はじまりは、赤ベコ肉太郎
時計を見つめる。
あと50秒。
今日は絶対定時にあがる・・と決めてる。
もちろん、朝からアピール済みだ。
18:00
「お先に失礼いたします。お疲れ様でした!」
タイムカードを押して会社を出る。
急ぐ。とにかく急ぐ。
今日は金曜日。明日は休み。
やっと会えたね・・・
見上げる赤い看板
『焼肉 赤ベコ肉太郎』
私、小田綾乃。28歳・独身・会社員。
管理栄養士の資格を活かして、ベジフードやマクロビレストランを運営する会社で働いている。私の担当は、メニュー開発。美味しい野菜メニューを考案すること。それが私のお仕事。当然、野菜漬けの毎日をおくっている。(野菜漬けって漬物みたいね)そんな環境の反動か、猛烈にお肉が食べたくなる日があるのだ。ここは東京砂漠だもの。オアシスだって必要でしょ。
ってことで、今日は、久々の『赤ベコ肉太郎』。
テンションあげあげで扉に手をかけた瞬間・・・・
『え?オフィス?あれ?ここどこ?改装した?』
窓の無い白い壁。奥に扉が2つある。やたらと広い部屋。右手には備え付けの棚。ファイルが几帳面に収納されている。部屋の中央には、ぽつんと白いフリーアドレスデスク。黒いオフィスチェア。PCで何か作業をしているらしい人。細身でメガネをかけた真面目そうな男性だ。30代前半かな?ちょっと神経質そう。きっと経理。
うん。間違えた。こりゃ完全にオフィスだ。間違っても焼肉屋じゃない。
やばい。経理さんと目が合ったぞ。
「この世とあの世のはざま『旅立ちの部屋』にようこそおいで下さいました!小田さんですね?お待ちしておりましたよ~。こちらでは、これからのことを・・・・あっ。そうですね。まだご理解されておりませんよね?良くあることです。何しろまだ亡くなって間もないですからね~。大丈夫ですよ!全力でサポートさせて頂きますから。こちらにおかけください。そうだそうだ。ご挨拶遅れました。私、担当のカワイと申します。経理さんではありませんよ~」と笑ったのだ。
まず、最初に思ったのが、新手の詐欺じゃないかってこと。普通そう思うよね?
だって、さっきまで赤ベコ肉太郎の前にいたわけだし。
で、次が、とにかく逃げなきゃって。だってやばいでしょ?
だけどね、逃げなかったの。だって、気がついてしまったから。自分の身体が透けてることに・・・。
普通はパニックだよね。自分の身体が透けてたらさ。でも、そのことを全く恐怖に感じていないんだよね。妙に冷静というか・・・。
「あー透けてるなー」くらいなの。そんでもって、全く悲しくないんだよね。
私にも人並に人間関係があったわけで。父、母、弟、セイジくん・・・・・とかさ・・・。
抱えてる仕事だってあるし、友達との約束もある。なのに、遠い昔のことというか。どこか他人事というかさ。うん。
そんなわけで『自分が死んだこと』は、なんとなく理解したのだけれど、ふと疑問がわくんだよね。
あれ?私の死因ってなんだろ?
「死因ですか?小田さんの死因は、隕石の直撃です。赤ベコ肉太郎のドアに手を触れた瞬間亡くなりました。極めて稀なケースです。ちなみに、小田さん以外はかすり傷ですみましたよ~。不幸中の幸いですね~」
えええええええ!どんだけ運がないのよ、私?どんだけ~。何その死因。何その残念な人。
っていうか私の心、さっきから読まれてる?
「まあ・・そのくらいのスキルはございますよ~。私もあなた方のいうところの神様の一部ですからね~。ところで、資料にはなかったのですが、セイジさんってどなたでしょうか?ずいぶん大切に思われていたようですので。おかしいな~。調査漏れですかね?・・・。カトウくんがまたいい加減な調査でもしたのでしょうかね~」
「・・・セイジ君は、バイオリン職人でイタリアの工房で修業中の私の恋人です・・・」
「はははー。妄想は、女を亡くすと書きますからね。まさに小田さんの今の状況にぴったりですね~」
チっ、この毒舌メガネくそ経理野郎。
「口悪いですね~。もてませんよ~。罰あたっても知りませんよ~」
「うっ・・・・」
毒舌メガネくそ経理野郎改め、カワイさんがおっしゃる(バチはやっぱりこわい!から敬語。)には、
・たいていの人は、死ぬ瞬間に苦しみや悲しみ、欲望から解放される。もちろん例外もあって、ずっと引きずる人も少数だがいるらしい。
・解放されると、すっきり身体が軽くなる。体調不良とかも当然回復。
(確かに、病気やケガで亡くなる人がほとんどだろうし、死んだ後もそのまんまだっていうのは、酷だよね。)
・そして、『死んだこと』の認識をスムーズにする為に、身体が透けるようになっている。
(確かに、ありえないもんね、これは効果ある。)
んだって。
でもさ。ちょっと安心したんだ。だってさ、こんな若くして死んじゃったのに、涙ひとつ流れないんだよ?無意識にまいっちゃってるのかな~なんてちょっとは考えてたんだ。そういうんじゃなくて良かった。慢性的な肩こりもなくなったし。うん。なんか元気だわ、私。しっかり前向いて次に進めそうな気がする。前向き大事!うん。死んでるけどね。
「それでは、小田さんに、しっかりとご理解いただけたところで、今後の展開についてお話しましょうか。小田さんには2つの進路がございます。1つ目は、転生です。」
転生。生まれ変わりってやつね。うん。新しい人生を始めなきゃね。
くよくよしてても仕方ないものね。生まれ変わったらまた赤ベコ肉太郎に行くこともできるだろうし。その時に、たとえ赤ベコ肉太郎が閉店していたとしても、新しい焼肉屋に行くことができるだろうし。
「でもお勧めいたしません。小田さんにはこちらが良いでしょう。異世界転移です」
「ええええええええええええええええええええええええええ!」
これが私の異世界転移へのはじまりだった。