「プロローグからの第1話は、いきなり魔王がどーん!!」(2)
僕と竜姫は、濃度の高い魔素が充満した古城の中を歩いていた。
「機嫌直しなよ、トーヤぁ」
「うるさい。何度目だ? これで何回、僕を殺した?」
「えー? 自分で覚えてないくせに、そんなこと聞いてどうするの?」
ニヤニヤしながら顔を近づけてくる彼女。
その金髪からふわりといい匂いがして、不覚にも僕の胸はドキリとしてしまう。
思春期か!
動揺を誤魔化すように僕は声を荒げる。
「記憶を奪ってるのはお前だろ!? 返せよ! 僕のレベルも!」
「うふふ。君が『僕』って言うの、何回聞いても可愛いなあ」
「経験値までごっそり奪われて精神もガキなんだよ! ちくしょう、ぶっ殺すよ!」
「お、戦う? 私はいいけど、返り討ちでまたスライム相手からやり直す事になるだけだよぉ?」
「くっ……」
「あ、分かった。またお姉さんにペロペロされながら、心臓ぶっ刺されたいんだ。そっちが目的なんでしょう?」
竜の姫は、舌で自分の唇をペロリと舐める。
見た目は幼さの残る少女の癖に、蠱惑的な表情は魅了の魔法を使っているとしか思えない。
「もうトーヤ君たら、異常性癖のおマセさんっ」
真っ赤になって固まった僕の鼻を、白い綺麗な指先でちょんと押す。
落ち着け僕の心臓! 精神はガキでも、魂は違うだろ!?
それにいくら竜姫でも、こんな小娘に惚けるんじゃない!!
「そんなわけないだろっ! だから僕はこうして、『ホテル』の仕事で経験値を稼ごうとしてるんじゃないかっ!」
「うんうん、偉い偉い。頑張ってね~」
くそっ。
レベル1の今の僕が戦いを挑んだところで、竜姫ドラグレアに勝てるはずがない。この女にとっては、僕もその辺の虫けらと変わらない無力な存在なんだ。
そうしている間に、古城の最深部である玉座の間に辿り着いた。
道中、魔物の一匹も出ることはなかった。竜の気配と威圧に怯えているんだろう。
僕はため息をついてから、悪趣味な悪魔の彫刻が施された巨大な扉を開け……子どもの腕力なので開けられず、身体を使って全力で押し開けた。
「……来たか、調停者」
「がっ!?」
言葉が圧力になって、僕を打ち据えた。
尋常ではない魔力が噴きつけて、僕はそれだけで生命を壊されそうになる。
「お初にお目にかかりますわ。魔王コンロン。私たちは『ドラゴンホテル』の者です」
銀鈴の声が響いて、噴きつける魔力の嵐が途絶えた。
生命の危機を脱した僕の目の前には、竜姫の小さな背中がある。
「今日はお話があって参りました」
「わかっている。……貴様、その人族のメスガキの外見は趣味か?」
「いいえ、私本来の姿ですわ。私は竜の娘。いまだ成竜ではありませんゆえ」
「ほう?」
魔王はその赤い瞳を輝かせた。
そう、ここは魔王城。そして目の前にいるのは、自分の世界を征服しただけでは飽き足らず異世界の侵略にまで手を伸ばした、魔王コンロンだ。
「……なるほどな。それで、後ろに付いてるゴミはなんだ?」
僕のことか。
ゴミかそうか。
確かにレベルに換算するなら四桁に届くだろう魔王様から見れば、レベル1の僕はゴミ、埃、砂つぶ一つと価値は変わらないだろう。
竜姫はふっと笑う。
「こちらの少年は、ドラゴンホテルと請負契約をしています。つまり外部の者で、調停者の制約は受けませんのでそのおつもりで」
彼女が告げた瞬間、魔王コンロンは爆笑した。
「くははははは! なんだそれは! ではその塵芥が、そなたの護衛だとでもいうのか!」
魔王コンロンが大声で笑う空気の振動だけで、僕はダメージを受けた。
ダメだ。今の僕はこいつに指一本触れられるどころか、竜姫の影から出ただけで死ねる。
「……警戒して損をしたぞ、ドラゴンホテル。異世界間の争いに介入し調停する超越者どもと言うから、どれ程のものかと思ったら」
ガォン!
