約束の水曜日⑤
「確かに、オーダの料理の腕は一流ですわ。それは私も認めます。でも、商売となると話は別ですの。商売をそんなに甘くみないで頂きたいですわっ!」
殺気立った猫のように、フーフー肩で息をしている。
「・・・アリスさん?」
「あはは。アリス落ち着いて~」
ミシャさんが、労わるようにアリスさんを覗き込む。
「・・・ごめんなさい。今日は帰りますわ」
目を伏せたまま、震える声でそう言うと、アリスさんは、消えてしまった。
「・・・なんかすみません・・・」
アリスさんの地雷を踏んでしまったようだ。泣いてた・・・。
「いいのよ。オーダは悪くないわ。私たちの配慮が足りなかったせい。今夜の食事がとても素晴らしかったから。私、浮かれていたのね・・・。オーダ、悪いけどお茶を煎れてもらえないかしら?」
テンペストさん・・・。
すみません。楽しい夕食会を台無しにしてしまうなんて・・・。
私に出来るのは、お茶をいれるくらいだ。
「はい。少々お待ちくださいね」
お茶を煎れる為、立ち上がる。お手製の乾燥させたカモミールの花部分を温めたポットに入れる。グラグラに沸いたお湯を注ぐとふんわりと甘いリンゴに似た香りが漂う。
「カモミール茶です。どうぞ」
お2人に差し出す。
「・・・カモミールってあの?」
「はい。カモミールには、リラックス効果や胃腸を落ち着かせる効果があるのです。ですので、夕食後のお茶に最適ですよ」
「あはは。オーダの手作り茶だー。楽しみにしてたんだ!良い香りだね~。うん美味しい!」
「うん。良い香りだわ。それに美味しいわね。紅茶以外のお茶を飲むのは久々だわ・・・。昔ドワーフに変わったお茶をもらったことがあるけれど。カモミールって原っぱに生えてるアレよね?アレが、こんなに素敵なお茶だなんて。」
「ははは。そうです。アレです。紅茶には、眠気防止の成分が含まれているので、寝つきの悪い方は、カモミール茶を飲むと良いですよ。カモミール茶には、その成分が入っていないので」
ドワーフのお茶、気になるけど・・・。今はアリスさんのことだよね。
「アリスさん・・・大丈夫ですか?」
「・・・うん。ボスの言うとおり。アリスのことすっかり忘れてた・・・」
ミシャさんがポツリとつぶやく。
忘れてた?
私も何かを忘れてたような・・・?
あっ!デザートのキャラメルナッツバナナアイスクリームを忘れてた。
「食後のデザート、お出しするの忘れてました」
あわてて、お二人にアイスクリームを出す。
あれだけ食べた後でも、甘いものは、別腹だよね。
「なにこれ冷たいデザートなんて初めてだよ!美味しい!オーダって天才」
ミシャさん。キャラメルが口に垂れてる。ちょっとエロいよ。
やっぱり魔性ネコだね。
「・・・まるで新雪を食べているかのようね。体のほてり冷やしてくれる。なめらかでクリーミー。すぐに口の中でとけていくわ。バナナの素朴な甘味と上にかかったソースの甘さとほろ苦さがとても素敵。それに、砕いたナッツが香ばしさをプラスしている。食感も楽しいわ。・・・・美味い!こんなデザートは初めてよ。さすがねオーダ!」
テンペストさん、安定した食レポありがとう!
テンペストさんを食レポ職人と呼ぶことにする。(心の中でね)
甘いものは偉大だ。どんな最低の空気も吹き飛ばしてくれる。
なんとなく和やかな空気を取り戻したね。
テンペストさんがこちらを向く。
ナッツが口の横に、いっぱいついてるぞ。
このお方、すんごい美人だけど、うっかりものみたいだからな。
「オーダ・・・。アリスのことだけど・・・・。あの子にも色々事情があるの。そのうち、本人が話すだろうから、ここでは言わないけれど。今夜のことは、どちらも悪くないわ。オーダも。アリスも。ここで起きるすべての責任は、ボスの私にあるの。忘れないで。あなたもアリスも私の大切なパーティーの一員。アリスは、誤解されることもあるけれど、良い子よ、とても。今頃、あの子後悔している頃だと思うの。だから、次に会った時、今日のことは気にせず普通に接してあげてほしいの」
低くてハスキー。とても真摯な声だ。
まるで、月の光の様。
この人は、厳しいけど、とても優しい人なんだ。
確信に似た不思議な塊が私の胸にやどった。
これを信頼と人は呼ぶのかな?
この時テンペストさんの本質に触れた気がした。
口の横にナッツを付けてるのが、どうにもしまらないけどね。
「・・・分かりました。私は、気にしてませんので。でも、今夜一つだけ心残りが。アリスさんにも、デザートのアイスクリーム食べて頂きたかったです」
食べてほしかった。バカバカ。私のおバカ!忘れるなんて!
「あはは。良い考えがあるよ~。これから、オーダがアリスにお届けしてあげれば良いんだよ~」
とミシャさん。
「でも、夜も遅いですし・・・。ご迷惑ですよ」
「あはは。大丈夫だよ~。まだ20時30分だよ~。ね、ボス?」
ミシャさんがテンペストさんをニヤリと見る。
「・・・そうね!オーダ、アリスのところへ行ってきなさい!」
「いや、私アリスさんの住んでるところも知りませんし・・・いきなり押しかけちゃアリスさんだって困りますよ。って、テンペストさん?」
その美しい指先には、黒い羽虫が集まっている。っていこうとは・・・?
最高に美しい所作で、羽虫をあやつると、歌うように囁く。
誰しもが跪くような、極上の微笑を浮かべて。(ナッツついてるけどね)
「いってらっしゃい、オーダ」
黒い羽虫が、私に集まってくる。
空間が歪む。
闇に包まれる。
思わず目をつむる。
目を開けると、泣きはらした目のアリスさんが立っていた。




