「プロローグからの第1話は、いきなり魔王がどーん!!」(3)
「ゴズァ!?」
「メズァ!?」
一瞬目標を見失っていた二体の魔人が、慌ててこちらに向かって襲い掛かってきた。
馬鹿なのか。
貴様ら如きが、この姿に戻った俺の相手になると思うか?
「裂空斬!」
剣などいらない。
大人に戻った鍛え上げられた身体で、俺はクレアを抱えたまま、片腕を一振り。
空間を斬り裂く刃を放った。
「ゴッ」
「メッ」
ウザい咆哮をあげる前に、二体の魔人の首は胴と別れを告げ、その余波で全身すべて塵と化す。
って……この程度の威力しか!?
「い、今の技は」
目を見開いている魔王コンロンなど、どうでもいい。
今はそれよりも。
「クレア!」
俺はクレアを抱き直して、もう一度口づけようとする。
「だーめ」
けれど、いつもの悪戯っぽい笑みとともに、クレアは人差し指で俺の口を塞いだ。
「焦んないのっ」
「何故だ! これは……元のレベルなんかじゃねえ。せいぜい俺が最初に死んでから得てきたレベルの合算くらいだろ!」
「当たり前でしょ? 本来の力は、私を倒さないと返せない」
「ふざけるな!」
俺が思わず怒鳴り声をあげた時。
「ふざけているのは貴様らだ!! 魔炎招来!!」
魔王コンロンが召喚した闇の炎が、俺とクレアを包み込んだ。
物質を破壊する力を持った黒炎は、さらに城を破壊して暴れ回り、そして。
「塵も残さず消え失せるがいい! 重壊崩魔ァ!!」
再び俺とクレアに収束して、原子崩壊を引き起こし大爆発を起こした。
街一つを吹き飛ばせるレベルの災害級魔法だ。
あまりに巨大なエネルギーの爆発に、広範囲に真空が生まれ反動で烈風が吹き荒ぶ。
「はあっ……はあっ……どうだ! ドラゴンホテルなど恐れるに足ら……何ぃ!?」
魔王コンロンは、嵐の中で目にしている光景を俄かに信じられないようだった。
だが俺はそれどころではない。クレアに向かって技を放つ!
「裂空連斬! 破鋼閃撃!!」
「あはははっ! どしたのトーヤぁっ? 自分を犠牲にして、私のこと助けようとしてくれたのにぃっ」
「どうかしてたんだ!! お前なんざ見捨てりゃ良かった! つーかお前、そもそも死なねえだろが!? 疾風雷破ぁっ!」
「死ぬよぅ! あはは、トーヤが守ってくれなきゃ死んじゃう! 逝っちゃうう!」
「嘘つけぇえ! 裂空斬・雷破鷲爪ォッ!!」
素手とはいえ、俺の剣撃の奥義を軽々と躱し、受け止め、弾くクレア。
短衣を翻して宙を飛ぶその姿は、まさに美姫の舞踏。
空中跳躍で連続技を繰り出しながら、俺は気を抜くとその光景に見惚れそうになる。
「クソがっ! ならさっさと死ねよ! レベル返せ!」
「やーだよー! それだけあれば充分でしょっ。さっさと仕事しなよぅ、トーヤ!」
手玉にとられ、埒が明かない。
不本意ながら俺は、クレアを追うことをやめる。
そして、視線を移した。
「……と、トーヤだと……やはり、お前は!」
魔王コンロンが、驚愕の面持ちで俺を見ていた。
「トーヤ・レイグラント! 魔王トーヤ・レイグラントなのか!!」
なんで二回言った。
その口調、とある世界じゃすげえ恥ずかしい言い回しだぞ。
俺の技名もかなり馬鹿にされたが。
自分も魔王であるコンロンは、動揺しまくっている。
「ドラゴンホテルと互角に渡り合い、八界を支配した魔王の中の魔王が、何故!?」
「うるせえ! こっちが聞きてえよドチクショウが!! 裂空斬!!」
俺は素手で剣撃を放ち、コンロンの魔力結界ごと五体を斬り裂いた。
「ぐああっ!?」
「情けねえ声を出すな! テメエだってこの世界の魔王だろうが!」
俺は地に落ちかけたコンロンの首を掴んで、持ち上げる。
さすがに身体をバラバラにされた程度では死なないようだ。
怯えた目で俺を見ている。
「つ……強い、さすがは、八界の魔王……」
「つよいー、さすがはー、はちかいのまおー」
「茶化すな殺すぞ!!」
コンロンの言葉をリフレインして、からかうクレア。
「殺れるんなら、さっさと殺ってようっ」
むかつくことこの上ないが、仕方がない。
今はとにかく、レベルを上げなくてはならないんだ。
俺はコンロンを睨みつける。
「言っておくがな、本当の俺はこんなもんじゃねえぞ。本来のレベルは全部あのドラゴンホテルのクソ女に奪われたんだ」
「なっ……し、しかしこれ程の」
「テメエのレベルはいくつだ」
「ご、500を超えてから数えておらぬ、600は超えていない」
それっぽっちか。
大して旨くもないが、まあスライムよりはマシか。
俺はため息を吐いた。
「……俺はなあ、レベル取られてからも死ぬ気で戦ってきたんだ。けどレベル上がる度に、アイツは俺を殺して経験値と記憶を消しやがる。今の俺のレベルは、最初に殺されてから今までの合算だ」
「な、なら、今のレベルは」
「3254。あのクソ姫に焦らされ続けて、ようやくこの程度だ。本当の俺のレベルから見たら、ゴミみてえな数字だよクソったれ」
「ひいっ……!」
バチン、と俺の手元で魔力が弾ける。
魔王コンロンの首が、最期の力を振り絞ったようだ。
そのまま宙を飛び、空間に穴を開けて逃げようとする。
こことは異なる世界へと逃げる気だ。
「お、覚えておれっ! 異世界で力を蓄え、この借りはいずれ必ず」
「はいアウトぉ」
空間の穴に飛び込んだところで、クレアがコンロンの首を掴んだ。
って……しまった!