玉座の間の床がヒビ割れ、牛頭の魔人と馬頭の魔人が現れた。
「ゴズォオオオオオ!!」
「メズァアアアアア!!」
それぞれ巨大な矛と斧を手に、凄まじい咆哮をあげる。
「おっと。我が城の召喚陣が作動してしまった。すまぬなドラゴンホテルの者よ。自分で対処してくれ」
魔王は玉座で頰杖をつきながら、愉快そうに告げる。
「とは申されましても、調停者は実力行使を許可されておりません」
「知っている。せいぜい苦しめ」
魔王コンロンは大きく裂けた口を開いて凶悪に笑った。
「ゴズォァッ!」
衝撃波を生み出す勢いで振るわれた牛頭の矛が、竜姫の小さな身体を直撃する。
簡単に吹き飛ばされて、壁に激突し大穴を開けた。
「ドラグレアっ! ……!?」
慌てた僕は、目の前に仄かに光る壁ができていることに気づいた。
これは竜魔法だ。
お陰で僕は魔王の溢れ出る魔素の中でも、魔人の放った衝撃波を受けても、生きていることができた。
けどこの光の壁から一歩でも外に出たら、それで終わりだ。
「メズァアアッ!」
馬頭が跳躍した。
倒れている竜姫に向かって飛び降りて、可憐な少女を踏み潰す。
「ゴズォァ!」
「メズァァ!」
「ゴズォァ!」
「メズァァ!」
その後、牛頭と馬頭は交互に矛と斧で倒れた少女を突き刺し、叩き潰し続ける。
竜の姫の体は、今のところ直接的な怪我を負っているようには見えない。今、僕を保護している結界と似た力で守っているようだった。
けれど一方的な攻撃に彼女はずっと無抵抗で、このままではいずれ深刻なダメージを受け始めるだろう。
「ド、ドラグ……!」
二体の魔人の蹂躙を受けながら、彼女は僕をじっと見ていた。
透き通るような、金色の瞳。
……ふざけるな。
なんでそんな目で見る。
さっさと竜の力で戦えばいいだろう。
調停者? 知ったことじゃない。
他の世界におせっかいする為に我が身を犠牲にして、そんな屈辱を受けるなんて理解不能だ。
構うことない。
今の僕はレベル1だ。出て行ったところで、彼女の元に辿り着く前に犬死にだ。
それよりも、このままあの女が死ねば僕の奪われたレベルは、返ってくるんじゃないのか?
そうすれば。僕の悲願は労せずに達成でき——
(——ッ!)
竜姫ドラクレアの金色の瞳が、僕を捉えて離さない。
……違う!
あの女、この状況を楽しんでるんだ!
僕が誇りを捨てて、竜姫を見捨てるという汚辱に塗れて力を取り戻すのか。
それとも、この千載一遇のチャンスを捨てて憎い憎いあの女を助けるのか。
「ゴズォァ!」
「メズァァ!」
「ゴズォァ!」
「メズァァ!」
誇り高い竜王の娘が、地に倒れ伏し魔人の暴力に打たれながら、笑っている。
僕を見て、それはそれは愉しそうに笑っている。
決して逸らされない強い意志の込もった輝く瞳。
汚れてしまった美しい髪、肌。
僕は馬鹿だ。
きっと知能レベルも1だからだ。
「……ちっくしょう!!」
結界から飛び出して、僕は竜の姫に向かって駆け出した。
「ぐっ……が!」
ひ弱な人族に耐えられるはずもない、魔王から漏れ出る異常な魔素で、僕はあっという間に生命力を削られ倒れる。
当然、彼女には届かない。
くそ、こうなることは見えていたのに……!
「クク……虫が一匹、干からびるか」
魔王コンロンが嗤う。
僕は馬鹿だ!
もう力の入らない震えた手を、こちらを見つめる少女に向かって懸命に伸ばす。
「ク……クレア……!」
「はぁい!!!」
ドゥン!
「なんだと!?」
魔王コンロンは驚愕していた。
絶命しかけていた僕を抱きかかえ、竜姫ドラグレアは光に包まれ宙に浮かんでいる。
「呼んだよね? 今、私をクレアって呼んだよね!?」
「呼んで……ない……この、クソ女……」
「嘘だあ。じゃあなんで、そんな必死に私を助けようとしたの?」
「……お前を、ぶん殴って、殺して、いいのは……」
「いいのは?」
「……この僕だけ、だからだ……!」
光り輝くような満面の笑み。
クレアは、死ぬ寸前の僕を力いっぱい抱きしめ、そのせいで絶命しかけた僕の唇に。
「よぉし、ご褒美だっ」
柔らかく、口づけた。