元通りだ。

 おまけに体力、魔力ともに全快で、あたしは狼狽する。

 だって詠唱どころか魔力を使った気配も感じなかった。

 転移魔法に、読心術に、呼吸するみたいな無詠唱魔法。

 桁が、違う。

 兎人族の神様みたいだ。いや、神様だってこんなことできないだろう。


「うっさいな。だったらお前、レベル返せよ」

「ならちゃんとお仕事しなきゃね。でもこんな抜け駆けみたいな真似、駄目だよ~。なんでこっそり引き受けようとしたの?」

「お前が前回、獲物を横取りしたからだろ!!」

「あら覚えてた。うーんメンドくさい。もっかい死んどく?」

「やめろ! せっかくレベル3に上がったんだ!」


 なんで、レベル3の男の子と神様みたいな女の子が、タメ口でぎゃあぎゃあやり合ってるんだろう。なんだか状況についていけなくて、ますます混乱してきた。


「あ、ほらあ。ラビちゃん困ってるじゃんか。ウサ耳が垂れちゃってる」

「ラビちゃん?」

「この娘の名前。兎人族のラビちゃんだって」

「……兎人……うさぎ……ラビット……ラビ……ぶふぉっ!」


 人の名前を聞いて吹き出した。

 安直って言いたいんでしょ。たしかに故郷ではかなりありふれた名前だけどさ。

 それにしてもこのガ……男の子、かなり失礼だよ。


「このガキ失礼だって」


 言わなくていい!


「……でもまあ、名前があるだけいいよね」


 女の子はポツリと呟いた。

 どういう意味だろう。


「あの、お名前ないんですか?」


 失礼かもしれないけど、思い切って聞いてみた。だってなんて呼べばいいかわからないし。


「ん? あるよー。私はクレア。よろしくねっ」

竜の姫(ドラグ-レア)だろ」

「……トーヤぁ」


 男の子が口を挟んだ瞬間、クレアさんの額にピキッと青筋が走ったのが見えた気がした。


「〈インフィニティ・テラバインド・シール〉っ」

「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!?」


 気づいた時には、トーヤと呼ばれていた男の子は光の魔法陣に磔にされ、悲鳴を上げていた。

 ちょっと待って。これ修道兵モンクのあたしだから分かるけど、もの凄い高位の封印魔法だよね!?

 なんなら、きっと八界の魔王レイグラントとかも封印できるレベルだよね?

 レベル3の男の子に使う魔法じゃないよね!?


「怒った。もう怒った。レベル3もあれば充分でしょ、お望み通り一人で行けばぁ?」

「ぎゃぎゃ……な、なんだと!?」


 クレアさんはそう言うと、あたしの方を見た。


「ごめんね、そういう訳だから」


 え、ちょっと待って。

 何度も言うけど、ちょっと待って。

 焦るあたしに向かって、竜のお姫様はにっこり笑う。


「心を読んだから、事情はもう分かったよっ。隣国の人族の王様が、異世界の悪魔に取り憑かれて暴走して、世界が破滅の危機なんて大変だね! でも安心して、トーヤがきっとなんとかしてくれるから!」


 クレアさんの黄金の瞳がチカッと光った瞬間、またここに来た時のような落下する感覚が身体を襲った。


「まっ……待って! クレアさんも一緒にっ……!」

「私は、どっちにしても調停者モデレーターの制約で異世界そっちじゃ戦えないからっ」


 よく分からない言葉を聞きながら、あたしの視界は意識とともにブラックアウトする。


「ふざけんなぁぁああっ! クソ女ぁぁああっ!」


 どこかで、トーヤ君の絶叫を聞いた気がした。


 ***


 そして、あたしは彼と一緒に目を覚ました。信じられない場所で。


「なっ……なんだお前たちは!」

「兎人族がどうやってこの城に!?」


 そこは、異世界の悪魔に乗っ取られ敵となった隣国の王城。

 その玉座の間だった。


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