約束の水曜日②
「あれ・・・・・・?」
ネイビーの皮張りのソファ。
テーブルの上には、ゆる~い顔したハニワとオレンジが転がっている。
ミシャさんも驚いた顔をしてこちらを見ている。
どうやら、商業ギルドのテンペストさんの部屋に転送されたようだ。
「一体何があったの?」
周囲に静寂を呼び寄せるような独特の声。
「いや・・・特に何も・・・?」
無表情のテンペストさん。冷たく澄んだ湖のような美しさ。
テンペストさんコワイです。
「あはは。ボス顔怖いッスよ~。オーダがびっくりしちゃうよね~。で、オーダ。ここに転送される直前何があったの~?」
ミシャさんが、殿方キラーの笑顔でキラキラ聞いてくる。いつも通り。でも目が笑っていないよ。
う~ん。何かやってしまったのか?
「え・・・。15くらいの子供に話しかけられただけ・・のような?」
「話しかけられただけって?」
「良くわからないんですけど、このブローチをずいぶん気にしてて欲しがってたみたいです」
「あはは。その子ってどんな子だった?」
ミシャさんが、首をかしげ私の顔を覗き込む。
やっぱ可愛い!
「どんな子って、金髪縦ロールで、気持ちつり目の女の子でした。お嬢様っぽい感じの可愛い子でした。赤い羽のついた扇を持ってましたよ」
うんうん。可愛いかったな~ちびっこツインドリル。
ミシャさんとテンペストさんの様子が変だ。
「・・・どこかで見たことあるような子ね・・・」
テンペストさんちょっと慌ててるし。
「あはは。私も既視感あるんですよね~。不思議ですよね~?」
ミシャさん笑顔だけど妙な圧があるし。
「ほほほほほほ。おかしいわね~。ところで、オーダこの土人形どう思う?興味ある?」
テーブルの上にあった、ハニワを手に取り謎の質問をしてくるテンペストさん。
「あはは。ボス。ちなみになんですけど、オーダの加入のことアリスに伝えてありますよね?」
目をそらすテンペストさん。
「忘れてたんですか?ボス?」
「違うのよ。次、会った時に話そうと思ってたのよっ」
「で、他のメンバーには?」
「それは大丈夫!」
自信満々に胸をたたくテンペストさん。
「それ当然ですから~」
さらっと流すミシャさん。
「だいたい、ボスはいつもうっかりしているっていうか、抜けてるっていうか、自覚を持ってくださいよ。この間も・・・・・」
ミシャさんのお小言に両手で耳を抑えるテンペストさん。
「もうわかったわよ~。ミシャうるさい!」
テンペストさん、涙目だし。ちょっとシュンとしてるし。
テンペストさんへのお説教を済ますと、こちらを向くミシャさん。うん。目も笑ってる。
「あはは。オーダ、心配しないで大丈夫だよ~。その吊り目のおちびは、犬と月のメンバーだから~」
ほえ~。心配は特にしてないけど、って、あのちびっこもメンバーなの!
「そうなんですか!!!」
「あはは。そうなると、そろそろこっちに来るんじゃないかな~?ボスがちゃんと相手してくださいよ~。私知りませんからね~」
バタバタと誰かが駆けてくる音が聞こえる。
バン!!!!
乱暴にドアが開けられる。
あのちびっこツインドリルが、弾丸のように飛び込んできた。
「お姉さま!大変な事態が発生しましたわ!『犬と月』への侮辱行為ですの!!」
「ちょっと落ち着きなさい、アリス!」
「落ち着いてられませんわ!!!よりにもよって、ブローチをつけてたんですのよっ?成りすましなんて、あってはならないことですわ」
「とにかく落ち着きなさい!アリス」
うん。私にも話がようやく見えてきたぞ。
あ。目が合った。
「・・・なぜあなたがここにいらっしゃるの?直ちに答えなさい!」
またまた扇を突きつけてくる。
「えっと。約束です」
「約束ですって・・・。またふざけたことを・・・・」
扇を開くツインドリル。
「やめなさい」
絶対零度の声音。
「・・・でもお姉さま・・。この人が」
「聞きなさい。こちらは、アヤノン・オーダ。私が先日、彼女にブローチを渡した。『犬と月』の新しいメンバーよ」
それから、テンペストさんが私について説明した。
魔法のこと。料理のこと。パーティーでの役割のこと。
何か、私のことすごく、評価してくれてるみたいで、こそばゆかったけど、嬉しかった。
大人になると褒められることなんて、なかなか無いからね。
オーダは、褒められて伸びるタイプの子ですから。えっへん。
ちびっこツインドリルが、怒りぷんぷんマックスだったのは、テンペストさんの連絡ミスが原因らしい。
私の『犬と月』加入を知らないちびっこツインドリルが、ブローチをつけた私を偶然見かけてしまったと。驚き後をつけて様子をうかがっていたら、全く警戒心もない堂々たる態度の私に、思わずカーッとなってしまったんだって。
周囲には冒険者もたくさんいて、私のことを尊敬するかのように見ていたらしく(あの視線は、尊敬だったのか!)
