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「プロローグからの第1話は、いきなり魔王がどーん!!」(1)

「ええい、疾風斬っ」


 べちゃあっという音がして、一匹の青いスライムが二匹になった。

 もっと小さくなるまで、早く何度も斬らないといけない。

 ぐずぐずしてたらスライムは、それぞれもとの大きさに戻ってしまう。単に数を増やしただけになるからだ。


「疾風斬! 疾風斬! 疾風ざぁん!」


 べちゃっ

 じゅぶっ

 スカッ

 スカッ


 ダメだ、的が小さくなったら全然当たらない!

 これだから、子どもの身体は……!

 焦れば焦るほど避けられて、その間に六匹になったスライムは空気中のマナを吸って、元の大きさまで戻ってしまう。

 くそ、この森はマナの濃度が異常なんだ!


「や、やばいっ……うわあっ!」


 スライム達が一斉に襲いかかってきて、あっという間に全身を取り込まれた。

 熱い!

 酸で皮膚を焼かれている。

 苦しい!

 粘体に顔も覆われ口を塞がれて、呼吸ができない!


 剣も手放してしまって、もう反撃のすべはない。

 ここまでか、と諦めかけた時だった。


「ふふっ……あはっ……あはははっ……!」


 あの笑い声が、聞こえてきた。

 粘体スライムにすっぽり包み込まれて、外の音なんか絶対聞こえないはずなのに。

 芽吹きの季節にそよぐ柔らかな風のように。

 水辺に遊ぶ精霊たちの嬌声のように。

 彼女の笑い声はどんな時でも、僕の心に響いてくるのだ。


「あははっ……スラっ……スライムにっ……負けてるとかっ……!」


 銀鈴のように美しく、そして楽しそうに僕に向けられる、嘲笑。


(し、死ぬ……)


 そんな彼女の笑い声の中、僕は酸欠で意識が遠くなる。


「あははは……って、死なせるわけないでしょっ? ファイヤー・ボールぅっ」


 ガォオオオンッ!


 とても初級火属性魔法ファイヤー・ボールとは思えない異常で過剰な威力の轟炎が、スライムたちを一瞬で蒸発させた。

 僕の体に新たな火傷も負わせず、森の木々を少しも焦がさないで。


「は……はあっ、はあっ……! ゲホッゲホォッ!」


 死にかけていた僕は思いっきり呼吸して、そして激しくむせて跪いた。

 酸で焼かれた手と膝が、地面に擦れてかなり痛い。


「ぐ、ぐうっ……!」


 鬱蒼と茂る木々の隙間から陽が差して、光のカーテンが現れていた。

 そのカーテンの向こうからゆっくりと、彼女はもがき苦しむ僕の元へ歩いてくる。


 ウェーブがかった長い金髪。

 同じ色に輝くクリクリとした大きな瞳。

 通った鼻筋に薄い唇。

 怖いくらいに整った優美可憐な顔立ちなのに、人族でいう十代半ば程の背の低さもあって、庇護欲をそそるような幼さも感じさせた。


「良かった、生きてるねぇ?」


 身をかがめて、芋虫のように地べたに倒れ呻いている僕の顔を覗き込んでくる。

 彼女が纏っている銀の刺繍が施された短衣チュニックの胸元から、身長とアンバランスな大きな曲線による谷間が目の前に覗いていた。


「ふふ。今にも死にそうなクセに、どこ見てるのー?」

「な、ち、違っ……げ、げほ、げほっ……!」


 隠しもせずに笑う彼女。

 僕は否定しようとしたが、喉の奥まで酸にやられて、ロクに喋ることもできない。

 涙を流して苦しむ僕を見て、彼女は。

 

「……もう。君はホンッとに弱いんだからぁ」


 とても嬉しそうに言ってから、顔を近づけて少しだけ舌先を出す。そして。

 ちろり。

 祭りの屋台で飴細工を大事に舐める幼児のように、僕の頬を舐めた。


「ああ、いいなあ。たまんないなあ、ホント」

「ぐっ……う?」


 触れられた頬から、神秘の秘薬(エリクサー)が染み込んでくるように。

 澱んだ泥沼が、女神の涙一滴で奇跡の泉に変わるように。

 傷ついた僕の体は、瞬く間に癒されていく。


「……竜姫ドラグレア

「やだなあ。ちゃんと『クレア』って呼んでって、いつも言ってるでしょ?」


 ペタンと地面に座り込んで小首を傾げて、彼女は花が咲いたように愛らしく笑う。

 僕はスライムとの戦いで取り落としていた剣を、躊躇わずに拾い上げた。

 そして。


「死ね! ドラグレア!!」

「あははははっ」


 全身全霊を込めて振り下ろした剣を、竜姫の指先二本で簡単に止めた。


「く、このっ!」


 もう一度振りかぶろうと引っ張るけど、ビクともしない。

 子どもの体ながら、それでも僕は両腕で体重を込めて全力で引っ張った。けど剣は少しも動くことは無い。


「くそっ! 離せよオマエ!!」

「必死だあ。もう可愛いなあ」

「ふざけんな!」

「ほりゃ」


 ペキン。


 小馬鹿にした掛け声とともに、僕の剣は玩具みたいにあっさり折られた。

 柄を握る僕の手には、まったく力が伝わってない。それほどの速さで、彼女は挟んだ指を捻ったんだ。


「……舐めんなぁっ!」


 僕は折られた代わりに自由になった剣を、竜姫の顔を目掛けて突き出した!


「やだよ舐めるよ」


 スッと前に出ながら剣を躱され、僕はそのまま彼女に腕を掴まれ、逆の手で肩を抑えられ後ろに押し倒された。


「うわっ!」

「うふふ、お楽しみタイム~」


 倒れた僕に体を重ねて、のし掛かってくる。

 小柄なのに、重い。

 まるで巨竜に踏まれているかのように、少しも体を起こすことができない。

 それなのに、柔らかくて温かい二つの塊が、僕の胸を上で潰れされて形を変える。


「やめろっ……やめてくれ、ドラグレア!」

「やはぁ。 クレアって呼んへふへふまへ、やへなひぃ」


 チロチロと、また僕の頬を舐め始めるクレア。

 いけない、いつものパターンだ。


「もう、勝手はっへに死ななひへよぉ? トーヤをほろふのはぁ」


 ザシュッ!!


 いつの間にか奪わた折れた剣が、彼女の手によって深々と僕の胸に、突き立てられていた。


「……トーヤを殺すのは、私なんだから」

「あああああ!!」

「あー、もう! その顔! その顔が見たかったんだよおおお!」


 胸が焼けるように熱い!

 なのに、痛みはまったくない。

 先に竜魔法でクレアに、癒しを与えられていたからだ。

 けれど、灼熱の熱さと流れ出る大量の血とともに、自分の命が確実に失われることだけは感じることができた。


「ちくしょうっ……! 必ず……必ず殺してやるぞ! ドラグレア!!」

「私は大好きだよっ!! トーヤぁ!!」


 こうして僕はまた、竜姫ドラグレアに殺される。

 そしてまた、生まれ戻す。

 剣の腕も、魔力も、レベルも、すべてまた1に戻されて。


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