「やめろクレア!」
「この世界を出たね、魔王コンロン。もう調停者の制約はないよぉ?」
「ひいいっ」
クレアが、竜姫ドラグレアが、世界と世界の狭間でその姿を変えていく。
「せ、せせ成竜にはなってないと……」
「ああ。あれウソ」
現れたのは金色のドラゴン。
調停者にして、「見る者」。
そのブレスは世界をひとつ消すこともできる言われる、レベルの概念でなど測ることもできない神を超える存在。
「魔王コンロン。いたずらに異世界を侵略して、ドラゴンホテルの調停にも耳を貸さなかったその罪。もう逃れられないよ」
「やめろクレア! そいつは俺の獲物だ、俺の経験値だぁぁ!!」
俺は慌てて、巨大なドラゴンの爪が引っかけているコンロンの首に向けて、奥義を放つ。
「裂空斬・神破羅刹ッ!!」
「はい残念っ」
ジュッ
ブレスにも満たない小さな吐息ひとつで、俺の剣撃が届くより早くコンロンは蒸発した。
***
「返せぇぇぇぇ! 俺の獲物だったんだ! ちくしょうめぇぇぇぇ!」
「惜しかったねえ、トーヤぁ。次、頑張ろうねえ?」
荒廃した世界で絶叫する俺の肩を、人族の姿に戻ってポンポンと叩くクレア。
ゾクっと背中に寒気が走った。
ドゴォン!
「あ、なかなかいい反応。さすがレベル3000オーバー」
ひび割れた大地から拳を抜いて、にっこりと笑うクレア。
「くっ……もうやらせねえぞ! また殺して、記憶なくしてガキに戻った俺で遊ぶ気だろ!?」
「やだなあ。ドラゴンホテルの仕事を手伝ってもらうのには、あの姿の方が便利ってだけだよ?」
「絶対ウソだ! このショタコンのドS女が!」
「ショタじゃないよ? 外見はほとんど同じ歳でしょ、仲良くしようよ〈カラミティ・ボルト〉っ」
何かのついでのように放たれた災害クラスの大魔法が俺を襲う。
レジストも間に合わず、俺の肉体は消滅した。
***
僕は、深い森の中で目を覚ました。
ここはどこだ?
立ち上がって、周囲を見回す。
木々が開けている方角を見つけて、僕は歩き出した。
「なんだ? あの建物……」
お城みたいに大きな洋館が見えてきた。
他に目立つ建物はない。
僕はその館に向けて歩き出す。
「歩いていく気? けっこう遠いよ」
「うわっ!」
いつからそこにいたのか。
銀の刺繍が施された短衣を纏った、やたらと可愛い女の子が後ろから声をかけてきた。
「えっ? 君は誰……あ」
うっすらと、失くした記憶の底からその言葉が蘇る。
「竜の姫……!」
「やだなあ。クレアって呼んで? 昔の君がくれた名前だよ」
そう言って笑ってから、クレアは僕に駆け寄ってきて腕を掴んだ。
そして。
「うわっ、うわわっ……!」
空を飛ぶ。
高く飛ぶ。
そして眼下に広がる景色は、広がる森。大きな館。そして山や川、湖。
それらすべてを背にして歩みを進めているのは、神に等しき巨大な存在。
「……あ」
僕はまた微かに、ほんの少しだけ思い出す。
「また、やってくれたな! またレベル1なのか!?」
「へへ、思い出したね。でもうろ覚えでしょ。ホテルについたら説明したげるね」
異なる世界と世界の狭間。
そこに広がる無限の雲海を、悠々と航行している巨大なドラゴン。
そのホテルは大自然と共に、ドラゴンの背に建っていた。
「くそ、竜姫! 焦らすんじゃない! 返せ、僕のレベル!」
「焦んないのっ。お姉さんがたっぷり、レベル上げに付き合ってあげるからねぇ」
「冗談じゃない!!」
焦らし上手な竜の姫と、レベルと記憶を奪われた魔王。
これはそんな二人が、異世界同士の争いを調停する『ドラゴンホテル』で働く物語。
不憫なレベル1魔王と、焦らし上手な竜姫ちゃんの物語。
どうか気楽にお楽しみ下さい!