メンバーでもないくせに堂々とふるまう私に、『犬と月』を侮辱されたようで我慢できなかったんだって。
テンペストさんに、叱られて、小さい体がますます小さくなったようだ。
でも、元々はテンペストさんのミスだからちょっと理不尽な気もするよね。
私、特に実害ないし。会社で、上司のミスがきっかけなのに、私のミスだって叱られたことを思い出したよ。社会に出ると理不尽なこといっぱいあるよね・・・。
「ごめんなさいですわ。オーダ」
しょんぼりしたアリスさん。(先輩だからね、さん付しましょう)
ジト目でこちらを見つめる。
「ぜんぜん気にしてませんから。大丈夫です!」
アリスさんが驚いたようにこちらを見る。
「私、あなたを殺「あはは。オーダは、座ってて~。アリスはこっち」
「まだ、話は終わってませんことよ~。ミシャお姉さま、お放し下さいませ~」
ミシャさんに引っ張られ、部屋の隅っこに連れて行かれる。
何か不穏な単語が聞こえた気がするけど・・・。
うん。気にしない
鈍感力大事だからね!
戻ってきた、アリスさんは、ちょっと泣いてるし。
ジト目も涙でうるうるだし。
「ごめんなさい。オーダ」
「はい。気にしないでください」
アリスさんって、キャラもりもりだな。
金髪縦ロール。吊り目のジト目。ちびっこ。お嬢様で叱られキャラ。
「でも!わたくし、あなたのこと認めたわけじゃありませんことよ」
で、高飛車。
「あはは。オーダ、紅茶でも飲もうか~」
「じゃあ、私が煎れますね。あっこれ使っても良いですか?」
テーブルの上のオレンジを指さす。
「あはは。良いよ~。でも、紅茶にオレンジなんて使うの?」
「美味しいんですよ~」
<シャリマティー>
材料
・紅茶
・オレンジ
魔法でお湯を沸かし、紅茶を煎れる。ポットにタオルをまいてしばしマツコデラックス。ポットカバーが無いから格好悪いけどタオルで代用。
カップにスライスしたオレンジを浮かべたら、蒸らした紅茶を出来るだけ高いところから注ぐ。紅茶とオレンジの香りがふわ~っと部屋中に広がる。
「はいどうぞ」
「あはは。きれいな紅茶だね~。それにすごく良い香り!うん。美味しい~。オーダってやっぱり天才!」
ありがと~。ミシャさん。
「美しい紅茶ね。まるで紅茶にお花が咲いたよう。オレンジのみずみずしい爽やかな香りと紅茶のかぐわしい香りが素晴らしいハーモニーを奏でてる。その上、紅茶本来の味にオレンジの甘味と酸味が加わり、とてもさっぱりした口当たり。とても素敵だわ。さすがね、オーダ」
テンペストさん、やっぱり食レポうまいな~。オレンジ紅茶でそんなに俺っち褒めちゃ困るっすよ~。オレンジなだけにおれっちね!
アリスさんは、目をキラキラさせながら紅茶をフーフーしている。
猫舌か!
「気に入ってもらえて良かったです。この紅茶は、シャリマティーって言うんです。テンペストさんがおっしゃったように、オレンジで花を表現していて、『花園』っていう意味なんです。オレンジは、疲労回復と食欲増進の効果があるので、この後のお食事を楽しんでもらうためにもちょうど良いかなって思ったんですよ~」
「あはは。食事楽しみ~!お腹すいてきちゃったよ~」
「そうね!楽しみだわ」
うんうん。私も楽しみ。
「・・・私も・・・・・私も参加しますわ!・・・紅茶とても美味しかったですわ・・・」
アリスさんが、ジト目でこちらを見ている。
「でも!勘違いなさらないで欲しいですの!私、まだオーダのこと認めたわけじゃありませんことよ!」
びしっと、私に扇をつきつける名探偵のポーズ。
うん。ツンデレきゃらも追加ですな。




